タケルの出勤
みんな、笑顔でいたいよね。
精一杯、咲く、夏の向日葵のように生きていたいよね。
だからまずそのためにどうすれば良いか? それをみんなで考えよう。
人、それぞれ。
異なる考えを抱く人たちがいることをまず受け入れよう。
快楽殺人者がいる。この星に。
星は、丸い。そして重力があるから下にいる人たちは落っこちなかった。
「すげー」
タケルは喜んだ。タケルは人間だった。登場人物ってやつだ。登場人物が登場することに関して異論は無いだろう。何しろこれは小説の中なのだから。もし登場人物が現れることに異議、申し立てをするような奴がいたとしたら、そんな奴は直ちにダンプカーにでも撥ねられて死ぬべきだろうね。
「重力ってすっげー」
タケルときたらまだ重力に感心していた。それはもういい。終わった話しだ。だがタケルは極端に知能が低いので一度、感心すると誰かが揺すって声を掛けるまで感心しっぱなしなのだった。ドモホルンリンクルの液体が垂れるCMを永遠に見ていた時もあった。
タケルは快楽殺人者だった。
だからタケルは自分が気持ち良くなるために人をどんどん殺そうと思った。
とある夏の出来事である。
向日葵が自分らしく咲き誇ろうとしてしまったのだ。もう誰にも止められやしない。止めようとする者はきっと彼によって刺し殺されるだろう。
タケルは基本的に他人というやつを全く信用していなかった。鏡に映る自分だって偽者だと罵った。「誰だお前はっ」それは彼の日課だ。快楽殺人へと真っしぐら。
「さあ、やるぞー」
意気揚々と家を出た。
問題はタケルの快楽のためだけに殺される被害者の方だ。たまったもんじゃあない。なんでタケルなんかのために殺されなくちゃならないんだ。それは最もな意見だ。小説の中の登場人物だろうが嫌なものは嫌だ。
だがタケル理論によると被害者、などという存在ほど信用ならぬものはないのだそうだ。何故ならこの星に生まれ落ちた時点で全員が被害者みたいなものだというのがタケルの考えだった。タケルがそのようなことを言うと読者の皆様は顔面の中心部に様々な部位を集めるかもしれない。
「おれはこんな奴、全然、認めないねっ」
見ず知らずの小説の登場人物に対して、よくもまあそこまで敵意を剥き出しに出来るものだとタケルは感心するだろう。タケルは侍ジャパンなどが対決する相手に対しこれっぽっちも悪い気持ちなんて抱いたことはない。みんなが頑張っているなあと思うだけだった。
「そんなに快楽殺人って、悪いことなのかな」
のんびりと小説の中のスタバでコーヒータイム。
「おれもそういう人に迷惑を掛ける犯罪とかじゃあなくって自慰とか声優とかで満足、出来る人間なら良かったのに」
だがそういったことにタケルはこれっぽっちも興味が無かった。声優? 洞窟かなんかに誘い込んでまとめて爆殺しちまえっ。
タケルはサラリーマンだった。
だから朝、出勤する際、電車を利用した。
小説の中にも電車は走っている。それはがたんごとん揺れる。基本的には同じだ。機関車トーマスみたいなやつが走ってるわけじゃあない。そしてタケルの乗り込んだ電車には必ず痴漢が出没した。タケルじゃあない。
満員電車のぎゅうぎゅう詰めの中で、右も左も痴漢ばかりだった。痴漢しない奴の方が異端だった。はあはあと桃色吐息が行き交う中なんとかまだ吸われていない酸素を求め皆あっぷあっぷしていた。こうなるともうカブトムシが樹木に寄り添うよう痴漢も自然なことなのかもしれないとタケルは思った。
タケルも何度か痴漢に遭った。もう男とか女とか関係なかった。タケルはもちろんその場で引きずり倒して相手の眼球を抉り出してやった。悪いことは悪いという至極、当たり前の価値観をただ実行しただけ。
「さてと………」
返り血を浴びたタケルは会社へは向かわず、適当な駅で早々に降りた。駅前では人間の何十倍もの大きさに拡大された声優が画面上で笑っていて、次の瞬間その画面から出て来て人を食うのではないかと思わせた。
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