第34話 和みのとき

 アミルが説明しようと口を開きかけた丁度そのとき、ノックの音と共に声がかかった。侍女たちがお茶を運んできたらしい。アミルは姿勢を正し、口をつぐんだ。


 返事をしたジェイクは、ぞろぞろと入ってくる侍女の人数に驚く。不必要に多い。車輪つきのティーワゴンに載せて運ぶのが常なのに、いくつもの手持ちのトレイに分けて運んでいた。アミル目当てだろう。


「ありがとう」


 アミルの前にティーカップを置く役を勝ち取ったであろう侍女は震えていて、ガチャガチャとカップとソーサーがぶつかる音を立てていた。気遣うようにアミルが声をかけると、ついに固まってしまった。それを別の侍女が引っ張って下がらせる。ひどい有り様に、ジェイクまで羞恥を覚えた。身内の恥のように思えたからだ。いつもは冷静に仕事をしている彼女たちなのに。


「……ジェイクまで俺の顔をそんなに見るなよ」


 侍女たちが下がったのを確認して、アミルがまた姿勢を崩した。それでも嫌みなほど様になっている。


「相変わらず、女性たちにすごいもてるよね」


 つい観察的にアミルを見てしまった。同性であるジェイクからしても、見る価値のある美しい容貌だとは思う。


「この国の女性はなぜかルサーファ人が好きなんだろ。あと、今日はある程度いい格好してるしな」


 アミルはカップを持ち上げて紅茶の香りを楽しみ、謙遜した。それも一理ある。バーフレム国の女性は大抵ルサーファ人が好きだと詩歌にさえ歌われている。また、今日のアミルとポンは金糸の刺繍が豪華な、いかにも高そうな衣服に加えて、大ぶりの宝飾品を着けていた。だが、ポンは横で目を細めた。


「ボクもルサーファ人だし、金持ちそうな格好で来たけど、アミルが横にいるとみんなアミルを見ちゃうんだよね。まあボクにはブルーナがいるし、妬かれちゃうからいいけどさ」


 ポンは妻の名をあげた。先ほどエミリアーノ王にも語っていたが、ポンがこの国に移住した理由になった、バーフレム国の女性だ。

 今のジェイクと同じ、15歳で出会い、すぐに惹かれあったという。彼らの大恋愛があって、今日のこのときに繋がっていると思うと、ジェイクは遠い遠い未来を想像せずにはいられなかった。――ユリィと僕が、将来は誰かに影響を与えるようになるんだろうか?


「俺もポンさんみたいに、いつか運命の出会いがあると信じてるよ。とりあえず、今は色々な人と話してみる期間だと思ってる」

「アミルは手広くいきすぎだけどね。侍女長さんは歳上すぎるんじゃないかなあ」


 アミルとポンが、思ってもみない役職の女性の話をしていてジェイクは現実に立ち返った。


「アミル、侍女長と仲良くなったの?」


 ジェイクは侍女長の顔を思い浮かべた。さっきネイが言いつけようとしていた侍女たちの頂点の存在だ。

 彼女は40歳代、人間関係の修羅場をいくつもくぐり抜けたと言わんばかりの、将軍のような厳しい顔つきをしている。あんな女性とどう仲良くなれるのか教えて欲しいくらいだった。


「ああ、俺がついふらふらと道に迷ったら、侍女長さんに出会ったんだ。親切な方で良かったよ。俺が投資先を探してるって言ったら、城に出入りしてる業者を紹介してくれるってさ。これでジェイクに会いに城に来られるだろ?」


