第10話 勇者の試練ー7
真っ赤だった。
天井が燃えていた。
俺は深夜、ふと目を覚ました。
耐えきれないほどの吐き気、眩暈、そして虚ろな目でみると黒い煙と真っ赤な炎が天井を伝っている。
俺は朦朧とし、目を閉じてしまいそうになる中すぐに飛び起きる。
しかしうまく体が動かない。
煙を随分と吸ってしまって一酸化炭素中毒一歩手前、俺の体は指示通りにはうまく動いてはくれなかった。
声も出ない。
なんとか一階へと続く階段へと足を引きずりながら向かって、出ない声で叫ぶ。
「母さん!! 父さん!!!」
しかし声は届かない。
一階からの火は、二階とは比ではなく助けに行けるような状態ではない。
俺の心臓が壊れそうなほどに脈を打つ。
それでも必死に頭を回して、隣の部屋にいる妹の愛理の元へと向かう。
俺の部屋よりももっと煙が立ち込めて、愛理はベッドに眠ったままだった。
このままではやばい。
俺は既に失ってしまいそうな意識のまま、意識を失っている愛理を抱きかかえる。
もう体の自由が利かなかった。
でも、もう少しだけ動け。
ずっと鍛えてきたんだから……今ぐらい何とか動け。
俺は最後の力を振り絞り、愛理を片手で抱えて愛理の部屋の窓から落ちた。
それほど高くはないが下はコンクリートの道路。
妹だけは……助けたい。
俺は消えかけた意識のまま、妹の愛理をぎゅっと抱きしめて衝撃から守る。
俺はそのまま何の抵抗もできないまま、意識を失い、地面へと二人で落下した。
目が覚めた時、俺の世界は全て変わっていた。
妹の愛理はすぐに回復するほどのケガで済んだ。
でも両親は火事で死んだ。
そして俺は落下による怪我で複雑骨折、神経にもダメージがあり、腕があがらなくなった。
日常生活はなんとかなるレベルまで回復する、しかし野球なんてとてもできるような状態ではなくなった。
一夜にして、俺は両親と目標を失った。
何も考えられないまま、数日が過ぎた。
少しだけ落ち着いて来た時、毎日お見舞いに来てくれる龍一に、俺はやっと口を開いた。
「…………ごめん、龍一」
「なんでお前が謝るんだよ」
その言葉を聞いた龍一は、泣いていた。
「世界一になるって夢、俺はリタイヤっぽい……」
「…………」
俺も思わず泣いてしまった。
龍一も悔しそうに唇をかみしめて泣いていた。
ここで小学生のころから夢見た俺達二人の夢は、終わってしまった。
後で知ることになるが、俺に嫉妬したチームメイトが家に火を放ったらしい。
殺してやりたくなるほどに俺は怒りがこみあげてくる、でも彼と二度と会うことはなかった。
なぜなら彼は自殺してしまったから。
ただ一言、心が折れてしまった。ごめんなさい。
遺書にそう記して復讐すらできず、彼はこの世から消えてしまった。
俺が彼を狂わせたんだろうか。
いつも努力しているのを知っていたし、野球に必死に取り組む姿は尊敬もしていた。
でも俺はいつも軽く彼を超えていた。
彼が一月かかって習得した変化球を、翌日には嬉しそうにできたよと見せびらかした。
それだけじゃない、そんな行為を無意識にたくさんしていたんだろう。
俺は勝つことに優越感を感じていたんだ。
昔からそうだ。
俺は色んな人を傷つけてきた。
水泳でも、サッカーでも、要領よくうまくなってしまい、そして周りが俺を妬み、攻撃する。
いじめられたこともあったし、そんな時は居心地が悪くなってすぐにやめた。
でも野球は龍一がいてくれた。
本気でプロを目指すすごい人達もたくさんいた。
ドはまりしていたし、世界を見ればもっとすごい人はたくさんいると教えてくれた。
じゃあ世界一になろうぜ。
そんな笑い話を俺と龍一で幼い頃に心に決めて、真っすぐ突き進んできた。
「…………ごめん、ちょっと一人にしてくれるか」
「…………あぁ」
そして俺は龍一を病室から追い出した。
「あ˝ぁ˝ぁ˝ぁ˝ぁ˝ぁ˝!!」
たった一人の病室でいつまでもその声は途切れることはなく、龍一は扉の外でそれを聞くことしかできなかった。
同じように扉に突っ伏しその場にへたり込んで涙を流す、この日明るい将来を夢見た二人の野球少年の道は潰えた。
……
数日後。
「雨神君……その……天野君はとても残念だった。今はまだ心が落ち着かないと思うが、君へのオファーを取り消すつもりはない……また考えておいてくれ」
龍一は、スカウト達が集まる中、女房役として蒼汰のことを報告していた。
そのスカウトの一人がそれでも龍一だけでもぜひ来てほしいと胸の内を明かす。
それを聞いて龍一が意を決したように悩みぬいた答えを伝えた。
「大変失礼なことだとは思いますが、皆さんの自分へのオファーへの取り下げをお願いします。自分は高校では野球を続けません」
「な!? 何を言ってるんだ! 気持ちはわかる。しかし、君は! 君の才能は!」
龍一はスカウト全員に宣言する、野球をやめ高校では続けないことを。
なぜなら龍一の夢は、野球ではないから。
「すみません、自分は……自分と蒼汰の野球で……世界一になる目標はここで終わります。今まで目をかけてくださりありがとうございました」
深くお辞儀する龍一。
その目は自暴自棄になどなっておらず強い決意をもって、そして同時に目を真っ赤にさせて悩みぬいた龍一の答え。
龍一は思いだしていた。
ずっと昔、持病を持っていて家で引きこもりだった小学生だった自分。
突如家の庭に飛んできた野球ボールが世界を変えた。
『わりぃ! 飛ばし過ぎた! お、ちょうどいい! なぁ暇だろ? キャッチャーやってくれよ。一人じゃつまんなくてさ』
まるでコンビニにでも行くかのように簡単に絶望の中から連れ出してくれた男の子。
その後、二人で目指した夢。
だから、顔を上げて真っすぐとスカウト達を見て言う。
「でも……夢を諦めるつもりはありませんので」
自分の本心からの気持ちを。
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