第12章 煙草の話

一息の話

 煙草の灰が落ちた。




「ここ、いいですか?」


 男が話しかけてくる。

 帽子を抑えてうなずくと、男の手は己のシャツのポケットに滑り込んだ。

 煙越しに、喫煙ルームのガラスの汚れが少し気になった。


「煙は嘘をつかないなぁ」


 え? と男を見る。

 その独り言がそこを漂っているかのように見つめている。

 煙を見ているようにも思えた。


 自分が吐き出す煙も嘘をつかないのだろうか。


 空気が煙に形を与える。

 先程の煙はどこに行ったのだろう。


 煙は嘘をつかないのではなく、きっとつけない。

 小さく笑えば、隣にいた彼を思い出す。



 彼が何か大袈裟なことを言うたびに馬鹿ね、と笑った。

 そういうといつだって彼も小さく笑っていた。

 笑っていたはずだったのに。




 うそつき。



 どっちが?



 指の間の煙草は、一回咥えたら終えてしまうくらいの長さをしていた。


 煙草を口に持ってくる。

 男は煙を相変わらず見ていた。


 咥える。放す。吐き出す。

 煙も、嘘も、肺から全て吐き出せば、透明な空気に溶け込んでいく。


 私はそれを指で叩く。




 煙草の灰を落とした。

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