閑話休題
桃太郎の話
どうも暇になるとTwitterを開いてタイムラインを確認してしまう。それはどうしようもない癖みたいなもので直そうとしても直せるものではなかった。日常的な出来事でも、特異な出来事でも、ネットワークの世界に一四〇文字以内の言葉に託しては羽ばたかせていた。
だから、今この状況を僕は言葉に託し羽ばたかせるべきなのは明白だった。近所の土手を散歩していたら、川上から人間大の桃が流れてきた。しかも入れと言わんばかりにぱっくり開いている。開いているものに入りたくなるのは何故だろう。あれと感覚が似ている。ボタンがあると押してみたくなるとか、山があるから登りたくなるとか。
少し違うか。
とりあえず今この状況を整理するために写真を撮ろう。運がいいことに川の流れは緩やかだ。ほうら、撮ってごらんと桃も言っているようだ。愛用のスマホでカメラのアプリを起動させる。このカメラは僕の家でも最高峰の画素数を誇る。かしゃりと不自然なほど大きな音が誰もいない土手に響く。どう見ても桃だ。ピンク色のうすぼやけた色は、どんぶらこという効果音つきで流れている。勿論この効果音は僕の脳内のみで再生されている。
次の瞬間、僕は川の中をじゃぶじゃぶと入っていた。桃に向かって僕は歩く。運よく川は浅く、僕の膝より少し上くらいの水位だ。桃が近付く。緩やかに、川のさざめきに任せて、ゆらりゆらりと、僕に近付く。
うん、桃だ。
冷静に事を判断している僕の精神状態って、と思うが、何よりそのぱっくり割れた桃に入ってしまった僕の欲求に疑問がわく。
しかし、僕は欲求の赴くまま入ってしまった。いや、ぱっくり割れた桃の中央によじ登って座った、と言った方が正しいのか。いやいや、そのぱっくり割れていたはずの桃が、僕が桃の中央に座った直後閉じてしまったから、やはり入ってしまったと言った方が正しいのか。兎に角、僕はよくわからないうちに桃の中に閉じ込められてしまった。
何事。
思わず真顔になる。ポケットの中に仕舞われていた愛用のスマホを出す。使い古されたスマホは液晶の部分が指紋だらけで、裏は引っかかれたような傷が残っている。お世辞にも綺麗とは言えない。Twitterを開いてタイムラインを確認する。
フォロワーには大した出来事があったわけでもないらしく、「おはよー」とか「バイトいってき」とか、そんなありふれた言葉が乱立していた。やはりこの状況をツイートして、フォロワーを驚かせるべきでは。自分にはないはずのエンターテイメント魂が疼きだす。とりあえず写真に収めておこう。かしゃり、と大きな音。桃の中で反響する。
入ってみて意外に桃の中の居心地の良さに感動を覚えた。羽毛布団に包まれているような、適度なぬくもりとふわふわ感は絶妙だ。一生ここにいてもいいかもしれないという快楽欲求が脳内を支配する。
がたりと妙な揺れが体を揺らした。今までの穏やかな揺れとは違った異質な揺れ。誰かがこの桃を持ち上げたかのような。足音がする。僕の下から。その足音と同じリズムで桃も揺れていた。酔う。酔ってしまう。全然居心地良くない。がちゃりとドアが開く音がする。どうやら家の中に入ったらしい。
これは所謂誘拐に当たるのだろうか。
妙に頭は冷静で、桃の中に入れられた誘拐というこの出来事に対する恐怖も驚きもなかった。新手の犯罪というには洒落がききすぎてるよな、と思う程度だ。それより、頭の真上に包丁の切っ先が見えたときの戦慄と言ったらなかった。今まで感じたことのないような命の危険を感じた。目の前を躊躇なく包丁の切っ先が通り過ぎる。血の気が引く。いつの間にか切っ先は背中の方に移っており、思わず背筋が伸びる。
上から光がさす。どうやら桃が割れたらしい。はあはあと生臭い息が僕の鼻を衝く。まず目に飛び込んできたのはまっ白い犬だった。桃をむしゃむしゃ食いだした。余程腹が減っていたのだろう。桃の中央に座っている僕のことを気にせず食べだした。
どんと、肩に何かが乗ってきた。
鳥?
かなり大きめだ。首の部分は美しい光沢のある深い緑、顔の部分は鮮やかな赤、二つの目が僕を睨んでいた。あまり見たことのない鳥が、何故僕の肩に止まっているのか。
すっと僕の目の前に一口大に切られた桃が差し出される。その指は妙に長い。差し出された指を伝って前を見てみると猿が人懐っこそうな顔をしてこちらを見ていた。首を傾げ、しきりに僕に桃を勧める。
「桃の中って居心地よくないすっか」
少年の声。変声期も始まっていないような高い声は台詞の馴れ馴れしさに合っていない。見上げる。暫し見つめ合った後、僕は手に持っていたスマホをタップしTtitterを開いた。ツイート欄を開き「いまどうしてる?」という質問に答えるべく言葉に羽根を生えさせる。
「桃太郎なう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます