第16話 告白
「ジェイク、そんな顔をして……国王陛下が亡くなって悲しいの?」
絶対的な安心感をもたらすユリィと相対していると、ジェイクは抑えていた感情が溢れるように、目が熱く感じた。心のどこかで呼んでいたとジェイクは自覚した。
「そうじゃない、僕は悲しくない」
「じゃあ、どうして?」
「ユリィ……殿下が、今夜はひとりにしてくれって言ったんだ」
「殿下が?」
ユリィはそっとジェイクの背中を撫で、ソファへと誘導した。並んで二人で座る心地よさも今のジェイクには罪悪感を呼ぶものだった。ただ隣にいるだけで、温もりの気配がある。
「うん……でもそれは、あの人ことだから……ひとりにしないでって意味だと思う。殿下は今、ひとりで悲しんでいる」
「そうだね。殿下は意地っぱりだから」
「なのに僕は……」
俯いて自分の足を見ていると、ぽたぽたと涙の滴が落ちて、布地に染みが出来た。どこか他人事のようだった。
「僕は恐ろしいことを考えてしまったから……国王陛下が早く亡くなればいいと思ってしまったから……どうやって殿下の側にいればいいのかわからなくて、従ってしまったんだ。あんなに悲しむとは思わなかった」
「ジェイク……」
ユリィの手が伸びてくる気配が感じられて、頭を撫でられるのかとジェイクは予想した。すぐにその通りに、慣れた感触が伝わる。優しさと愛情がこもった手のひらが、何度も頭を撫でた。悲しいときに必ず側にいてくれるユリィの存在が、嬉しいのに、ますます涙が止まらなくなる。
「ジェイクは悪くないよ、国王陛下が亡くなったのは病気のせいでしょう。寿命だと思う」
「わからない。だけど……お願い、殿下の側に行ってあげて」
ジェイクは今までになく重く感じる頭を上げ、涙に濡れた両目をこすった。喉が締め付けられるように苦しかった。王太子はユリィに憧れているから、二人きりにはなって欲しくない気持ちがあった。それでもユリィならきっと、魔法のように王太子の心を慰めてしまうだろうという確信もあった。
「ユリィにいつまでも甘えてばっかりでごめんね」
「うん……わかった。でもね、ジェイク」
ユリィの声音は優しいが、少し驚いたように何度か瞬きをした。
「ジェイクは私に全然甘えてないよ。だって、ジェイクに何かお願いされたのって初めてかも。いつも私が勝手に押し付けてるだけ」
「押し付けだなんて、僕は思ったことない」
「うんでも……」
ユリィに言われて、ジェイクは膨大な記憶を洗い出して彼女に頼み事をした経験がないと確認する。確かにそうだが、頼む必要すらなかったと改めて彼女の愛情と力の強大さを感じた。今だって、なぜか来てくれている。
「私、ジェイクには何でもしたくなっちゃうの……ごめんね」
「何で謝るの?」
「ジェイクは本当は強いのに、私が必要以上に色々しちゃうから。それでも、ジェイクは自分で努力を続けて、図書館の本を全部覚えるくらいに勉強を続けて、今こんなに偉くなったんじゃない」
「偉くはないけど。僕は少しでもユリィの為になればと思ってがんばっただけ……」
話し合っているうちにジェイクは涙が止まった。それどころか、困ったように笑うユリィにつられて口元が緩む。
「ありがとう。ジェイクといるとすっごく優しい気持ちになれる。私がここまでまともに生きて来られたのも、ジェイクがいたから。たまに何もかも嫌になってこの国をめちゃくちゃにしてやろうかと思ったときもあったけど、ジェイクがいたから我慢できたの」
その告白には驚かずにはいられなかった。大仰になりそうな顔をジェイクは引き締めた。
「……もしユリィがそうしたいなら、僕は手伝えることなんでもするよ」
「しないって。ジェイクは、エミリアーノ王太子殿下のこと好きなんでしょ?」
「好きとかじゃないけど……支えたいと思うだけ。僕にはユリィがずっといてくれたけど、王太子はひとりでたくさん傷ついてきた人だから」
王太子とは慣れて親しくなったが、人として好きかと聞かれると素直に肯定したくはなかった。性格の悪い部分が多すぎる。だが、もしユリィが側にいなければ自身はもっとひどかっただろうとも考えてしまう。
「ジェイクは優しいね……そういうとこ、大好き」
言ってからユリィは俯き、じわじわと頬を染めるのだがジェイクは目を離せなかった。
「それ……4歳のとき以来、言ってくれなかったのに」
「だってジェイクも言ってくれなくなったし……」
思わず正確な記憶を脳内に取り出してジェイクは振り返った。あの頃は、自分が大好き、と言えば大好き、と返ってくる幸せな時代だった。そもそもユリィの母親が、口癖のように彼女にいつも言っている言葉だったから。ただ5歳でユリィの母親が亡くなった後からはその言い方は聞きたくないと言われたのだった。
細かいことは言うまい、とジェイクは記憶に蓋をする。更にこの場合、もしかしてユリィは母親のような気持ちで言ったのではという疑念もあったが今は考えるのをやめた。
「僕も大好き。ユリィよりもずっとずーっと」
「懐かしいね、その言い方」
頬が熱いのか、自分の顔を触りながらユリィは笑みをこぼす。言っていいのなら、ジェイクは何回でも言いたかった。こんなときでも嬉しくて仕方ないのだから。
「……じゃあ、ちょっと行ってくるね」
ユリィは気持ちに区切りをつけるようにひとつ息を吐き、立ち上がった。
「うん。隣の部屋だよ」
ジェイクも立ち上がる。バルコニーに出て、王太子の部屋のバルコニーを指差した。
「ジェイクは色々考えすぎだから、よく寝て。今すぐベッドに入って目を瞑ること。わかった?」
「わかった」
ジェイクが頷くと、ユリィは何でもないことのように、助走もなしに隣に飛び移った。小さな獣のような、ごく軽い着地音がした。隣室とは言っても二つのバルコニーは、かなりの間隔が空いている。それもユリィには全く問題ではないようだった。
ガラス扉をノックする様子をジェイクは見守った。しかし中から反応はないようだった。
ユリィは肩をすくめて腰に装備していた短剣を抜く。彼女の魔力によって、何度も折られ、その度に強化され、最早この世に斬れぬものはなしとふざけながらも豪語していた短剣だ。
ガラスに円を描き、切り抜こうとしていると――ガラス扉が開いた。窓を斬られ、騒ぎになるのを嫌がった王太子が開けたのだろう。静かにユリィが部屋に入っていくところまでを見届けてジェイクは胸をおさえた。悲嘆の淵にいる王太子にユリィが何を言い、何をするのか想像もつかなかった。王太子の願いは、侵入してきた彼女に殺されることだったが、そんなことをユリィがする筈もない。
微かにちりつく嫉妬心を封じるように、ジェイクは言われた通りベッドに潜り、目を瞑る。ユリィのお守りの効果で体は疲れないが、頭は重くなるのだった。溜め込んだ頭の熱が手足に移動していく感覚と共に意識が泥濘に落ちそうになる。無意識に数回は抗っていたが、やがて眠りに落ちた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます