ほんとの犯罪者になる前に









 ほんとの犯罪者になる前に。


 ほんとの犯罪者になる前に。


 小説家にならなくちゃ。


 おれは絶対、小説家にならなくちゃ。


 何がなんでもならなくっちゃ。


 でもならなくてもいいか。面倒くさそうだし。


 おーいお茶が机の上で転覆した。


 中身をぶちまけた。


 自殺したのだ。


 おれはそれをじいっと見つめていた。


 「………」


 まあおれはおーいお茶じゃないからいいか。


 村上春樹がいた。


 近所のアスファルトの上で直立していた。


 (村上春樹って直立するのか)


 新たな発見があった。


 その背後に村上夏樹もいた。


 村上秋樹(あきき)もいた。


 だから間違いなく村上冬樹もいるのだろう。


 四天王だ。


 そしてそいつら四人が殺し合いを始めるのだ。


 まあおれは無関係だからいいか。


 小説家。


 そいつになるのはすごく大変だった。


 まず小説を書かなくてはならないのだ。


 これが本当にきつい。


 なんとかして小説を書かずに小説家になる方法を模索したが無理だった。


 しかも書くだけでは駄目で新人賞も取らなくてはならなかった。


 おれは生まれてこの方、誰かに褒められたことなんてない。


 だから小説を書いてしかも新人賞を取るなんて無理だ。


 無駄な努力をすることは無駄なことだからやっぱりほんとの犯罪者になるか。


 犯罪者。


 それはとても簡単になれるのだった。


 お手軽だ。


 例えば混み合っている電車内で相手の同意なく勝手に尻を揉む。するともう犯罪者なのだ。


 「こんなに簡単に犯罪者が誕生するのか………」


 驚嘆させられる。


 気付けばおれはもう犯罪者の仲間入りなのだった。


 おれに尻を揉まれた中年のおっさんは「うん、いい手つきだ」と褒めた。


 道場六三郎に似ていた。もしかしたら本人なのかもしれなかった。


 その強面のおっさんはおれに未来の可能性を見出した。


 きみと信州で一緒に蕎麦屋を開くと宣言した。おれの捏ね方が相当、気に入ったらしい………。


 始めは統合失調症的なおっさんの発言に軽く引いていたおれだったが、何しろおれは生まれてこの方、誰かに褒められたことなんて無いのだ。


 「きみしかいない!」


 蕎麦屋は閉店した。


 開店したから閉店したのだ。


 おっさんの金はおっさんと共に樹海へと消えて行った。


 おれはその背中をいつまでも見つめていた。


 時折、森のどんぐりでも拾っているのかしゃがみ込む仕草を見せた。


 おれはトイザらスの店員になった。


 犯罪者にも蕎麦屋にもうんざりだ。


 だが忘れた頃に世間は動き出した。


 おーいお茶、殺人事件がメディアで注目を集め始めたのだ。


 おれは警察に捕まった。


 「まさかおーいお茶が死ぬとは思わなかったんですよ………」


 そんなサイコパスの発言に世間が慄く日も近い。








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