第9話 勇者の試練ー6

 俺は迷わずYESを押した。

 すると俺の視界が切り替わり、目を開くと、先ほどと同じ玉座の間に俺はいた。


 俺の目の前にはやはり空に滞空している勇者トワ。

 何が起きたと混乱していると先ほどと同じく全身に寒気が襲い、俺はガードしたが、その上から貫通させられて死亡した。


 コンティニュー?

▶YES

 NO


 やはり俺の視界は暗転していた。

 どうやらこの試練、何度もチャレンジだけはさせてくれる親切設計らしい。

 確かに天空の勇者トワは、今まで俺が戦ってきた敵の中でもあまりに理不尽すぎる。

 雷光のサム=ライ並みの攻撃を雑に放ってくるし、技のモーションも豊富で、的を絞れない。


 俺はとりあえず、攻略方法を検討するためにYESを押して再度チャレンジ。

 目を凝らして何とか見る。


 もう二回も受けた攻撃だ。

 なら次は、絶対に。


【JUST!!】


 受け止めて見せる。


「……すごいね。君……まだ三回目だよ? もう合わせるの?」

「三回かかったことが屈辱だけどな」


 俺のHPの減少はほとんどない。

 ジャストガードの軽減率は相当に高く、通常のガードでは貫通してくる攻撃もどうやらはじき返せるようだ。


「……でもごめんね」

「はぁ?」


 謝りながらその勇者は、先ほどと同じ攻撃を繰り返す。

 ジャストガードを決めた俺、なのに勇者は一瞬の硬直すらほとんどなく、さらに連撃を繰り返してくる。

 圧倒的な手数、通常のガードではことごとく貫通されて、そして最後にはHPが全損した。


 GAMEOVER。


 コンティニュー?

▶YES

 NO


 また同じ場面にやってくる。

 それからはずっと繰り返しだ。

 なんだこれ、糞げーなんてレベルじゃないぞ。

 勝てないことが決まっている。そんなレベルの理不尽さ。

 初期のRPGでいきなりラスボスが来て、9999ダメージを叩きだしてくるようなそんな絶望感。


 気づけばすでに100回以上の挑戦を繰り返していた。

 だが、俺の攻撃は一撃たりとも届かないし、既に意識が朦朧としてきた。

 それもそうだ。すでに二日徹夜して挑んでいる。

 光明が見いだせないまま、丸一日は俺は挑んで殺されを繰り返している。

 

「はぁはぁ……おい、これ勝てるようにできてんのか?」

「…………」


 勇者トワは何も答えない。

 少し悲し気な表情で、ただ俺をひたすらとボコボコにする。

 圧倒的なスペックの差、空を飛び、光のような剣戟を放ち続ける。


 既に俺の集中力の限界を超えて、思考が回らない。


 それでも俺は挑戦し続けた。そして負け続けた。

 どれだけやったかもわからない。

 

 なんだこれ……。


 なんでこんな辛いんだ。


 なんでゲームなのにこんなに辛いんだ……。


 俺は数百回目のコンティニュー画面で、一度も止まらなかった指が止まった。

 YESを押す動作を一瞬戸惑った。

 

 絶対に勝てない、もう戦いたくない。すでに勇者の試練を開始して合計で72時間は超えている。

 吐き気がするし、眠くて気持ち悪いし、腹も減っている。

 もうやめたい。


 俺はゲームをして本当の意味で心からそう思ったかもしれない。


「いつでも終わっていいよ」


 勇者は優しく、そして悲しそうに俺に言う。


 勝てない。

 こんな相手勝てるわけがない。

 そんな力の差をまじまじと見せつけられて、俺の心は折れそうになっていた。


 そうだ、勝てない相手なんだ。

 なら頑張ったって無意味だろ。


 その時ふと思い出す。


「…………心が折れるって……こんな感じか」


 勝てない相手に何度も挑み、そして何度もやられる気持ち、もしかしたらこれがそうなのだろうか。

 だとしたらこれは結構きついな。

 

 相手はゲームキャラだけど、これがリアルの人だと思ったら相当に心がえぐられるだろう。


 俺は自分の過去を、思い出していた。

 俺が狂わせた色んな人の気持ちを考えながら、コンティニューの選択肢の前で指を止める。

 

 俺はこの状況が昔に重なって、記憶が一瞬フラッシュバックした。





 

