第25,26話 涙と共にお別れをー1

「黒豆よ、俺の頭の上は過ごしやすいのか?」

「ワン!」


 俺の頭上の上に黒豆が乗っている。

 戦闘中は降りてくれるようで、俺の後ろをテクテクと付いてくる。

 なんか愛着がわいてきたな、一万円も食いやがったからな。


 黒豆に触ると。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

種族:火狼亜種(幼体)

名称;黒豆


ごくまれに生まれてくる火狼の亜種。

非常に知能が高く、古くは火の守り神として崇められていた。


・黒炎の加護(環境ダメージを無効化する)

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 お前知能高いみたいだな。結構良いAI詰んでのか?

 しかも環境ダメージ無効化って、火山地帯とか雪山の環境ダメージを無効化してくれるのか?

 お前裸プレイをするためだけに生まれたような存在だな。


「ワン!」


 どうやらそのようだ。

 何言ってるかはわからないが俺の言葉は理解しているのかな。


――――コメント――――

・ペットいいなー

・火狼亜種のペットは初めてみた。

・このゲーム隠し要素多すぎるんよ。

・まじで可愛い、黒豆。

――――――――――――


「はわわ、とりあえず帰ろう。お前俺がログアウトしたらどうなるんだ?」

「ワン?」


 まぁ聞いても仕方ないか。

 俺はスカイディアに戻って一旦ログアウトを試みる。

 すると俺が光と共に消えるように、黒豆も一緒に消えていく。

 なるほど、このゲームはログアウトしたらペットも消えるのか。武器とかと同じ扱いだと思えばそりゃそうかな。


「じゃあ、黒豆。少し休むわ、またな」

「ワン!」


 俺はそのままログアウトした。

 レイレイのせいで色々生活リズム終わったが、いやまぁもともと終わってるんだがそろそろ寝ないとな。

 今はもう昼過ぎか。



 雨が降ってる。

 お昼なのにどんよりとした曇り空は、気持すらも滅入ってしまいそうになる。

 まるで夜のように暗い空だった。



「愛理、俺寝るぞ……ってどうした? カーテン閉めて、電気もつけずに」


 俺がリビングに、まるでおかんがもうお母さん寝るでと謎の報告するときと同じように報告しにいった。

 するとなぜか真っ暗なリビングで愛理がソファに座っていた。

 寝てたのかな? まったくお前も生活リズム終わってんな。


「あ、お兄ちゃん……ゲーム終わったの?」

「おう、ということで寝ようと思ってる」

「……楽しんでるね」

「ゲーム最高」


 するとふふっと愛理が笑う。

 ただなんだろう、とても寂しそうな顔だった。


「ねぇ、お兄ちゃん……」

「ん?」

「……大好き」

「なんだいきなり。俺も愛しているぞ、我が妹よ! ということでおやすみ!」

「うん」

 

 本当はこの時気づいてあげるべきだったんだ。

 ゲームなら細かいことにも気づくのに、俺はほんの些細な変化を見逃してしまっていた。


◇ほんの少し前。


 愛理はWEBで通話していた。

 蒼太がまだ秘境に挑戦している頃だった。


 通話の相手は。


「愛理さん、私はあなたの味方です」


 凛音だった。

 トワイライトで蒼太と出会った墓守の灯台のギルドマスター。


 そして凛音と愛理が通話しているといことは。


「石化病はとても辛い病気です。でもあなたは一人じゃない。私達もサポートできます」


 愛理は石化病だった。

 最初は貧血だと思った。

 だが診察結果は、通称石化病。不治の病だった。


「……な、治る方法は」


 縋るように愛理は涙目で言葉を絞り出した。

 しかしテレビ通話の相手の凛音は悲しそうに首を振る。


「甘い言葉を言うつもりはありません。はっきり言います。今はありません。だからこそ我々はできる限りのことをして、この病気の治療法の研究を進めなくてはならないのです」

