第33話 恩人との約束

 エズリたちとの接見準備を進めながらも、ジェイクには財務特別補佐官としての仕事があった。


 城にいると、つらい現実の問題がのしかかる。財政は以前として厳しい状況にあった。ジェイクはひとつ思いつき、子供時代からの恩人ポンを王城に呼ぶことにした。


 思ったより時期が早まったが、ポンに恩を返せる良い方法を思い付いたからである。


「本当にその商人はそんなに金を溜め込んでいるのか?国家予算に匹敵する程?」


 廊下を移動しながらエミリアーノ王はジェイクに訊いた。諸々の問題で不足した予算を充足させる為、借金を申込む商人としてポン――本名はトゥルキスポーニーだが――を紹介する算段だ。


「もちろんです。何せユリィも関わってますから」

「ああ、成る程な」


 ユリィが関わっていると、大抵のことは不思議ではなくなる。ポンは、ユリィがいくらでも作り出せる宝石を、正規の値段で買い取ってくれていた。農村の子供が宝石を売りさばくには欠かせない存在であった。


 そもそもポンは、ルサーファという国から移住して、祖国との間で貿易をして儲けていた。その為、大量に買い取った宝石が値崩れしないようあの手この手で各国に売り、一大財産を築き上げた。


 また、それだけではなく、真面目に汗水垂らして育てたユリィの牧場の農作物を、ジェイクが王都で高く卸売り出来るようにと随分協力してくれたのである。


 そこまではエミリアーノ王は知らないが、ポンを待たせている応接室に到着した。

 しかし、扉の前にはそわそわした侍女が山と集まっていた。しかも非常識なことに扉を薄く開け、中を覗き込んでいる。


 カストの咳払いによって、侍女たちはエミリアーノ王に気付き、一斉に頭を下げた。


「君たち、何をやっているのかね?仕事に戻りなさい」

「客人に無礼ですよ。侍女長に報告しますからね」


 カストとネイが注意すると銘々返事をして散り散りに去っていった。彼女たちの色づいた頬は、注意されたからではないようだ。


「……そんなに色男なのか?金持ちな上に?」


 カストが扉の向こうに聞こえないよう小声でジェイクに尋ねる。


「あ、いえ。ポンさんの甥のアミルが付き添いで一緒に来ているみたいですね」


 ふむ、と小さく唸ってからカストは扉を開けた。あれこれ想像するより見た方が早いと言いたげに、やや力が入っていた。


「客人方、エミリアーノ国王陛下が臨席されます」


 カストの声かけに、立ち上がって出迎えるポンとアミルの姿が見えた。ジェイクは少し気恥ずかしく彼らに微笑んだ。手紙でやり取りしていたが、実際に会うのは久しぶりである。王の侍従として仕えている状態で対面するのは妙な気分だった。


 ポンとアミルは、ルサーファ国出身で褐色の肌と彫りの深い顔立ちをしている。どちらも長身で、体格が良いのは家系なのか、すっと立つ姿は王族かと見紛う風格があった。


「偉大なるエミリアーノ国王陛下にお目にかかれまして光栄でございます。トゥルキスポーニー・ファリードと申します。こちらは甥のアミル・ファリードです。どちらもファリードですので、私のことは気楽にポンと、こちらはアミルとお呼び下さい」


 ポンは柔和な笑みを浮かべ、恭しく挨拶をした。いつも年齢より若く見える童顔で、黒い瞳は草食動物のように穏やかだ。


「アミル・ファリードです。陛下におかれましては、ご機嫌麗しく存じます」


 アミルは胸に手を当て、さっと敬礼をして見せた。銀色の髪が揺れ、顔を上げたときの青灰色の瞳は久しぶりに見ると効果的だった。ジェイクは胸がざわめいてしまう。不思議な魅力のある瞳と、奇跡のような美貌を持ってしてアミルは微笑んだ。背後で、カストとネイが小さく息を吐くのが聞こえた。


「ポンにアミル、楽に寛いで構わない。礼を尽くす必要もない。何せ、今回は私が金を借りる身なのだから」


 エミリアーノ王は気圧されず皮肉的な笑みを浮かべ、カストの引く椅子に座った。追ってそれぞれ着席する。ポンが如才なく話し始めた。


「陛下が何をおっしゃいます。私はルサーファ国の生まれながら、20年このバーフレム国に生きております。それと言うのも、妻に惚れ込んだのもありますが、この素晴らしい国の治世あってこそです。そこで得た私の資金が、陛下のお役に立てましたら栄えある誉れでございます」

