第2話 手紙の話

拝啓 ナナカマドへ

 明けましておめでとう。というより、もう寒中見舞い申し上げます、かしら。連絡遅れてごめんなさい。外は相変わらず寒いわ。そろそろ初雪が降るんじゃないかしら。

 あなた、あの盲目の人に何をやらかしたの? いえ、書かないで。聞きたくない。あらかた予想はついているわ。本当、どうしようもない人ね。

 あらあら、そうやって甘えれば私がはい、そうですかって言うとでも? そうは簡単にいかないわ。あなたに会うつもりもないし、あなたに復讐するつもりも、もうないわ。あなたを殺したところで父さんや母さんが戻ってくるわけでもないし。だから、あなたの願いは叶えられそうもない。ごめんなさいね。それに、私があなたに会えない理由はほかにもある。一番よくわかってるのはあなたじゃない。

 だからごめんなさい。あなたには会えない。でも、あなたが元気で何よりだった。もう今は、あなたに犯したすべての罪を償ってほしいという想いだけなの。自分でもこんな考えになるとは思いもしなかった。

 じゃあね。また手紙ください。

2024年1月16日 美由紀より

敬具

 



拝啓 美由紀へ

 手紙くれてありがとう。すごく嬉しかったよ。

 随分絶望的なことを書いてくれるじゃないか。会うつもりはない? 復讐するつもりもない? すべての罪を償ってほしい? なんなの? 美由紀は一体どういうつもりで書いたの? 美由紀からごめんなさいなんて言われたくなかった。僕が美由紀に手紙を書いたのはそんな言葉を書かせるためじゃない。そんなの僕の望んだことじゃない!

 やっぱり、僕はナナカマド。七回火にくべても燃えることはない、紅いままの実は地獄への道しるべ。僕をこの退屈な場所から救済してくれる明かり。その明かりは美由紀だと思ってた僕が間違いだった。僕がナナカマドになる。僕自身が僕を助け出す。あーあ、でも美由紀に会いたいなあ。美由紀も僕に会ってみたいでしょ。

 じゃあ、またね。手紙待ってる。

2024年晩冬 ナナカマドより

敬具

 



拝啓 ナナカマドへ

 梅が盛りを終えてそろそろ桜が咲きだす頃ね。庭の梅は綺麗に咲き誇っていたわ。白と赤。おめでたい色。そろそろ春ね。だんだん暖かくなってきてるわ。何かと気温の変化が激しいから気を付けないと。あなたは元気にしてるのかしら?

 ご機嫌を損ねちゃったようね。悪かったわ。でも、そう思っているんだから、しょうがないじゃない。別に何があったってわけじゃないのよ。もし私があなたを送ったら、私はあなたと同じ人格になってしまう気がしたの。そればっかりはごめんだわ。私は最期まで私でいたい。あなたに私を崩れさせはしない。だから、私はあなたに罪を償ってほしいと思ったの。それで、あなたも少しは良心の持ち合わせた人格になるんじゃないかと思って。そのほうがあなたもこの世は捨てたものじゃないと思えるんじゃないかって。甘いかしら。でも、あなたの救済が死へと向かっているなら、もう私はあなたを助けることはできない。それに、そろそろ私も殺すんでしょう? もう時間がないことはわたしが一番よくわかっている。だから、お願い。私の分も生きて。

 ねえ、覚えてる? 母さんがよくつけてた赤いかんざし。あれ、奇跡的に焼け残って、今私の手元にあるの。あなたに見せてあげたいわ。このかんざしを見たらあなたも後悔の念が募ってくるんじゃないかと思ったけど、そうは簡単にはいかないわね。

 そろそろ散歩に行こうかしら。散歩も随分久しぶりだわ。白い部屋って最初のうちは落ち着いて、シンプルでいいんだけど、だんだん飽きるものね。

じゃあ、また手紙書くわね。

2024年3月19日 美由紀より

敬具

 



拝啓 美由紀へ

 もう桜は咲いたかな。元気にしてる? 僕は元気だよ。

 おかしなこと書いてたね。僕が美由紀を殺すだって? そんなことできるわけないじゃない。美由紀に会うこともできないのにどうして殺すことができるんだい? 僕の暇つぶしに付き合ってくれる人を僕は探すことはできない。だからこうして美由紀に手紙を書いてる。暇つぶしにね。その有効な暇つぶしを僕自身が消すわけない。だって、それこそ大損じゃないか。僕はそんな嗜好の持ち主じゃないからね。僕は美由紀を守りこそすれ消すことはありえない。殺したいほど好きだから。

 そういえば、紅いかんざし、だっけ? 懐かしいなあ。よくつけてたね。見てみたいな。まあ、手紙に同封するにはちょっと重いかもね。まあ、あのかんざしが美由紀のもとにあるなら何よりだよ。大切に取っておいて。

