第3話 15歳の誕生日
8年が経った。ジェイクにとっては燻り続けた8年だった。
ユリィの異常とも言える強さは隠しとおせるものではなく、村を統治するグラソー男爵に目をつけられた。そうして彼女の愛する牧場の土地を人質にして、半ば強制的に養女にされた。
しかし男爵側もさるもので、うっかり殺されぬようユリィに不自由な条件はつけなかった。グラソー邸で週に一度の教育のみを受けさせ、あとは村でそれまで通りの自由な生活を許したのだ。争いを好まないユリィは粛々とその生活を続けた。
そして男爵はユリィのモンスター討伐や撃退などの手柄を自分のものとして子爵にまで陞爵した。なのでユリィも今や子爵令嬢の身である。
一介の商人であるジェイクがユリィと結婚できる可能性は完全になくなった。
それでも二人の関係性は、驚くほど変わらなかった。
ユリィは絶対的ともいえる愛情をいつもジェイクに向けた。僅かな可能性に賭けてジェイクは仕事に身を入れた。巨額の金を積めば貧乏男爵の養子になることで爵位を買うことも出来ると知ったからだ。
ユリィは15歳となり、ジェイクが2ヶ月遅れで誕生日を迎えた夜のことだった。
その夜は恒例のように村のレストランでジェイクの誕生会がユリィ主催で盛大に行われた。ユリィの父、ジェイクの母、それから彼女に関わるたくさんの人たちも招待された。
村のレストランは、宝石で得た大金でユリィが建てたものである。設計や、人員の確保などはジェイクも関わった。もちろん、ほかの多くの大人も関わっているが二人のレストランのように思えてジェイクは好きな場所のひとつだった。
令嬢教育の賜物なのか、成長による必然なのか、15歳のユリィは大人びた美を誇っていた。ジェイクは身長だけはどうにか追い越したものの、いつの間にか手を繋いだり頭を撫でられたりという接触が減っただけだった。
「これで私たち、どっちも大人だね」
「う、うん」
ユリィがジェイクに意味ありげに微笑み、心臓が大きく脈打つ。
――この瞳だ。
挑むように笑むこの赤い瞳。理解してみろと、心を読んでみろと問いかけるこの瞳。僕だけに向けられる表情。だから僕はいつまでも期待してしまう。
このバーフレム国では15歳で成人となる。しかし一体何が言いたいのかわからずジェイクは見つめ返した。
「私、今年はリベンジしたいの」
「リベンジ?」
ユリィは時々、ジェイクの知らない言葉を使う。アミルに紹介された図書館の本をほとんど読破したジェイクだったが、この現象は長年の謎だった。しかしそれもユリィの魅力かと思っている。もしかしたらユリィ独自で作った言葉かもしれない。
「あのね……ジェイクには危険がないようにするから」
「そうか。わかった」
ジェイクはその意味を理解し、顔が綻ぶのを感じた。
賑やかに誕生会を終え、家に戻ったジェイクはそそくさと寝るふりをして母が寝付くのを待った。そして床板のひとつも鳴らさずに家を抜け出る。手には一応ランタンを持った。
「ジェイク」
近くの茂みにしゃがんでいたユリィが急に立ち上がったので、ジェイクは驚いたものの声は我慢できた。
「……ユリィ、僕嬉しいよ。夜に出かけるのは久しぶりだから」
「そうだよね。ジェイクがちゃんとわかってくれて嬉しい」
小声ながらユリィの口調も弾んでいた。流石に手は繋がないものの、並んで川沿いを歩き北の山を目指す。歩幅も随分広くなった。
北の山。正確にはフィズィッリ・ディラブリア山だがユリィは発音が面倒らしく村の北側にあるので単純に北の山と呼んでいる。ジェイクもそれに従っていた。
ユリィがジェイクに宝石を発掘する力を見せた場所であり、ジェイクが変わるきっかけになった場所でもある。毎年春に訪れる大事な友人、アミルとも出会った。
