祈り




 まあ、想定内ではあったが実際、目の当たりするとへこんだ。へこんだっつーか鬱になりそうだ。何にもやる気が無くなってしまった。完全に自己否定された気分だ。


 そんなにおれが悪いのか? ほぼ初対面のあんたらに何がわかるって言うんだ?


 おれはスマホ画面を見つめた。何度、読んでもそこに記されている内容は同じだ。


 お祈りメール。


 日本人の駄目なところが集約されていると思う。



 『あなたの今後のご活躍をお祈り申し上げます。』



 それだけを読むとああなんて人情味に溢れているんだと思う。だがこれはただの形式的な不採用通知なのである。新卒でこれから社会人になろうとしているおれたちが一番、見たくないメールだ。


 「はあ………」


 溜息をつき布団にどさりと背中から落ちた。


 世間の景気が今どの程度なのかおれにもよくわからない。これより好景気の時も不景気の時もあったらしい。ただ自分の体感で言うと日本って国はもうずっと不景気なのではないかと思ってしまう。つまらなさそうな顔をして満員電車に揺られる大人たちを見れば希望なんて無いことは明白だ。そもそも家の中にいる父と母が終始、何かを間違えたと顔面に刻み込みながら生きているのを直視させられているのだから………だからそれはもしかしたら普通ってやつなのかもしれない、逃れられない宿命のようなものなのかもしれない。おれにはちと辛いぜ、この国で生きて行くのが。


 また新着メールが来た。


 開いた。


 大体、三行目ぐらいでどん底へと突き落とされるのだ。



『〇〇様

 株式会社〇〇採用担当の〇〇と申します。

 この度は多くの企業から弊社へとご応募頂き誠にありがとうございます。

 厳正なる選考の結果、誠に残念で』



 うわあああああっ。


 スマホを部屋の対角線上へと反射的に放り投げそうになった。もう一度、何かの勘違いかもしれないと思い、読み直すうわあああああっ。


 そんな内容が一件や二件ではなかった。


 現在、十六件。


 母さん………おれって頭がおかしいのか? 少しはまともだと思い込んでいただけで、世間的には何か致命的な過ちを隠し切れていない奴だったのではないだろうか?


 最初の内は余裕だった。まだ全然、大丈夫だった。心はカスピ海ぐらい広かった。まあそう簡単には決まらないだろうという予測はあった。想定内だ。


 だが周りの友人たちが次々と決まり出すと次第に焦りが出て来た。何故おれだけが採用通知を貰えないのか? 就活から解き放たれ満面の笑顔で役にも立たない助言をして来る連中に(………死ね)と思ったりもした。もしかしたらあいつらはおれの友人ではなかったのかもしれない。そのような直視したくない問題とも向き合わなくてはならなかった。うんざりだ。


 お祈りメールの文面は本当に心、無かった。ここまで人間の心を無くすことが出来るのかと唖然とさせられる。全てが空虚だ。上部だけだ。嘘偽りだ。そしてそれを隠そうともせずに全面に押し出しているのだ。


 スマホを見つめる。


 この文章はなんなんだ? ぞっとさせられる。ホラーではないか。おれの活躍を祈るだって? 嘘をつけっ。もし仮に明日おれが死んでもお前らなんとも思わないだろ。取り敢えずコピペして送ってるだけ。このような会社に採用されなくて寧ろ良かったとさえ思える。嘘だ。採用されていたらきっとその会社を好きになろうと努力していただろう。


 面接ではそこそこ手応えがあった。それなのに不採用通知が送られて来ると本当にへこんだ。気分を良くさせて期待させて突き落とすのだ。わざとやってるんじゃないかと勘繰りたくもなる。


 新着メールは続々と来た。開いた。タイトル『選考結果のご連絡、株式会社〇〇』



『〇〇様

 株式会社〇〇の〇〇と申します。

 先日はお忙しい中、弊社の面接にお越し頂き誠にありがとうございました。

 採用チームで十分に話し合った結果、高い自己成長意欲、共感力、そしてポジティブ思考の〇〇様の期待に沿えない可能性があると判断し、今回は採用を見送らせて頂くことにいたしました。』



 一瞬、脳が誤作動を起こしやったあと歓喜しかけた。放火されろこんな会社は。人を一喜一憂させてそんなに面白いか。もはや罠だ。もうお前のところの商品なんか一生、買ってやらないからな。死ね死ね死ね。


