第2話 罪の話
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ナナカマドは中学校にいた。
容姿端麗であることを自覚しており、己の能力値の高ささえも自覚していたナナカマドはそれを存分に生かすことを楽しんでいた。それは当たり前の快楽として傍にあった。同学年を操ることは容易かったし、教師を思いのままに動かすのはより容易いことだった。良きリーダーとして人を動かすことを覚えたナナカマドは他の方法でも人を動かしてみたいと思った。ナナカマドにとって絶対的な立場に立てることは当然のことだった。
自らに備わったリーダーシップを恐怖という概念に変えるのはやはり容易かった。ナナカマドを囲んでいた凡人たちを悪戯に誘う。最初は可愛らしいものだ。線路に置き石。壁に落書き。徐々にハードルをあげていった。ハードルをあげればあげるほど周囲のナナカマドへの恐怖も増幅していた。
桜の舞い散る春には凡人どもを使って気に入らない教師をいたぶった。そして通りすがりの男の目を潰した。教師も男も凡人どももナナカマドを恐怖の対象として見ていた。でもそれだけだった。
ある時だ。
猫を手懐けたことがあった。艶やかな黒い毛。蠱惑的な黄色の瞳。お腹の膨らみが妊娠を意味していた。なんて不吉なんだろうとナナカマドにしては珍しく大事に愛でた。だが、慈しむという事象を実験していたにすぎなかった。猫は犬の如く芸達者であった。待て、といえばずっと待っているような猫だった。試したくなった。この猫に備わった忠誠心とやらを。慈しむという感情を覚えたナナカマドに、もうその猫は不必要のそれだったのである。
交通量の多くない時間を選んだのは、単に猫を置くのに人目がつかないようにと思っただけだ。
道路の真ん中に猫を置く。待て、と言って待たせる。猫の目にはナナカマドしか写っていなかった。凡人どもは流石に気が引けたのか、ナナカマドを止めることに必死だった。
死んだらどうするんだよ。流石にまずいって。
ナナカマドは無邪気な笑顔を彼らに向けた。
「じゃあ、君らがあの猫の代わりをやるかい?」
一斉に口を噤んだ。猫はというと、ナナカマドを見ていなかった。道路の向こうをじっと見つめ、何かを待っているかのようだった。何を待っているのだろう。そう思いながら歩道の脇によった。
確か五月だった。空があんなに綺麗で、緑もあんなに美しかった。
バイクが通りかかった。猫はバイクを見つめていた。臆することなく、そのバイクが近づいてくるのを見つめていた。バイクは器用に猫をよけようとした。そしてよけきった。拍手しかけた。偶然だった。反対車線にはみ出たバイクはトラックのライトに吸い込まれるようにぶつかった。
胸が高鳴った。血が美しいものだと知ったのはあの時だ。
猫はというと、その現場を虚ろな目で見ていた。そしてナナカマドをちらっと見た。
美しい。素晴らしい。なんて素敵なんだ。その目だ。何も感じていないような、全てを悟って感じられなくなったような、目。その目をもっと見たくなった。
事故の後、あの目が見たくて様々なことをしたがどれも納得のいくものではなかった。つまらなかった。どれも暇つぶしにすぎなかった。
暇つぶし。人生が死ぬまでの暇つぶしにすぎないと気付き始めたとき、己の存在意義が見つからないものだと気付いたとき、初めて絶望と言う言葉を実感した。あんまり重くて耐えきれないとさえ思った。それでもどこかで心が浮き立つ感覚を覚えていた。
火を使おうというのはただの思い付きだ。しかしこれほどまでふさわしい媒体はないと思った。
人類が神に与えられた最も危険で便利で原始的な利器。
存在意義が見出せないなら、存在確認くらいしたかった。
存在を確認するためには、第三者の目が必要だ。火が上がれば、社会は少しくらい取り上げるだろう。そうすれば、少しくらいお茶の間の話題にはのぼるだろう。煙のないところになんとやら。少し違うか。そして両親を家ごと燃やした。それが彼女を手放すことになるなんてこれっぽっちも思ってなかった。
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