山の麓にある採掘場跡は、あのあとも石を拾うのに何度も一緒に通った。ある時、採掘場の奥の洞窟へ好奇心で侵入した。そして強力な毒を吐くモンスターに遭遇してしまった。
今こうして生きているのだから別にいいのに、と思うのだがジェイクを殺しかけたとユリィはひどく責任を感じ、以降北の山の麓ですら誘われなくなってしまった。
「はい、これ着てね。これはすっごい強い防具だから何があっても大丈夫」
ユリィは腕に抱えていた、うっすら光るローブを渡してきた。彼女の体温でほんのり温かいそれをジェイクは喜んで着る。
「ありがとう。ユリィは?」
「私は普段着は全部、大蜘蛛と、空飛ぶ毛糸玉の糸が織り込まれてるから物理攻撃も毒も平気なの」
ユリィが正式名称を覚えないモンスターの名前をジェイクは頭の中で諳じた。ユリィは力が強すぎる弊害か、細かいことは気にしないところがある。別に記憶力が悪いわけではない。
――こんなにきれいなのに、畑仕事が好きだし。
ジェイクは改めてユリィの緩く波打つ杏色の髪を目で追った。魔力で乾かしているという髪は艶やかで、見たことはないが王女よりきれいなんじゃないかと思った。
比べると自分には男らしさが圧倒的に足りない気がした。身長はどうにかユリィを追い越したが、鍛えても筋肉がつかない。
「ねえ、ユリィ。僕、やっと15歳になったけど今日も初対面の人に女みたいって言われたんだ」
「失礼な人だね……」
同情を込めてユリィは肩をすくめた。ジェイクは女の子と間違われるのを嫌がり、男らしくなりたいと努力していると知っている。しかし確かに柔らかな印象の大きな栗色の瞳を中心に童顔気味であり、色白なジェイクに男っぽさはない。
「そんなの気にしないで。私はジェイクを女の子みたいだなんて思ったこと一度もないよ。……かわいいとは思ってるけど」
「ほんと?」
言葉の全てが嬉しくてジェイクは今の発言を心の大事な引き出しに慎重にしまった。そこはユリィの発言でいっぱいだが、ジェイクの記憶容量にはまだ余裕がある。
「ほんと。男の子だなってずっと思ってる」
「どういうとこ?」
「ん?……」
ユリィは言葉に詰まった。
「えっと……頭が良いし、道が覚えられるし優しいし、決断力があって心が広いとこ」
数瞬の間があったがユリィは顔を赤らめながらいくつも良いところを挙げた。ジェイクにとってその評価はとても嬉しいものだった。
それが男らしさとは言えないが長年の付き合いで嘘ではないとわかる。更にユリィが照れ始めた様子に希望すら持ってしまう。
「ありがとう。ユリィがそう言ってくれると僕、本当にうれしい」
「うん、自信持って」
ユリィは幼馴染の無邪気な笑顔にますます顔を赤くした。男らしさを探して不意に蘇った記憶に罪の意識を感じていた。
ユリィとジェイクは互いの母親の仲も良く、赤子の頃から一緒に育った。なので隣でジェイクがおむつを替えられる姿、その男性の証を何度も見ていた。ユリィは転生者で意識が大人だったので、暇だったのだ。
――だめ、こんなの思い出したら絶対だめ。こんな記憶消さなきゃ。
ユリィは消そうとするとかえって鮮明になる記憶を消せないかと足元の小石を蹴った。それは豪速で闇夜を翔け、溶け消えた。
やがて採掘場跡に着き、8年ぶりに洞窟を塞ぐ板をユリィは持ってきた短剣で切断した。冷たい風が吹き出し長い散歩で火照った頬を撫でた。
「8年前に行かなかった道に行ってみよう」
振り返ったユリィは、子供のような笑顔を浮かべていた。
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