 あー。


 どんどん心が荒んで行く。保湿成分ゼロ。人のいない世界に行きたい。ディズニーランドに行ったままもう帰って来たくはない。


 面接で会った連中の顔が頭をよぎった。


 あいつら全員、嘘つきばかりだ。心ない嘘で暇つぶしみたいに他人の人生を弄びやがって。許せない。禿げ、カツラ、増毛、自毛、全員死ね。おれみたいな純真な人間はもうこの社会では行き場なんて無いのかもしれないな。あんな空虚なメールを送り付けて済ますような連中が結局は利を貪るのかもしれない。


 おれはもう一生、無職でいいよ。誰とも会話なんかしたくないし。部屋にはおれの友だちのぬいぐるみもいるし。ねー。


 だがメールが来れば動悸で心臓が高鳴り、深呼吸をし、覚悟を決めぶるぶると震える指先でクリックをするおれがいるのだった。


 ………どうせ駄目なんだろ? なあ、そうなんだろ? わかってるんだ。


 期待をするからがっかりするのだ。


 どうせ駄目に違いないのだ。おれなんかを雇うわけがない。おれはもっと自分に見合ったところを探すべきなのだ。見栄なんて張らなくていい。株式会社チーカマアイランドとかそういうところに就職するべきなのだ。ボーナスは全部、現物支給のチーカマで春夏秋冬チーカマのことを考えながら定年まで働きづくめ。よれよれになって脳内のチーカマ以外の回路が全部、焼き切れてしまう。そのようなことをぶつぶつと呟きつつ(………さすがにそろそろ受かるんじゃないか?)と思ってしまう自分がいる。可能性はないわけじゃない。胃に悪い。こんなことあと何回、繰り返せば良いのか? どこがポジティブ思考だよ馬鹿っ。あいつら人を見る目が無さすぎるだろ。


 全ての悪態は虚しい。所詮おれは選別される側であってどのような正しさを主張しようが、それを判断するのは向こうなのだった。


 メールが来た。


 オーケー。


 どうせまた駄目なんだろ。


 感情を掻き乱されるだけ損だ、そんな風に思うようになった。病気かもしれない。昔はこんなじゃなかった。逆上がり出来るかもしれない。そんなことを考えていた。でも今はあんな鉄の棒でくるくるするなんて曲芸師でもないのに無理だって思う。大人って多分、こういう風にしてなるんだろう。みずみずしい感性は失われある日、突然そいつはぼろ雑巾のような物に成り下がっている。もうどうにでもなれよ。祈ってほしい、そう思う。心の底からそう願っている。弊社に必要ないおれという存在のご活躍を祈ってくれている連中がいる。心を無にしてそれを受け入れるから。


 新着メールを開いた。そこに記されている文面を目で追った。長文だった。タイトル『勃ち過ぎ』



 『勃起状態の完全な維持! びんびんな感度で驚異の持続力! マカ? そんなのもう要らない! あの頃の若さが蘇る! 一晩に何度でも訪れる勃起地獄があなたを快楽の渦へと叩き込む! 白目を剥いて泣き叫ぶこと請け合い! パートナーも思わず悲鳴をあげる! もうこれ以上、愛液を流すと死ぬと医者から宣言! 誠に申し訳ございません! 許して下さい! 助けて下さい! 世界の中心でほとばしる白濁液! 渋谷の女子高生ならみいんな知ってる! 草食系男子はもううんざり! あなたの自信を取り戻せ! 自分以外の誰かになるなら今! 下半身をもっこり膨らませた愛されキャラへ! 真夜中に淫獣が解き放たれる! SEXランド! もう役立たずなんて言わせない! ひいひい言わす! 女子高生! 女子大生! 人妻! 義母! 愛犬! ミトコンドリア! 生きとし生けるもの全てがメスと化す! 誰にも止められない! 内閣総理大臣も絶賛、愛用中! あなたのおちんちんが加害者! 相棒は捜査中止! 科捜研の女が発情中! 今晩のおかずに迷うことなし! とにかくもう穴さえあればそれで良い! そんな自分に出会えて本当に良かった! イマジネーションギャラクティカセクシャルタイム! 股間ぎんぎんで四六時中、前屈みのあなたがヨドバシ辺りで発見される! もう争奪戦! メス、メス、メス! おちんちんが一本しかない苦痛に耐えられますか? 弊社では一切、責任がとれません! 嬉しい悲鳴そのお手伝いをさせて頂きます! 改良に改良を重ね、有効、勃起成分が当社比、1.25倍! 段違いの強度にあの小保方もイかされた? ブラックホールの中まで埋め尽くす勢い! 不思議が止まらない! 誠に申し訳ございません! 数には限りがございます! とにかくもうどぴゅどぴゅしたいオスが現在、当社、問い合わせ襴に殺到中! まずは一刻も早くこのメールを読んでいるあなたへ! 今世紀最大のハッピーを受け止める準備は出来ましたか?』







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