「そ、そうですか」


 わかっていたことだ。

 でもはっきりと告げられるとその言葉は辛く、愛理の心を深くえぐった。


「そしてあなたは一人では生きていくことはできません。歩くことも、トイレにいくことも、そしていずれは呼吸すらも。あなたは一人ではできなくなります。それはとても辛いことです。私自身狂ってしまいそうなほどに怖い。ですが立ち向かわなくてはなりません」


 体中の意識して動かせる筋肉全てが停止する。

 心臓などは別だが呼吸を始め、瞼を開くことすらも愛理はいずれできなくなる。


「そして残念ながらこの病気は国からの補助金は出ません。医療費も全額負担。ですからご家族の援助が必要です」

「……」


 一人では生きていくことはできない愛理。

 なら誰が助けてくれる?


 愛理は泣きながら言葉を続けた。


「私にはお兄ちゃんしかいません……兄に……人生を捨てさせるしかないのですか」

「……」


 凛音はそれに返す言葉がなかった。

 自分も家族の自由を奪っている。今はまだましでもいずれは付きっ切りの介護が必要になるだろう。

 排泄の管理に始まり、床ずれが起きないように定期的に動かしたりと高齢者の介護よりもはるかに大変だ。


 それはその介護者の人生の大半を奪うということと同義だった。


「すみません……嫌な質問でした」


「いえ……でも愛理さん。あなたは一人じゃない。あなたの苦しみをわかってくれる人がうちにはたくさんいます。ぜひ一度天空のトワイライトに顔を出してくださいね。決して自暴自棄にならずに。私はあなたの味方ですから」

