第11章 回顧の話

第1話 原初の話

 ナナカマドは目を閉じた。

 風を感じる。潮の匂いが鼻をつんざく。太陽の冷たさが身体を貫く。

 白いパンツに水しぶきが一つ、染み込んでいく。大きめのシャツの余剰分がはためく。胸元に付けている紅い実のブローチを引きちぎると、シャツまで一緒についてきた。破れたシャツの間から見える滑らかな柔肌は、明らかに四十代のそれではない。

 ここまで随分長い時間だったようにも思うし、短い時間だったようにも思う。楽しかったなあ、とも思うし、この程度か、とも思う。


「美由紀」


 なあに、と彼女の答えが返ってくるような気がして、それが気だけだと分かってしまって、泣きたくなる。


 泣きたくなる? 何故泣く必要がある?


 自問自答して落ちぶれたな、と落胆する。そしてまた楽しくなる。

 ブローチを握り締める。加工された紅い実がかさかさと取れていくのがわかる。

 この二十数年間を思い出していた。美しくも下卑たこの世界はより美しく下卑ていった。絶望だった。いや希望かもしれない。正反対の概念がぽんとシャボン玉のように彼の心の中に現れては、ぱちんと弾けて消えていく。その繰り返しだった。

 瞼の裏に彩りを伴って甦る映像を垂れ流しのままにする。


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