第4話
カフェスペースに移動し爆弾の入った桐の箱をテーブルに乗せて、あたしと慧天と少年は座っていた。少年の名前は
しかし小学生が爆弾を手作りできるようになるとは、恐ろしい世の中になったものだ。ふぃー、と息を吐くとびくっと少年は肩を揺らす。じるっとジュースを鳴らす。色から見てメロンソーダだろうか。瓜臭くてあたしは好きじゃない。
「何だってあたしの尻の下にこんなもん置いたワケ? 少年」
「その、違くて、僕の隣に座ったのがお姉さんだったから、」
「別にあたしを狙ったわけじゃない? 無差別って言うのが一番怖いのよ、ボーヤ。爆弾で一撃なんて恐ろしい」
「ご、ごめんなさい」
慧天は首に引っ掛けていたヘッドホンを直して、耳に当てている。あたしも咽喉マイクのスイッチを入れて、いつもの『名探偵』と『ヒーロー』の形に戻っていた。しかしお姉さんか。小学生から見たら中二のあたし達もお兄さんお姉さんなのね。親戚では末っ子だから慣れなくてくすぐったいわ。
すっかり炭酸の抜けたコーラを一口飲んで、あたしはとりあえず訊きたいことを訊いて行く。多分それは慧天も同じことだろうから、一人で喋ってる訳にも行かなくなる。まあ、がら空きの映画館で注目されることも無いから良いけれど。
「あたしが椅子に座った時、あなたはリュックか何かを自分の椅子の下に入れてごそごそしてたわね。あの時に仕掛けてた?」
「はい……」
「そうだって。どうして時間ギリギリまでその隣なんて危ない箇所にいたの?」
「その、映画が」
「映画が?」
「面白かったから……」
「映画が面白かったから、立ち去るのを忘れていた?」
「……はい」
ポロシャツのアップリケのサボテンをぐりぐりいじりながら、少年は頷く。慧天の方を見ると、きょとんとしていた。フラッシュ・ゴードンの映画は当時世間的にはあまり良い評価がされなかったことでも知られている。でもQUEENのテーマ曲が話題になり、後にそこそこの評価に至ったとか。初見でその感想を聞くのは珍しい。慧天はヘッドホンを外す。あたしはマイクの電源を切る。
慧天がじかに訊きたいのなら、それに任せよう。あたしは『名探偵』じゃないから、尋問は苦手なのだ。どこから訊いたら良いのか、分からなくなるから。
「どこが良かった? やっぱりテーマソング?」
「それも良かったけど、音楽全般が格好良くて、ギターが凄く深い音出すの初めて聞いて」
言って少年は自分のリュックからポケットギターを取り出す。そして弾いたのは、簡単な作中曲のワン・フレーズだった。
「ここのとことか、」
また鳴らす。
「こことか、すごい好きっ」
ぱっと笑った少年は、自分が人殺しになる可能性をまるで無視して見えた。ちょっとぞっと来るものがあるな、と思ってしまう。人殺しはこんなに素直に笑うものだろうか。楽器関係がさっぱりな慧天は、ぱちぱちと手を叩きながら、凄いね、と彼を誉める。ポケットギター自体初見なんだけど、結構しっかり音が出る物なんだな。照れ笑いしながら色んなフレーズを弾いて見せる。器用な手先だ。その器用さが何故爆弾に発揮されたのかが解らない。
「すごいね、いっぱい弾けるんだ、初見で」
「父さんが昔教えてくれたんです」
「今は?」
「母さんと一緒に、交通事故で」
「ごめん……」
「あ、大丈夫です。今は父方の祖母と同居してるんだけど、家で弾くとうるさいとか近所迷惑だとか言われちゃうんで、こうやって弾けるのも嬉しいし」
そこで、にゃぁ、と小さな声がする。少年はあ、と呟いてリュックからそっと紙袋を取り出した。大手ファストフードチェーンの持ち帰り用だ。家でもあんまりお腹いっぱい食べさせてもらえないのかな、と心配が過る。でも悪くは言っていなかったから、成長期特有の食欲なのかもしれない。それともやっぱりお祖母さんが作ってくれなのかな。
袋から出て来たのは子猫だった。生後二か月ぐらいの錆と言うのだろうな、そんな色をしている。劇場では音響で鳴き声が聞こえなかったのか、しかしくしくしと顔を洗っている様子にずっと寝ていたのかもしれないとも考えられる。映画館の音響の中でも寝ていられるとは、さすが寝子。ならぬ猫。そしてサボテンのアップリケ。これは。
