第9話 会談

 翌日、宿のリビングで遅めの朝食をとっているところに、王城からの使者がやってきた。会談の日時に関する報せ、というか相談だった。

 使者は食事をしているシンデレラとソフィアの前に立ち、報せを読み上げた。


「ほ、本日昼過ぎはどうかという国王陛下からのお言葉です! 都合が悪ければ本日の夜か明日の朝もお選びいただけますが」


 使者は魔法使い2人を前にして——主にはシンデレラだが原因——、緊張で手と声が震えていた。それでも勇ましく報せを読み上げたのは、職務遂行のプライドが働いたからか。

 シンデレラは哀れに思い簡潔に答えた。

 

「本日の昼過ぎで大丈夫です。正午の鐘が鳴るころですよね?」

「はい!」

「でしたらアッシュベリー国王にそう返答をお伝えさい」

「わかりました!」

「それと、城門までは魔法で伺いますので、案内はそこからで大丈夫だとも」

「かしこまりましたっ! 私はこれで失礼いたしました!」


 用件を終えればその場を去るのが当然ではあるが、あまりの慌てぶりにシンデレラは不思議に思いながら、紅茶を口に運んだ。


「今の人、絶対シンディが綺麗すぎて緊張してたわね」

「ええ? 魔法使い2人に緊張してただけだよ」

「あの人はあたしが魔法使いなんて知らないでしょ。お城に顔を出したのはシンディだけなんだから」

「そうだけど、じゃあわたしという魔法使いにだね」

「はあ……。どうしてあんたはそう自己評価が低いのかしら?」 

「低いというか。わたしよりも綺麗な方たちを知っているだけよ」


 シンデレラの脳裏には、心当たりがあるいくつかの人物の顔と名前が浮かんでいた。40代を目前にしてなお美しさを失うどころか色香が増しているグリセルダ。幼い記憶にある亡き母フラム。さらには3年間の旅で出会った、教国の【聖女】や人外と言葉を交わす【愛幸】も当てはまるだろう、と。

 シンデレラは後者2人に出会った時、その美しさに目が眩んだと、それに比べれば自分は普通だと、そうソフィアに語る。ソフィアは胡乱な目を向けていたが。

 ちなみに、後者2人もシンデレラに対してシンデレラと同じような感想を抱いていたことには、当然本人は気がついていなかった。


 話半分に聞いていたソフィアは、デザートのフルーツを口に運びながら言った。


「正直、同じ女のあたしでも、シンディは時々目の毒よ」

「ええ……」

「お風呂上りとか、寝起きとか。無防備なんだから」

「それはソフィーちゃんといる時でしょう?」

「どうかしら? どこかの国の誰かがあんたに惚れて求婚してきても、あたしは驚かないわ」


 ソフィアは冗談のつもりで吐き捨てるように言った。



   ***



 王都に鳴り響く正午の鐘。

 王都近郊にある石切り場から運び込まれた白亜の石材を積み上げて作られた美しい城門の前で、門番を務めていた警備兵は、交代に来た警備兵にあくび交じり挨拶をした。


「ふああ。おつかれさん」

「なんだよお前あくびして」

「いや、平和過ぎてよ。眠くなるってもんだ」

「はあ、まあいい。おい、【灰燼】の魔法使い様はもうお越しになられたか?」

「魔法使い? 魔法使いが来るのか」

「なんだ、聞いてないのか? 正午に【灰燼】の魔法使い様が来られるんだ。白銀の髪をした美しいお方だそうだぞ」

「じゃあ来てないな。俺がそんな美人見逃すはずがない」

「そうか、それならいいが。よし、交代だな」

「おいおい。その美しい魔法使い様を俺も一目拝みたいぜ」

「馬鹿言ってんなよ」


 呑気な会話ができるのも、アッシュベリー王国が平和な証拠か。

 だからこそ、突如として現れたシンデレラたちに気がつくことができなかった。


「そこの門番のお方」

「「うひゃっ⁉」」

「うひゃ?」


 幽霊にでもあったかのような情けない悲鳴を上げた警備兵の2人は、心臓をばくばくとさせながら対応にあたった。


「は、はい。王城にどのようなご用件でしょう?」

「【灰燼】の魔法使いですが、アッシュベリー国王と会談をしに参りました。取次ぎをお願いできますか?」

「は、はい! 少々お待ちください!」


 あくびをしていた方の警備兵が、走って手続きをしに行く。残された警備兵は噂に違わぬシンデレラと、その横にいたこれまたかわいらしい少女であるソフィアを前に、緊張で無駄に背筋の伸ばし相方の戻りを待った。

 それとは反対に、シンデレラとソフィアは緊張した素振りをまるで見せずに談笑を始める。


「しっかし、相変わらずシンディの魔法は便利ね」

「お師匠さまほどではないと思うけれど、なかなか便利よ」

「宿からすぐだったもの」


 ソフィアが羨んだのは、シンデレラが舞踏会から去る際にも使った魔法だった。分類としてシンデレラは『灰渡り』名付けてある。灰と化し、姿を眩ませたまま移動する魔法だ。シンデレラが多用する使い方である。

