第3話 彼女と猫の話

 眩しい光が差す。真っ青な透き通った空は寒さのせいか。きんと頬を冷たい風が突き刺す。そろそろ雪が降るかもしれない。寒さが体を伝ってぶるりと震わせた。お腹を冷やさないようにもっと着こまなくてはならない。赤いちゃんちゃんこだけでは足りないかもしれない。ほつれた袖口を右手で弄ぶ。


 お母さん、もっと重たくなっちゃうなあ。 


 お腹に手をあてると、ぐるりと動いた気がした。


 ごめんね、私のせいで。


 そう伝えているような気がした。


 いいよ。


 私は答える。


 君が私の娘として産まれてくるならなんだってやる。それが今の私にできる彼への精一杯の愛情表現なのだから。


 真っ裸になったアパートの横に植わっている木は実に寒そうだった。今は寒さに耐え、あたたかい春の日差しを待っている状態なのだろう。春のピンクのほうが私は好きだが、彼は五月の緑のほうを愛した。


 バイクが気持ちよさそうなんだよ。


 事あるたび彼は好きな理由をそう答えた。へえ、と私は頷いていたが、本当のところ理解はしていなかった。だが、理解する必要はないと思っていた。それは今でも変わらない。彼は、緑を愛した。私はそれを尊重するだけ。


 早く緑にならないかな。君に見せてあげたいな。


 重たいお腹を押さえて階段をゆっくり降りる。郵便受けを確認して何も便りがないことを確認する。彼のバイクはすぐ近くに置いてあった。彼が愛したバイクは前がひしゃげて見るに堪えかねない状態だったが、捨てるのは惜しい気がしてそのまま残してある。彼が遺した唯一の愛用品でもあった。主人のいなくなったバイクは哀愁を漂わせて荒んだ黒色を仕方なく光らせている。


「おはよう」


 にゃあ、とシートの上に乗ったそれは鳴いた。艶やかな黒毛、黄色い蠱惑的な瞳。今は眠そうにバイクのシートの上に丸まって目を細めていた。毎朝それは同じ場所にいる。


「今日もいい天気ね」

 それは私の社交辞令に答えるようにまたにゃあと鳴いた。近寄って頭を撫でると細めていた目をますます細めた。私の大きいお腹にすり寄ってくる。まるで小さな命がそこにいることがわかっているかのようだった。


「来月よ」


 それはごろごろと喉を鳴らす。当たり前だ。そう聞こえた気がした。

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