 蒼汰がまだ中学二年生のときだった。


「2ミリ高い、やり直し」

「えー今のはいい感じだっただろ、こまけぇな……なんだよ2ミリって」


 蒼汰は親友であり、バッテリーである龍一と何時ものように投球練習をしていた。


「オーダー通り投げれるまでやるからな。それに俺なら今のは打ってる。できるんだからやれ」

「りょ、了解っす」


 某野球の中学名門クラブ。今年も全国優勝を経験した超が付く強豪チーム。


 そのチームにて不動のバッテリーがいた。


 ピッチャーは天野蒼汰、キャッチャーは雨神龍一。

 天神コンビと呼ばれるそのバッテリーは中学二年生にして全国優勝を果たし、中学生野球界の中心ですらあった。

 約束された将来、輝かしい未来をもって、日夜練習に励んでいた。


「いやーー、仕上がってますね。あれで中学生? 今すぐ甲子園で通用しますよ。こりゃ、あのコンビを取った高校が三年間覇権握るだろうな」


 多くのスカウトがその二人目当てで今日もグラウンドに足を運ぶ。


「しかもあの二人絶対同じとこにしかいかないと言っているんですって? PKさんとこが最有力候補でしょうね。 ねぇ、PK学園のスカウトさん?」


「ええ、必ず来てもらいますよ。わがPK学園に。彼らには特A待遇で出してる。学費含め全て免除。来てすぐ一軍入りも約束している」


「はぁ……一応うちもめげずに出しますけどね……まだ決めかねてるみたいだし。それでもこれは決まりだろうな」


 天神コンビをわが校へ、その想いで毎日のように多くのスカウトが二人との関係を構築しに来る。


 甲子園優勝常連校のPK学園が今のところ最有力候補だが、彼らはまだ決めかねていた。

 二人の夢、文字通りの世界最強になるためにはどこに行くのが一番いいか。


 普通なら夢物語と笑われることだ、でも彼らにはそれを成し遂げる強い意思と実力と才能があった。


 突出した才能。

 努力では決して追いつけない天才が、死ぬほど努力したらもう誰も勝てない。


 それほどまでに彼ら二人は突出していた。


「雨神君の野球偏差値の高さには恐れ入る、あれはもうプロ野球レベルですよ、相当な勉強量のはずだ。そしてバッティング技術、その一点だけでも甲子園で戦える。元ピッチャーだけあってピッチャーの心理がわかるのでしょうね。いやはや、あれに睨まれたら中学生では心折れますよ。全中での三打席連続ホームランは痺れましたね」


 スカウトの一人が龍一を見る。

 圧倒的な知識量と、センスでチームを引っ張るリーダー的な存在でカリスマもある。

 それを裏付ける寝る間も惜しむ勉強量と、相手チームの分析力は狂気のレベル。

 またビジュアル面でも相当なファンが見込め、野球界の未来を担う存在になるだろう。


 絶対に欲しい。


 大多数のスカウトのNo1目標だった。


「ですが私は蒼汰君こそがNo1ですね」


 しかしPK学園のスカウトは口を漏らす。


「天野蒼汰君。むらっけと勝気が強いが若いときはそれぐらいがいい。しかし試合中は雨神君が良くコントロールして最大限力を発揮させている良いコンビだ。特に彼が集中しきった時のパフォーマンスはまさに天下無双。あれがいつでも出せるなら向かうところ敵なしでしょう。雨神君は既に完成形に近いが、こちらはまだまだ育てがいがあり天井しらず。これで燃えない監督はいない。絶対に欲しい」


「即戦力で完成形の雨神君、これからさらに化ける可能性を秘めた怪物、天野君。いやー楽しみですな。ただのファンとしても」


 スカウト達はただその才能に惚れて二人の未来を想像していた。


 ただの野球が好きなおじさんへと変わりながらも、二人の活躍を夢見ていた。


 

 だが、それは起きてしまった。

 圧倒的な才能は、尊敬と同時に嫉妬を生む。

 突出した存在は、疎まれる。

 それをケアしなかった大人も悪かったのだろう。絶望した少年の心を保ってあげることができなかった。


 蒼汰と同じ強豪チームに所属する二番手ピッチャーの少年がいた。

 もしも蒼汰がいなければ、世代No1として輝き、未来は明るかった影がいる。

 天才と呼ばれても差し付けないほどに、強く、そして努力もしていた。


 でも同じ世代に彼がいた。

 二度と自分が光を浴びれないかのように錯覚するほどの光がいた。

 

 いくら努力しても届かない才に、身を焦がすような嫉妬は容易に人を狂わせた。


 ほんの出来心だった。


 彼は闇に落ちてしまった。

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