「……はい。今日はありがとうございました」


 そして通話は終了した。


 真っ暗なリビングで愛理はただ何も考えられずに放心していた。


「うっ……うっ……」


 ただ涙が出てくる。

 見えない暗闇に落ちたような。

 自分ではどうしようもなく光が見えない。


「愛理、俺寝るぞ……ってどうした? 真っ暗な部屋で」


 すると、優太がゲームを終えてビングに降りてきた。

 相変わらず一度始めると何時間だってやってしまうほどにゲームが好きな兄、それを愛理は知っている。


「あ、お兄ちゃん……ゲーム終わったの?」

「おう、ということで寝ようと思ってる」

「……楽しんでるね」

「ゲーム最高」


 サムズアップする兄を見て、本当にゲームが好きだなと愛理は笑った。


 だから。


「ねぇ、お兄ちゃん……」

「ん?」

「……大好きだよ」


 愛理は決意した。

 ずっと考えていたことだ。


 もう二度と兄から夢を奪いたくない。

 自分を助けたせいで野球を失ったあの日のように。

 もう絶望して泣いてしまう私のヒーローを見たくない。

 だからパパ活でもしてお金を稼ごうと思っていたがもうそんな次元の話ではなかった。


 私はいっつも兄から奪う。

 時間も、お金も、そして……夢も。


 もう嫌なんだ。

 やっと元気になった兄からまた奪うようなことはしたくないんだ。


 そしてスマホを開き、メッセージアプリを起動する。

 兄はどうせ寝てしまったのなら気づかないだろう。

 宛名はもちろん、自分の兄へ。


 思い出をつづり、精一杯の愛を語り、最後には。


『……大好きだよ、お兄ちゃん。元気でね、それと』


 お別れの言葉を、涙と共に。


『――探さないでください』





……





ピンポーン


「むにゃむにゃ、後五分」


ピンポーンピンポーン


「愛理ーすまん、でてくれぇーー眠さが限界突破してるーー」


 どうやら愛理はいないようだな、あーくそ、おふとぅんが俺を離してくれない。

 まぁどうせ受信料払えだろう、すまんが我が家にはテレビはない。デカいモニターしかないんだ。


ピンポーンピンポーン

ピンポーンピンポーン

ピンポーンピンポーン

ピンポーンピンポーン


「しつけぇ! 誰だこんな時間に! まだ昼だぞ! 二時間しか寝てねぇわ!」


 俺はチャイムの音に無理やり起床させられた。

 時計を見ればまだ夕方、こんな時間に一体だれだ、廃人は眠ってる時間だぞまったく。

 意外とすっきりしているが、まだ二時間しか寝ていない。


「愛理? いないのか?」


 俺はリビングに降りる。

 しかし愛理はいない。


 珍しいな、こんな時間に愛理が家にいないなんて。

 図書館で勉強でもしにいったかな? 俺はうるさいインターホンにイライラとしながらも扉を開ける。


「なんだお前かよ。チャンジで」

「あほか、入れろ。ヒキニート」


 扉の先にいたのは龍一だった。

 しばらく連絡をよこさなかったと思ったら何をしていたんだか。

 ずかずかと部屋に入ってくる龍一、ソファに座ってふんぞり返る。


「お前、勇者になったんだってな」

「ん? なんだ、ははは。悔しくてきたのか? 崇め奉れ、史上初の勇者ブルー様だぞ?」


 どうやら龍一にはクリアしたのが俺だと気づかれていたようだ。

 しかしおかしい。

 いつも俺がゲームで先に行くとはらわた煮えくりかえったような表情をするのにやけに涼しげだな。

 『天鱗が俺だけでねぇ。出るまで寝かさねぇからな』とおもちゃを奪われた子供のように暴れまくっていた記憶が蘇る。


ピッ。


 すると龍一が無言でテレビをつける。

 相変わらず我が家の全てを把握している、チャンネルの置き場所すらもだ。


『なんとスカイライトの世界で、史上二人目の勇者がでたとのことです』

『さすが新進気鋭の若手最強のドラゴンさんですね。これはゲーム業界では遅れている日本が巻き返すチャンスですよ!』


 俺は龍一を見る。滅茶苦茶ドヤ顔してるわ。

 ここまでムカつくどや顔できるのはお前ぐらいだよ。

 何だその顔は。イケメンの癖に小物臭がすごいんだよ。


「ってことよ」

「お前ぜってぇあの後即挑戦しにいっただろ」


 おそらく俺が攻略した直後だろう、あそこから連絡がつかなかったからな。


「これで俺も勇者だな。しかしあのトワとかいうNPC化け物強さだったな。300回ぐらい挑戦したわ」

「あぁ、俺も200回ぐらい挑戦したぞ」

「いや、俺は199回だったかもしれん」

「残念だったな、数字は先に行った方が負けるんだよ。それにそもそも俺の方が先だ」


 相変わらず負けず嫌い極まってる龍一が食らいついてくるが、所詮は二番。

 すべての物事には一位と二位には圧倒的隔たりがあるのだよ。なぁ、北岳って知ってる?


「まぁいいや。どうだ、天空のトワイライトは」

「正直死ぬほどおもろい」


 それは事実だ。

 金を稼げるという一点でも神ゲーなのに、そんなことは置いといてもあり得ないほどのクオリティの世界が広がっている。

 正直俺はあの世界に相当惚れこんでいた。


「まぁ俺もだよ。あれはVRゲームの革命だからな。あのクオリティは他じゃあり得ない。まじでリアルと錯覚する」

「アテム社の馬鹿ほどの資金で作った世界だってな。細部までAIで再現してんだろ?」


 あの世界を作ったのは世界的大企業のアテム社だ。

 AIに関してのリーディングカンパニー、その潤沢な資金をふんだんに使いあの世界を作り上げたと聞く。


「そういえば配信は? もう登録者100人ぐらいいったか?」

「5人」

「……底辺おつ。拡散してやろうか?」

「いや、いいよ。俺が勇者だっていってんのに誰も信用しないし」

「どうせ裸一貫のバカプレイしてんだろ? 初心者裸プレイで勇者の試練攻略なんて誰も信じねぇよ」

「うるせぇ」


 すると龍一があたりを見渡した。


「そういえば愛ちゃんは? 珍しくお出かけ?」

「あぁ、そうだ。そういえばメッセージが来てたっぽいんだけど……ん? なんだ長文なんてめずらし……」


 俺はアプリを開いてその文章を読んだ。

 そして思考が一瞬止まった。

 どういうことだ? え? なんで?