 僕の分も外の世界を楽しんで。この体に風や空気を当てさせてあげて。

じゃあ、またね。

2024年春 ナナカマドより

敬具




 拝啓 美由紀へ

 暑中お見舞い申し上げます。外は暑いのかな。外から入る光はもうぎらぎらだよ。

 あれ以来手紙をくれないね。どうしたの? 僕が怖い? 僕は怖いのか? 美由紀、僕さ、僕の方こそさ、こわい……怖いよ。いや、違うな。僕は恐れてるんだ。このどぎつい派手な光を。なんだか、僕の考えてることをすべて否定してるかのように照りつけるこの光を僕は恐れてる。嫌な季節が来ちゃったよ。なんでこんな季節に限って手紙を寄越さないんだ。ああ、そうか。これが復讐か。復讐するつもりはないとか言っておいて、僕をこんな苦しい目に合わせて。きっと美由紀はせせら笑っているんだ。こんな僕を見て。白い部屋の隅に固まっている僕を見て。ベッドに縛り付けられたかのように横たわっている僕を見て。父さんや母さん、いろんな人や物を暇つぶしの道具にした男を痛めつけて、ねめつけて、いたぶっているんだ。ああ、嫌な季節だ。   

ねえ、美由紀。頼むから手紙を書いてくれ。消えてなければ。僕の身体から抜けてなければ。ねえ、こうして一緒に生きてきたじゃない。生まれてからずっと。美由紀は僕の中にいた。僕の善として美由紀は僕の中にいた。僕は僕の中で気の赴くままに生きていた。僕がここまであの退屈な世の中で生き残ってこられたのは美由紀のいい人面のおかげだ。

美由紀が花火なら僕は地獄の業火ってところかな。美由紀が美しく己を魅せる火なら、僕は人を恐れさせ屈服させる火だ。二人で一つ、今までやってきた。僕の暇つぶしにここまでついてきたのは美由紀だけだ。最期までつきあってくれよ。ダメかな。過ぎた願いなのかな。叶わない祈りなのかな。

 手紙、待ってる。

2024年夏 ナナカマドより

敬具




 拝啓 ナナカマドへ

 久しぶりね。この前散歩に行ったら赤とんぼが二匹、寄り添うように飛んでたわ。父さんと母さんかしら。もう外はすっかり秋よ。空は高いし、うろこ雲が一面を覆ってる。もうナナカマドの葉が赤くなってるし、銀杏も黄色く染まってるわ。ナナカマドの葉を同封しておくわね。銀杏も入れたかったんだけど、綺麗な葉っぱがなくて。ごめんね。

 素敵なラブレターを有難う。あんな手紙を書いてくれるなんて嬉しいわ。答えなくちゃね、あの素敵な手紙に。私はこれを遺書として書くわ。

 そう。私は、私たちは運のいいことに、いえ、運の悪いことに一つの身体の中に宿った正反対の人格たちだったわ。よく今までうまくやってこれたわ。こんなに長く、あなたと一緒にいるなんて思ってなかった。そして、あなたがこんな恐ろしい性格だとは思わなかった。まさか親を殺して家に火をつけるなんて。それ以外の悪行も多々あるのでしょうね。私は知らないけれど。でもそれをやっているのは、あなたという人格と私のこの手なのよね。許せなかったわ。我慢ならなかった。私のこの手が人を傷つけるなんて。しかも私の知らないところで。ついには私の手に父さんと母さんの赤い血と真っ赤に染まった包丁を残して私をあの火の中に残していくなんて。もう限界だった。でも、何ででしょうね。私はあなたから離れることはなかった。私はすぐにこの体から抜け出ることは出来たはずなの。あなたから逃げ出すことは出来たはずなの。ねえ、ナナカマド。やっぱり私もあなたのことが好きだったんだと思う。殺したいほど。でもね、あなたに消えてほしくない。やっぱり、似ているわ、私たち。

 私のこと、花火に例えていたわね。花火は、打ちあがれば豪快だけど、終わればすっと消えていく儚いもの。私も花火と同じようにすっと消えていくわ。私のこと忘れないで、とは言わない。あなたのことだからきっと忘れるわ。それで、あなたはその暇つぶしに拍車をかけていく。私というリミッターがいなくなることで、あなたはきっとより刺激的な暇つぶしを欲したくなるに違いない。それが怖い。

あなたが光を恐れるのはあなたが地獄の業火だから。光があるなら地獄の業火の明るさなんていらないもの。あなたが証明しようとしているその存在意義とやらが失われるものね。だからあなたは光が怖いのよ。

ナナカマド、頼むから、私のことを愛してくれるなら、あなたの願い聞いてあげたから、私の願いを聞いて。罪を償って。父さんと母さん、そしてあなたが手をかけた多くの人に詫びを言って。

私が言いたいことはそれだけよ。

ナナカマド、今までありがとう。さよなら。

2024年 10月21日 美由紀より

敬具

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