第3章 ナナカマドの話

第1話 手紙の話

拝啓 美由紀へ

 お久しぶりです。元気にしてますか。

 あんなところに置いてきちゃってごめん。あの火の中の出来事を覚えているかな。覚えてるよね。僕は途中で意識失っちゃったみたいなんだけど。父さんと母さんの流す血がとても紅くて、火がすごく綺麗だったのは覚えているんだ。でも後のことが思い出せない。ねえ、どうだった、僕の火は? 綺麗だった? 怖かった?

 美由紀は僕を許さないだろうね。でもね、僕はああするしかなかったんだ。だって、そうしないと、僕の存在意義は証明できなかったから。僕を僕から解放するにはあの手段しかなかった。ねえ、僕を許さないとしても、美由紀なら僕の気持ちわかってくれるよね? でも、怖い思いをさせてしまったのなら謝るよ。

 じゃあ、また。

2023年秋  ナナカマドより

敬具




 拝啓 ナナカマドへ

 お久しぶり。秋も深まってきたわね。山装うとは、まさにこのことね。私は相変わらず元気です。その減らず口もいつ振りかしら。ナナカマドなんてふざけた名前つけちゃって。まあ、芝居好きのあなたらしいから、そのまま使わせてもらうわ。

 許しを請うために私に手紙を書くなんていい度胸ね。私はあなたからどんなに許しを請われてもあなたを許すつもりはないわ。家に火をつけることがあなたの存在意義を証明することなの? あなたの父親と母親をあんなふうに殺すことがあなたの存在意義を証明することなの? 私をあんなところに置いていくのがあなたの存在意義を証明することなの? ふざけないで。もう、こんな手紙を書かないで。

 私があなたを訪ねる時はあなたを地獄へ送る時だと思ってちょうだい。覚悟して待ってるのね。じゃあ、それまで元気でね。

2023年10月19日  美由紀より

敬具



 

 拝啓 美由紀へ

 手紙ありがとう。元気そうで何よりだよ。

 相変わらず手厳しいね。まあ、僕をあっちに送るなら、さっさとしてくれないかな。この部屋飽きるんだよね。何もかも真っ白なんだもん。壁も扉もベッドも机も窓の格子も白いんだよ。あー退屈。美由紀が来るの待ってるよ。

 ああ、そうそう。どっちかって言うとふざけてるのは美由紀の方だよ。わからないの? 前の手紙に書いたような気がするけど。美由紀の目は節穴? 残念だな。わかってくれると思ったんだけど。

 丁寧に解説してあげるよ。紅い血と僕の火が僕を派手にあっちに送ることで僕の死はメディアに取り上げられる。馬鹿なマスコミのやることなんてくだらないゴシップネタを書き綴ることだろう? 僕の生きざまは紙面に晒され、僕の死にざまはワイドショーを飾る。僕の人生は少なくともお茶の間の話題程度にはなるだろう。一瞬でも僕のことを認識する人間がいるだろう? それこそ僕の望み通り。僕の存在意義はその第三者によって証明される。どうだい? これでわかったかな? 僕の最期のショーこそ、僕の存在意義の証明だった。だけど、そうそう思い通りにいかないね。あーあ。残念だなあ。

 父さん、母さんのことは悪いと思ってるよ。だから柄にもない手紙を書いたんじゃないか。僕の存在意義の証明に付き合わせちゃったわけだし。二人が悪いわけじゃなかったんだけど。皮肉だね。人生なんてそんなものなのかも。でもね、ああしないと、僕は僕から解放できない。僕を解放できるのは真っ赤な血と燃え盛る炎だけだからさ。ああするより仕方なかった。

 長く書きすぎちゃった。今日はこの辺で。じゃあね。

2023年晩秋  ナナカカマドより

敬具




拝啓 ナナカマドへ

 秋も終わりね。道一杯に枯葉が敷き詰められている光景をよく見かけるわ。そろそろ冬が来るわね。寒くなってきたけど、元気? 私は相変わらずよ。

 まあ、随分とふざけた手紙を有難う。真っ白な部屋でその精神的苦痛を味わいなさい。わたしの気持ちもわかるでしょう。愛する人を一瞬で失った辛さを。その犯人があなたである辛さを。さっさと送ろうかと思っていたけど、そんなことを言うなら送るのをしばらく延期するわ。

