目覚まし時計




 みんな騙されていた。だからおれは声を上げた。こんなものは全部まやかしだ。現実ではないんだ。だが誰も耳を貸そうとはしなかった。夢の方が心地良いからだ。そこにずっぷりと上半身まで浸かってしまっていて、もう何がなんだかわからない状態だった。


 全ては嘘偽りで構成されていた。そこに何一つ本当のことなんて含まれてはいなかった。みんな一生懸命、目を逸らしていた。逸らし合っていた。おれは叫んだ。何とかしようとしたんだ。でもみんな笑いながら瞳を閉じていた。そこに映る存在しない景色に見惚れていた。夢と現実の区別がつかないのだ。複雑に混合されていた。そしてその全てが計画済みだった。予定通りの角度と速度で落下した。


 出来るだけ自分の意思でそれを行なっていると思わせた方が良いようだ。とても精巧な人形は、自分が人形であることすら気付いていないだろう。誰かの命令をただ盲目的に実行しているだけだなんて疑いもしない。


 きみは眠り続けていた。そしてそれが現実なのだと思い込んでいた。脳内で電気信号が行き交っていた。真実なのだと知覚した。目覚まし時計はとっくに壊れていた。もしかしたら最初から壊れていたのかもしれない。欠陥品だ。だがそれ以外を知らなければ、それはきちんと正常値に収まる。


 おれは皆の目を覚ましてやりたかった。そうするべきなのだと思った。それが自分の使命なのだと。でももう疲れた。どうでもいいか。誰も目覚める気など無いのだ。そんなこと望んではいなかったのだ。現実ってやつは直視しがたい不気味な陰影を帯び、それが一瞬でも視界に入ると危険信号が鳴り響く。おれが目を覚まそうと上半身を揺さぶるとそいつは迷惑そうな顔をした。


 「おい、起きろよっ」


 いつまでも揺さぶり続けるとおれの手を叩いた。そいつは怒り出した。眉間に皺を寄せていた。


 「せっかく良い気分で意識不明になっていたのに!」


 それは現実ではなく、おれたちが本来、留まるべき世界ではない。だがそんな指摘は完全無視。とにかくもう気持ちが良ければそれでいい。そこに含まれている成分の詳細なんて知ったことか。


 夢だとか現実だとか、そんなのもうとっくにどうでも良かった。自分がそのように感じたことが真実だ、などと抜かしていた。


 そして会話の途中、安眠枕に頭を乗せ早速、意識不明へと陥った。その表情を見ているとほんとに幸せなのかもしれないと思う。唾液を垂らし、呆けていた。いつまでもその状況が続くのなら、もしかしたらそれが正解なのかもしれないと思う。そして取り残されたおれは眉間に皺を寄せ立ち尽くし不幸なのかもしれなかった。


 もう一度、揺さぶってみた。そろそろ起きないと本当にやばいからだ。


 「やばいですよ! 一刻も早く起きてください!」


 今度は予備動作なく一気にそいつは飛び上がりおれを怒鳴りつけて来た。

 「あのなあっこっちはもう気持ち良く夢の中へと逃避してるんだよ! 迷惑なの、はっきり言って! 現実なんて直視してなんの意味があるのよ? 現実、それは死ぬほど下らない! それは常識! こっちはわざわざ睡眠薬まで飲んで努力してそこから逃避しようとしてるんだよ! お前、どうしてくれるんだよ!」


 今度こそ仮死状態に陥ると宣言して寝た。もう何度、揺さぶっても起きることは無かった。痛覚を含む全ての感覚を遮断したようだ。袋だ。内臓や脳がどっさりと入っている袋。それが横たわっている。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る