 ソフィアは『灰渡り』でシンデレラにここまで連れて来てもらっていた。通常、魔法使いには他の魔法使いの魔法が直接作用することはない——魔力が干渉してしまうため——のだが、ソフィアはシンデレラに完全な信頼を置いて魔力が干渉しないようにすることで、『灰渡り』の作用を受けていた。


 事前に話は通っており、案内役はすぐにやって来た。


「クドリャフカ様⁉」

「ほほほ。昨日ぶりじゃのシンデレラ」

「まさか、クドリャフカ様が案内をしてくださるのですか?」

「まあの。ついでじゃ。……ところでそちらのお嬢さんは」


 クドリャフカの目線がソフィアに向いた。


「久しぶり、クドリャフカ様。グリセルダ様の弟子でシンデレラの姉弟子のソフィアよ。6年前に一度会ったわ」

「グリセルダの……おお! あの時のちんちくりんか⁉」

「ちんちくりん言うな! もうちんちくりんじゃないし」

「ほほほ、そうじゃの」


 親しげなソフィアの態度に、シンデレラが首を傾げた。


「ソフィーちゃん、クドリャフカ様とお会いしたことあったのね」

「お師匠さまに拾われてこの国に来た時に一度ね」

「ほうじゃの。グリセルダが初弟子を持つからと、珍しく儂に相談しに来たのじゃよ」

「意外です」


 シンデレラはクドリャフカの言葉に瞠目した。

 グリセルダのクドリャフカに対する言い草はかなりのもので、とても相談をするような雰囲気ではなかったからだ。初弟子を大事にしたいという思いは、グリセルダに意地を捨てさせるほどのものだったのだろう。


「でも、一度だけで随分と砕けた口調になったんだねソフィーちゃん」

「それは、あたしはお師匠さま第一だし。……お師匠さまの師匠でもそれは同じよ」


 ああ、とシンデレラは思う。ソフィアもクドリャフカが偉大な魔法使いであることは理解しつつも、グリセルダが目の敵にしているから、そこで板挟みになっているのだと。

 

「ほっほっほ。威勢のいい若者は大歓迎じゃ」


 クドリャフカは大笑いして、ソフィアの言葉を受け入れる。グリセルダに対しても同じスタンスなのだろう。


「さて、孫弟子たちと話すのも楽しいのじゃが、ミルドも待っていることだしそろそろ移動しようかの」



   ***



 昨夜の舞踏会は別館で行われたものだったが、今日は会談であるため、本館にある来賓室にシンデレラたちは案内された。

 途中、王城に勤める貴族や給仕たちとすれ違ったが、皆クドリャフカを見ては頭を下げていた。【大賢者】の名には、それ相応の権威がともなっていることの証左だ。

 シンデレラだけではそこまでにはならなかっただろう。せいぜい見惚れるくらいだ。【灰燼】の名は昨夜で王国貴族たちにも広がったが、権威がともなっているわけではないのだった。


 光を多く採り込むために廊下のある壁とは反対側を全てガラスの窓にしてある会議室では、すでに国王と相談役であるマスクウェル侯爵、それから壁際に給仕が数名と秘書官が控えていた。

 

「連れて来たぞいミルド」


 クドリャフカは気安く国王の名を呼ぶと、大きなテーブルを挟んで国王たちが座っている側の端の席、ドサッと腰を下ろした。代わりに国王が腰を上げた。


「クドリャフカ殿、ありがとうございます。シンデレラ殿と——」


 視線を受けたソフィアが即座に名乗る。


「シンデレラと同じ【命名】の弟子ソフィアよ。シンデレラの付き添いでやってきたわ」

「おお。グリセルダ殿の弟子が2人も来て下さるとはありがたい。さあ、座ってくれ。さっそく本題に入ろうじゃないか」


 シンデレラとソフィアはマントを脱いで背もたれにかけ、国王の対面の席に座った。

 今回、グリセルダに用を任せられているのはシンデレラだ。そのためシンデレラがメインとなって話す。ソフィアは3年間でそれなりに改善されたとはいえ、まだ王侯貴族を相手に喋られるほど、コミュニケーション能力は成長していなかった。

 マスクウェル侯爵が名乗ったあとに、シンデレラは話し始めた。


「まず、結論から述べたいと思います」

 シンデレラはそう前置きをし、冷え切った声音で伝える。

「カラン辺境伯領にあるグラン山脈で、おそらく『魔物の災禍スタンピード』が発生しました」


 シンデレラが伝えた言葉は、来賓室内の空気を一変させ、国王たちの顔から血の気を引かせた。


 『魔物の災禍』、それは魔物の軍勢が都市や町を襲う自然災害に類される事態であり、歴史上には大都市が一夜にして滅んだこともある、まさに災禍と呼ぶにふさわしい危機だ。 


 国王はそれでも努めて冷静に、情報の精査に当たる。


「それは、たしかな情報なのだろうかシンデレラ殿」

「はい。師である【命名】はグラン山脈の麓の森に住居を構えていますので、わたしたちもそこで暮らしています。山脈ヘはソフィーちゃんがよく魔物狩りに出るのですが、ここ一ヶ月様子がおかしいそうです」