「ふむ。流石に口が上手いな。だが国として借りる以上、無利子とはいかない。利子はそちらが決めた年率で払おう。如何程を望む?」

「そこが問題なのでございます……ジェイクからお話があったかと思いますが」


 ポンは片眉を器用に下げた。エミリアーノ王は一瞬、ジェイクを睨むように碧い瞳を向けた。


「ああ、ジェイクから話はあった。貴殿の商会への金融業許可は私が今、ここで下す」

「ありがとうございます!」


 ポンはエミリアーノ王と、それからジェイクに満面の笑みを向けた。ポンは巨万の富を持っているが、それはポンの商会名義の金である。個人の金ではない。

 そしてこの国では、個人間の金の貸し借りまでは取り締れないのでともかく、商会などの団体が許可なく金を貸すことを法律で禁じていた。


 現在は、二つの公爵家のみが金融業の許可を持ち、独占状態になっている。その牙城を崩して、金融業をやりたいというのがポンの夢であった。


「ジェイクの思惑通りで面白くはないが、貴殿の商会は当国のグラソー子爵家と共同経営で長年まともな商売をしているようだしな。条件は満たしている。何度申請を出しても許可が下りなかったのは、政治の腐敗だろう」


 ふん、とエミリアーノ王は鼻を鳴らした。先王が金を使い込み、財政を破綻させ、更に癒着によりまともな審査が行われていなかった。ジェイクに文句を言うのは単にやつ当たりである。


「さて、その辺りは外国人である私にはわかりかねますが……。では融資の利率は年12パーセントで、如何でしょうか」


 ポンはややこしそうな話はさっとかわして、数字を述べた。


「随分安いな。公爵家や市井の違法金貸しではもっと高いと聞く」

「金貨というのはかさばるものです。保管料がかからなくなり、借用書一枚になると私こそ助かるのです。国は逃げませんから、きっとご返済頂けるでしょうし」

「法律を変えて、踏み倒すかもしれぬぞ」


 冗談でもないような口調でエミリアーノ王は迫った。すぐに相手を試そうとする悪癖が出ているなとジェイクは止めたくなった。だが、ポンの穏やかな笑みは揺るがない。


「それでも構いません。お金というのは不思議なもので、金庫に眠っているだけでは何の価値も生み出しません。水の流れと金の流れは停滞させてはならない、というのが私の信条です。どうぞ陛下のお力で、民にお分け下さい。それに最大の貸付先が国というのは、金融への新規参入業者として、何よりの宣伝となりますから」


 淀みないポンの口上に、エミリアーノ王は笑うしかない。


「ジェイクの長年の恩人というだけあるな。では、契約を成立させよう」


 エミリアーノ王の合図があったので、ジェイクは用意していた書面を差し出した。借用書、金融業許可証それぞれ正副2枚ずつある。


 さらさらと額面の記入とサインを済ませ、エミリアーノ王は立ち上がった。


「ジェイク」

「はい」

「茶を用意させるから、あとは任せる。私は別件の用事があるのでな」


 思いもかけないエミリアーノ王の気遣いに、ジェイクは驚き目を見開いた。ポンやアミルとゆっくり話が出来るように、席を外すと言ってくれていた。


「あ、ありがとうございます」

「財務部との会議までには戻るように」

「はい、かしこまりました」


 カストとネイを引き連れ、颯爽とエミリアーノ王は退室した。扉が閉まってから、残ったポン、アミル、ジェイクは姿勢をわざとにだらっと崩した。


「いやあ、立派になっちゃって。本当にここで王様を支えてるんだねえジェイク。ボクなんて感動で涙が出そうだったよ」

「ポンさんはいつも通り商売上手で口も滑らかでしたよ!」


 空気が一気に、ごちゃごちゃした市場にある狭いポンの商会事務所のように変わる。気のせいか近所の燻製屋の匂いすらあるようにジェイクは感じた。


「俺もジェイクがずっと心配だったんだよ、いじめられてないかなあとか。手紙にそんなこと書けないだろうし。でも、これからはちょくちょく来るから」


 アミルは頬杖をつき、色々と角度を変えてジェイクの顔を眺めながらにやっと笑った。


「アミルが?どうやって?」


 融資の契約は終わった。後は実際の金貨を運ぶ日程はあるが、今後アミルが城に訪問出来る理由がわからなかった。

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