白い約束




 おっすおれ田中!


 よろしくな!


 え? どの田中かって?


 きみって随分、変なことを訊くんだなあ。田中と言ったらこのおれしかいないでしょ。


 他人行儀はやめてくれよなあ。田中だよ。あの。世界に一人だけの田中。確かそんなことを歌っていた国民的アイドルグループがいたよな! まあおれは聴かなかったけど。


 たりめーだろ? なんでキモオタの田中が男性アイドルグループなんて応援しなきゃならねえんだよ! キモオタと言ったら愛してるのは二次元! これ常識でしょ! 田中は産まれた時、泣いたからね。


 おんぎゃーあ。


 なんで泣いたかわかる? 田中が二次元の子宮から生まれなかったことに絶望したんだよ。


 だってさあ………田中的にはもうこの世界は完全にアウトだからね。普通はスリーアウトでチェンジじゃん? でもさ、どうももうツーサウザンドぐらいアウトしてるんだよ。それなのに一向にチェンジする気配が無いんだよね。おかしいよ。


 ねえねえねえっ。


 今更だけど訊いていいかな?


 きみってさ、どうしてそんなところで寝っ転がっているの?


 え? 癌なの?


 どのくらいの癌?


 ステージ百?


 それってもしかしてすごくやばい癌なんじゃないの?


 どうりでおかしいと思ったよ。


 だってさ、田中がこうして颯爽と登場したっていうのに拍手の出迎えすら無いんだもん。普通だったらここはスタンディングオベーションでしょ。


 でも癌で良かったよお。ちょっとこれ見てよう。


 ………どう?


 田中が描いたんだよ。


 なかなか良い絵だろおう? 可愛いキャラクターだろおう? 名前はね、癌ちゃん!


 おいおい勃起するのはさすがにこの田中が退室してからにしてくれよな!


 田中から言わせてもらうと癌は友達なんだな。いやなんか………もっとこう、中出ししたくなるような存在って言うか。ムラムラするっていうか。つまりだな、癌と戦うから負けるんであって、最初から敵と認識しなければ問題にすらならないんだ。


 きみの身体の中でさ、どんどん癌ちゃんが勢力を強めているだろう! その完全にいやらしい、すうーぐ股を開いて四つん這いで長い髪を振り乱し追い掛けて来る存在がね!


 だからね! 感謝してね! 癌ちゃんはもうきみの嫁!


 そこまで言ったところで看護師が慌てて部屋に駆け込んで来た。


 どうやら別の病棟から紛れ込んで来た患者らしい。早速、無線で助けを呼んだ。一人では対処しきれなかったからだ。そいつは脳以外は全て正常なのだ。やがて無理やり廊下へ連れ出された、その寸前におれを見て勝手に約束を交わしていった。


 もしも! もしもさ! きみの病気が治って! そんでもってこの田中の病気も治ってさ! そして世界中の戦争が終わって! そんで! そんでさ! そんでもしも退院した時、空が晴れてたらさ! その時は!


 そこまで言っておれの視界から消えた。


 それきり田中さんとは会っていない。あとで訊いたらあの人は野口だそうだ。まあいい。もうそんなことはどうだっていいさ。


 おれは田中さんと約束を交わした。


 そして不思議な安堵に包まれながら目を閉じることが出来たのだ。







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