 アミルは邪気のない笑みを浮かべるが、明らかに計画的な犯行だ。


「別に僕、大丈夫なのに……それにもう少し落ち着いたら、アミルに会えるくらいに自由な時間も増えるよ、多分」

「でも、この城にはすごい人数の女性がいるじゃないか。女性は集団になると強いから、ジェイクがいじめられないか心配なんだよ」

「それはアミルを見に集まっただけだから」


 何を言ってるんだとジェイクはがくっと力が抜けた。ポンが小さく笑い出す。


「アミルは小さい頃、ルサーファで女の子にいじめられてたから心配なんだよ」

「あっ、それをジェイクに言う?」

「何ですかその話は」


 初耳の話に、ジェイクは好奇心が騒いでしまう。


「ボクも、ずっとこっちに居るから兄さんから聞いた話だけどね」


 アミルの不服そうな顔を無視してポンは説明を始めた。ポンとアミルは叔父と甥の関係なので、ポンの兄はアミルの父にあたる。


「アミルは子どものときからこんな顔だからさ。ルサーファでもやっぱりもてたんだって。それで、ある気の強い女の子に好かれたけど、アミルが全っ然なびかないから恨まれてしまったと。しかもその女の子がほかの子を集めて、寄ってたかっていじめるもんだから、アミルはちょっと学校を休んでこの国に遊びに来たんだ」

「ああ……そういえば初対面のときに友達がいないとか言ってた気が。大変だったんだね、アミルも」


 遠い記憶がよみがえった。肌寒い春の夜、ユリィと北の山に行って偶然アミルに出会ったのだった。ユリィは力を使いすぎて立てなくなり、アミルに助けられた。


「……まあそういうことだ。だから、子供のときに言っただろ、ジェイクとユリィが手を繋いで歩いてる姿にぐっと来たって。だってユリィはめちゃくちゃ強そうなのに、ジェイクを優しく守ってて、感動したんだ。この世にこんな美しいものがあるんだなって。あれが俺の理想なんだよ」

「何それ……結局ユリィな訳?」


 急に饒舌になってアミルは勢い良く喋った。だが到達点がジェイクには理解出来ない。アミルはユリィに惹かれているのではないかと不安になってしまう。


「そんな顔するなよ。俺はあの頃のかわいかったジェイクにもすごく感銘を受けたから」

「ん?」

「なんて言うか。愛情を受け取るのがジェイクは上手い。きらきらした目で、相手を信じきってて……突っぱねるばかりじゃなくて、ああいう風に立ち回ればいいんだってわかったんだ。俺は今でもあの頃の小さいジェイクを心に思い浮かべると、女性との交渉がうまくいくんだよ」

「ばかにしてる?」


 もうそんな子どもではないと、ジェイクは憤慨した。確かにあの頃は強いユリィに守られていることに満足していた。


「いや、してない。今の俺があるのも、ジェイクとユリィに出会えたからって話」

「あっそう」


 肩をすくめ、からかうように笑うアミルなのでジェイクも怒ったふりだけしておく。本気で怒りはしない。ポンが二人の小競り合いをつまみにクッキーを齧っていた。


「人生、何が影響するかわからないって話だね。ボクもジェイクにこんなに恩返しされるなんて思ってなかったし」

「ポンさん、こんなの全然恩返しのうちに入らないです。また僕が助けてもらったくらいで」


 ポンにはまだまだたくさん儲け話を渡したかった。ポンに教えてもらったことは数えきれない。


「良い商売、良い商談っていうのは、どちらにも利益があるものさ。今回は本当にありがとう、ジェイク」

「こちらこそ」

「これから、じゃんじゃん金貸しをして儲けるよ」

「ポンさんが儲けるってことは、利益を受ける人が増えるってことですから」

「多分ね!」


 冗談を言うポンだが、ジェイクは心から信頼していた。資金が必要な人に行き渡るようになれば、より経済も活性化するだろう。


 その昔、商人なんてつまらないとこぼしたジェイクにポンが教えてくれた話を思い出した。


『例えば、金貨一枚が物の売り買いによって10人の間を移動した結果、金貨は増えない。一枚のままだ。けれど魔法のように、必ず何かが増えているんだよ。それは金貨よりも価値がある。面白いとボクは思うよ』


 商売から政治の世界に移ったジェイクだが、基本は変わらないと考えていた。

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