 ふざけているのが私の方だと言ったわね。私からすればあなたの方がよっぽどふざけているわ。あなたのくだらない理論なんて聞きたくないの。父さんと母さんの血があなたを解放するですって? 火があなたを解放するですって? あなたをあなたから解放して何の得があるっていうの? 私や父さん、母さんをそんなのに付き合わせて。それを人生は皮肉なんて常套句で片付けないで。

とりあえず、私があなたを送るまで元気で生きててね。

2023年11月17日  美由紀より

敬具




 拝啓 美由紀へ

 手紙ありがとう。そろそろ冬だけど、元気にしてる? 僕は元気だよ。

あー、あんなこと書かなければよかったな。もうここに来て随分経つと思うんだけど、全然慣れない。四季とかないし。つまんなくて、つまんなくて。ただ白いばっかりなんだよ。目なんていらないよ。ああ、目で思い出した。近所に盲目のお兄さんいたでしょ。結構イケメンなあの人。あの人元気にしてるのかな? ちょっと気になったから書いてみました。

美由紀は何もわかってないな。書いてていらいらするよ。何の得があるかって? あるわけないじゃん。そもそも生きてて得することなんてあるの? というか生きるということ自体が損じゃない? 生きることはつまり死ぬまでの暇つぶし。生きてること自体損なのに得を求めるっていうのは、三流の冗談にもなりやしないよ。

 じゃ、またね。

2011年初冬   ナナカマドより

敬具

 



拝啓 ナナカマドへ

 寒さも増してきたわね。木はすっかり裸になっちゃって、見てるこっちが寒さを感じるわ。マフラーや手袋がもう必須な時期ね。私は元気よ。

 あなたが気にしてた盲目のあの人は……わからないわ。まあ、かくいう私もあの事件以来あまり外には出てないからね。ごめんね。でも、なんでまたあの人のことを気にしだしたの? 珍しいこともあるものね。

ああ、そうそう。この前散歩に行ったんだけどね。庭にナナカマドが植わっていたの。ナナカマドの実が真っ赤に色づいて綺麗だったから少し貰ってきたわ。同封しておくわね。

 書いててイライラするなら書かなくて結構よ。まったくあなたの思考にはついていけないわ。

 じゃあ、元気でね。また書くわ。

2023年12月18日 美由紀より

敬具




拝啓 美由紀へ

 もう一年も終わりを迎えますね。きっと外は寒いんだろうな。この部屋はそこまで寒くないよ。

 ナナカマドの実、ありがとう。やっぱり僕はナナカマドだね。紅くて、小さくて、愛らしくて、狂ってて。まさに僕だ。

ああ、そうそう。盲目の人のことありがとう。今の僕じゃ確認できないからね。あの人、僕の暇つぶしを邪魔したんだ。かっこよかったよ。虫唾が走るくらいね。美由紀に見せたかったな。

 ついていけないなら別にいいよ。生きるなんてくだらない。僕が存在することすらくだらない。存在意義を証明しようとしたのはその気持ちを持つこと自体くだらないと思ってたからかな。ま、僕自身もよくわからないんだけど。いや、やっぱり、暇つぶしかな。存在意義を証明するという暇つぶしだ。

 じゃあ、また。早く送りに来てよ。

2023年冬 ナナカマドより

敬具




拝啓 美由紀へ

 明けましておめでとう。もう2024年だね。美由紀から貰ったナナカマドの実は机の上でまだ紅いままです。

 あれから手紙くれないけど元気? あれからずっと待ってるんだよ。ひどいなあ。ずっと白い部屋の中にいるとますます気がおかしくなっちまうんだ。外に出たいって言っても病院の人は相手にしてくれないし。美由紀くらいなんだよね、こうやって何でもかんでも思いつくままのことを言えるのは。どんなに美由紀が僕を憎く思っても僕は美由紀が好きだよ。殺したいほどね。だから、僕をはやくあっちに送って。じゃなければ、僕が美由紀を送っちゃうよ。

 手紙待ってます。

2024年冬 ナナカマドより

敬具


 

 

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