第4話 神の話
教祖になって十年くらい経っていただろうか。
テレビに出演する機会があった。くだらない対談番組だった気がする。様々な宗教に属する人間がお互いの価値観のすり合わせをするといった趣旨だった。確か神とは一体何かといったような議題だった。勿論話が噛み合うわけがなく、ナナカマドは途中までただの一言も発しなかった。
恰幅のいい眼鏡の男が少し眉を下げた時だ。
「全知全能の唯一神と信じるのが私の宗教なので、あなたとは相容れないようですね」
呆然とした。自分で何を言っているかわかっているのだろうかと耳を疑った。だから、言った。
「あなたの信仰は、その程度ですか」
対談者の宗教家の表情が一変した。何かが削がれたように清々しさを伴った笑顔を向けてきた。そして眩しそうにナナカマドを見て、「そうですね。私は宗教家として最低の発言をしてしまったかもしれませんね」と言ってきた。笑った。嘲笑した。だが、微笑んだ。そして頷いた。
それがどこかの放送局の目に留まったらしく、メディアで持ち上げられるようになった。「白い教祖」「微笑む白い人」くだらない仇名がいくつもついた。三流新聞の一面はいつもナナカマドの微笑が取り上げられていた。教団の教えが事細かに書かれた特集記事が組まれた。その雑誌の購入部数は出版社創立以来の伸び数だと言われた。オファーが処理しきれないほど舞い込んできた。偶にテレビ番組に出ては微笑んでみた。愚かだな、と思ったら穏やかに発言してみた。そうするといつだって視聴率は伸びた。ラジオに出たこともあった。そうすると衰退していたラジオというメディアが見直された。教団を立ち上げたときに出した白い表紙の本はどの書店も完売状態だった。紅い実のブローチを発売すれば、それがトレンドになった。会員数も驚異的な伸びを見せていた。
国民が皆してナナカマドの考えに共感し、祀り上げだしたように見えた。しかしそれでは全く満足しなかった。いつかそれに終わりが来るのは知っていた。ナナカマドの純粋な欲求を満たすにはまだ生き残る必要があった。誰かに蹴落とされるわけにはいかなかった。
そこでゆいが用意してくれた場がラジオだった。
ナナカマドによって隆盛したラジオというメディアは今や誰もが使用する情報媒体だった。ラジオといえばナナカマドのイメージが既に定着していたのである。
ある男と対談する機会を用意してくれた。彼はゆいがバイトしていた番組のメインラジオパーソナリティだったらしい。ナナカマドも彼のことは知っていた。一時は衰退したラジオと言うメディアにしぶとくしたたかに生き残っていることが彼の実力を物語っていた。
時間より少し遅れていった。ラジオのミーティングルームはオレンジ色の照明が印象的な部屋だった。丸いテーブルに数人座っていた。皆して手元の資料を見ていたのだが、一人だけ、虚空を眺めている人物がいた。薄い青色のサングラスをかけて、灰色のハットを被って、ピンクの淡いシャツの上に、ハットより少し濃い灰色のジャケットを着て座っている。どこかで見たことがあると思った。
やはりナナカマドはいつもの微笑を浮かべながら言う。
「初めまして」
周りの有象無象が一斉に立ち、「初めまして」と言ってくる。ほう、とい溜め息はもはや耳慣れたものだった。
白いシャツはいつもの通り。白いパンツもいつもの通り。紅い実のブローチもいつもの通り。傍らのゆいもいつもの通り。
有象無象がゆいの肩を叩きながら挨拶している。ゆいはやはりいつもの春を連想させる笑顔を向けながら「お久しぶりです」と、通り一遍の挨拶を返している。
皆が立っている中、サングラスの彼は立ちもせず、その様子を見ているようだった。ナナカマドがため息をつくことはめったになかったのだが、この時ばかりはその爽やかさにため息をついた。四十代とは思えないというのが正直な感想だった。
サングラスの彼が口を開く瞬間を待った。すっと息を吸う瞬間を見逃してはならないと思った。
「初めまして。DJの按摩です」
滑舌の良いその声がナナカマドの背中を滑った。彼の声に、その言葉に、納得した。誰も言葉を発していなかった。その空間を支配していた。その場にいる人々全員が彼の声に耳を澄ましていた。
ぞくりとした。
心が浮足立った。
この男を掌握したい。
掌握?
そこで疑問を抱いた。掌握とは違う。この男を掌握してしまったらつまらないのではないか。何がしたいのだろう。この男をどうしたいのだろう。この男と何がしたいのだろう。
番組の打ち合わせをしながらずっと考えていた。
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