「……名前は、バントライン?」
慧天があたしを見るのと、少年がはいっと答えるのは同時だった。
「お姉さんも好きなんですか?」
「うちは父親の趣味」
「僕もです。昔からいっぱい聞かされて来て、だからこの爆弾には子猫が必要だと思って」
「……と言う事は。前科があるわね? 最初は爆発しなかった?」
「はい……雨が降って火薬が湿気ちゃって」
「待って静紅、何の話?」
おろおろと困ったようにあたしと少年をかわりばんこに見る慧天は、『名探偵』としてはちょっと間抜けだった。あたしは少年と顔を合わせて、くふっと笑い合う。
「筋肉少女帯の『サボテンとバントライン』って曲があるのよ。爆弾で吹っ飛ぶ男の子のストーリーでね。でもそれじゃちょっと危なっかしいことになるんじゃないの? 犯人の男の子は死んじゃうのよ?」
「死んじゃったって良いんです」
ぽつ、と少年の言葉があたし達の胸に落ちる。にゃ、にゃと子猫はまだ爪が生えてない小さな脚を伸ばしてポップコーンに向けていた。そしてにぎにぎと手で押すような動きをする。お腹が空いたのだろうか。少年は同じ紙袋から子猫用の哺乳瓶を出し、猫の口元に立てて飲ませる。
なるべく自然に近い状況で飲ませないと、誤嚥性肺炎で猫はすぐ死んでしまうと聞いたことがあった。となると、この子はちゃんと勉強して猫の世話を見ていると思われる。そしてリュックの中に飼っている。
「お祖母さんに反対されてる? 猫飼うの」
「はい……だから毎日、持ち歩いてるんです。リュックの中に詰めて」
「サボテンマークは自分で付けた?」
「はい。僕もサボテンは好きだから。家では育てられないんです。危なっかしいってお祖母ちゃんが嫌うから」
小学五年生なんて『あの時』のあたし達よりもっと幼い。抑圧されてきたのだとしたら、それが爆弾を作る動機になったのかも知れない。映画を見る時が幸せだった。名画座は普通の映画を見るより少し安い。だからここを選んだのか。程よく人のいない名画座を。世界を憎むと嘯きながら、近所のシネコンではなくここに。金銭的な問題もあるんだろうけれど、それ以上に、やっぱり人は殺したくなかったんだろう。でなかったらあたしはここにいない。慧天もここにいない。まるで心中するようなあたし達の姿に、初めて自分のしている事の恐ろしさが分かったのかもしれない。
とりあえず助かって良かったと思う。子猫を紙袋に戻し、ミルクも入れて、リュックにそれを大事に入れていく。
そうしていると場に似合わないスーツを着た男性と女性の二人組が現れた。慧天はヘッドホンをぎゅっと耳に当て、あたしも咽喉マイクのスイッチを入れる。桐の箱を囲んでいる少年少女はあたし達だけだったので、すぐにその人たち――刑事さんたちは、小さなテーブルに近付いて来た。
「諏佐警部に通報したのは――」
「警部に連絡を入れたのは私です。本条静紅と申します。こちらは西園慧天、同級生です。こっちの子は」
少年は怯えるように肩をそびやかした。
「爆弾の解体を手伝ってくれた子です」
諏佐刑事に少年の事はまだ話していなかった。それが功を奏したと言えるのか、そうか、との一言で刑事さんたちは桐の箱を慎重に持ち上げた。どうやって開けたと訊かれて慧天は多目的ナイフを取り出す。刃渡りは十センチ未満だったから、お目こぼし頂けた。
「本当にもう爆発はしないんだな?」
「はい。しっかり調べてください。昼下がりの安穏とした空気壊されて気分悪いですから」
ちょっとした嫌味を言うと、少年は余計に縮こまる。分かった、と言われ、あたし達は署へと事情聴取に向かうことになる。多分少年は本当のことを言わない。お祖母さんが怖いから。猫の世話をしなくちゃいけないから。いつかサボテンを育てなきゃいけないから。
果たして本当にそうだろうか?
署に着くと休日を壊された諏佐刑事が、両腕を組んで、ででんと仁王立ちで待っていた。
そして翌日。
あたし達は少年の訃報に対面する。
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