 シンデレラに促されて、ソフィアが感じた異変を話す。


「魔物は種族ごとに縄張りがある程度あるけど、最近はそれがぐちゃぐちゃになってる。それだけでもおかしいのに、大きな縄張り争いをした形跡もない。下の方に降りてきているわけでもない」

「む、それはもしや」


 クドリャフカの反応を肯定するように、シンデレラが言う。


「『魔物の災禍』のなかでも最悪な、主が生まれたほうです」


 『魔物の災禍』には2つの発生パターンがある。

 1つはシンデレラが今言った主が生まれるパターン。一帯の魔物を一体の強力な魔物が統率するパターンであり、他所から竜などの高位種がやってくるか、一帯のなかから特別な個体が生まれるかすることで主となり発生する。

 もう1つは1つ目に似ているが、強力な魔物が出現しても統率せずに縄張りのみを主張するパターン。強力な魔物から他の魔物が逃げ出すため、それが結果的に人里のあるほうに流れるパターンだ。

 

 おなじ『魔物の災禍』でも、前者の方が圧倒的に危険度は高まる。もっとも、後者は予期することが困難であるため、弱い魔物でも群れが突然押し寄せることになるため、場所によっては被害が大きくなってしまう。

 ただやはり、前者に対する警戒心は大きい。


「主の確認もしてあります。主となったのはゴブリンキング。知性の働く厄介な相手です」


 それと下劣な視線が苦手、とシンデレラは内心反吐を零す。

 相談役のマスクウェル侯爵がそっと手を挙げた。


「シンデレラ殿、私のほうから1つ窺ってもよろしいか?」

「どうぞ」

「主であるゴブリンキングは、その偵察時に倒すことはできなかったのでしょうか? ゴブリンキングが強力な個体なのは重々承知しているのですが、【灰燼】が竜を倒した話は聞き及んでおります。シンデレラ殿であれば倒せたのではないかと思いまして」

「マスクウェル侯爵のおっしゃることはもっともな疑問だと思います。そして、わたしであればゴブリンキングを倒すことは可能です」


 シンデレラは断言した。それは3年間のうちに身につけた魔法と実績に裏打ちされた自信だった。

 血の気が引いていた国王たちの顔にも、すこしだけ色が戻る。


「ただ、今回の『魔物の災禍』はかなり規模が大きいので、主の統制を失った魔物たちを漏れなく対処するのは難しいのです。グラン山脈は広いですから。【命名】とソフィーちゃんに協力してもらっても、心配が残ります」

「なるどほどのぉ。グリセルダがおぬしを寄越したのは、烏合の衆となった魔物を漏らさないために派兵して欲しいということじゃな?」

「カラン辺境伯軍の皆様も屈強ではありますが、今回の規模だと単純に人手不足で、辺境伯軍の防衛範囲を越えてしまいそうなので」


 事情を掴んだ国王は快く頷いた。


「うむ。民を守るのは国王の務め。派兵は当然しよう。それでシンデレラ殿、具体的にはどの程度の規模をお望みか」

「軍については素人どころではないので口を出したくないのですが。そうですね、『魔女の森』に関しては【命名】が防衛陣を敷いていますので、それ以外の場所から人里に魔物が下りないようにしていただきたいです。ゴブリンキングと大多数の魔物は、わたしとソフィーちゃんで殲滅しますが、討ち漏れがでるでしょうから」

「セーフティーネットのような役目を果たせばいいということだな」

「概ねその通りです」


 話が早くて助かると、シンデレラは頷く。国王は横に座っているマスクウェル侯爵に聞く。


「マスクウェル侯爵、派兵の準備はどれくらいで済むか?」

「そうですね。騎士団だけであれば明日には。ただ数が必要ですからな。このあと西方の領主たちに早馬を出し、援軍命令を出しましょう。各領地が分担すれば、時間の短縮と数の確保ができます」

「うむ。それで頼む。編成に関しては軍務卿と相談し決めるがよい」

「かしこまりました」


 命を受けたマスクウェル侯爵が目配せをし、壁際に控えていた秘書官が手配をしに部屋から出て行った。 


「名代として参った用はこれで以上です」

「ああ。助かったシンデレラ殿。それからソフィア殿も」

「いえ。それでは、わたしどもはこれで失礼します。西に戻り、ある程度間引いておきますので」


 シンデレラとソフィアは席から立ちローブを羽織る。国王も腰を上げると、テーブルを回ってシンデレラとソフィアの前に移動した。


「そうか。なにからなにまでありがたい。グリセルダ殿にもありがとう、とお伝え願いたい」

「あの娘はそんなことより貸し1とでも思っておるよ」

「あはは……」


 シンデレラは否定できず、愛想笑いをした。


「なに、『魔物の災禍』が無事に終えられれば、対価は支払うつもりなので安心してほしい」

「はい」

「では、西をよろしく頼むシンデレラ殿、ソフィア殿」


 こうして無事に、シンデレラ殿はグリセルダの名代を果たし終えたのだった。


 


 


 




 



 

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