 頭が高速で回転する、しかしそれと同時に血の気が引いていく。


「石化病……愛理が……」


 そこには愛理が石化病にかかったこと、俺達の思い出、そして最後にはお別れの言葉。

 すべてを読んで、俺は今までの出来事すべてが紐づいた。

 なら今愛理は何をしようとしている? 


「やばい!!」


 俺は家を飛び出そうとした。

 しかし、肩を龍一に掴まれた。


「どうした、愛ちゃんになにかあったのか!」


 俺は簡潔に龍一に話した。

 直後龍一が俺に指を差し冷静さを欠いていた俺を目覚めさせるように叫ぶ。 


「まずは愛ちゃんに電話! 情報集め!! 適当に探して見つかるわけねぇ! 死ぬ気で頭ぶん回せ!!」

「――!? わかった!!」


 龍一が叫びながら情報を求めて部屋を漁る。

 俺はその間に愛理へと電話をかけながら思考を止めない。


 二時間だ、もしかしたら………いや、絶対助ける。

 

 頼む。


 頼む愛理。


 お願いだから出てくれ。


 バカなことは………。


トルルル♪


「…………くそ!!」


 しかし愛理の着信音が机の上から聞こえてきた。

 そこには愛理のスマホが机の上に捨てられるようにおいてあった。

 それが愛理の本気度を物語るように、悲しく鳴り響く。


「………龍一! 愛理はスマホ置いていってる! 愛理を最後に見たのは……12時15分!!」


「愛ちゃんの傘はある! 靴はスニーカー! 財布も部屋にあった!! 雨の中手ぶらで歩きだ!」


 愛理の部屋から出てきた龍一は部屋を漁り、情報を集めた。

 今も外では雨が降っている。

 集められる情報といえばこれだけだ。

 でも俺達ならきっと。


「今は14時。二時間たってない。愛ちゃんの歩幅なら時速三キロ!」

「ここから半径六キロ以内。知っている場所、電車ではなく歩き……くそ、候補が多い!」


 スマホで地図アプリを開き、半円を描くように線を引く。

 その中で、自分ならどこで死のうとするか俺達は高速で頭をフル回転し、シュミレーションする。

 候補が10個ほど。

 そこから何とか絞っていく。


「待て……ここまで絞れたらいける。愛ちゃんなら。俺達が知ってる愛ちゃんならどうするか。5秒くれ」


 龍一が目を閉じて集中する。

 これは龍一の特技だ、圧倒的なまでの分析力で思考をまるでトレースするような未来予知。

 野球の時は、敵選手の癖からサインから戦略まで完璧な分析をこなしていた。


 愛理と長年過ごした龍一ならここまで絞れば思考をトレースして場所を探せるかもしれない。


「愛ちゃんなら人に迷惑をかけて死ぬようなことはしない。電車や人通りの多い場所は考えづらい。死で注目されたいという承認欲求は無し、罪の意識からの自殺願望。優しさ。過去のトラウマ、火事、水、落下、兄、贖罪………」


 そして龍一が目を開く。


「天野川?」

「川への飛び降り……なら!!」


 そして俺達はほぼ同時に顔を見合わせて叫ぶ。


「「天野川のブルーブリッジ!!」」


 全力で扉を蹴とばし、外に出る。

 龍一が俺に向かってヘルメットを投げた。

 龍一の二人乗りのバイクに飛び乗って龍一の背中を抱きしめる。


「法定速度無視!」

「わかってる! 死ぬ気で飛ばす!」


「「ぜってぇ助ける!!」」

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