第8話 墓参り

 かつてとは別の意味で舞踏会の会場がどよめいていたことなど知らず、灰になったシンデレラは夜風に乗って王都上空を飛んでいた。発展をし続けているカラン・ルランとは違い整備された王都アッシュベリーは、まだまだ眠りそうにない。

 

 シンデレラはしばらく風に乗り、貴族街のすぐ隣の区画、商業区画にある高級宿に向かった。別に普通の宿が不満というわけではない。そもそも王都の宿は基本的にそこまで悪いものではない。ただ、国が用意した宿だったというだけだ。

 当初は王城内の客室に招かれていたシンデレラだったが、さすがにそれは、と断ったのだ。舞踏会での貴族たちの様子を考えれば、それは正解だったと言わざるを得ないだろう。

 しかしせめて、ということで高級宿が用意されたのだ。それくらいであれば、とシンデレラもそれを受け入れたのだった。もっとも、用意されていたのが最上階を丸ごと貸し切った最上級ルームだったことは、さしものシンデレラも肩を縮めるほかなかった。


 高級宿の入り口、ではなく借りている窓から流れ込むように入ったシンデレラは、魔法を解く。逆再生のように灰から体が構成されていき、シンデレラはふう、と息を吐いた。

 そんなシンデレラに、豪華なリビングルームでくつろいでいたソフィアが声をかけた。


「おつかれシンディ。用件は伝えられたの?」

「ええ、3日以内に詳しく話す機会を約束してきたわ」

「そう、それにしても早かったね。舞踏会なんでしょ? 踊って来なかったの?」

「めんどうなことになりそうだったもの。用を済ませらたさっさと抜け出してきたわ」


 うんざり、といった具合で肩を落としたシンデレラは、


「……ソフィーちゃんは、満喫してるね」


 と、呆れを含んだ声で言った。


 ソフィアはふわふわの少しオーバーサイズのバスローブを着て、大きなソファーで仰向けになっていた。サイドテーブルにはジュースの入った瓶と、それが入れられたピルスナーが乗っていた。まだ表面に大きな水滴をつけていないので、用意されたばかりのものなのだろう。

 ソフィアは自身のことを見返してから、首を傾げて言った。


「そう?」

「ええ、すごくね。似合わないわよ」

「ちょっとそれどういう意味よ!」


 リラックスしていた体勢から勢いよく体を起こしたソフィアは、案の定オーバーサイズだったバスローブの裾を踏み抜き、危うく転びかけた。そのせいで、16歳にしては少々発達不足な裸体が、はだけた部分から見えてしまう。

 同性しかいないとはいえその痴態はさすがに恥ずかしかっただろう、ソフィアはすぐに立ち上がって腰ひもをきつく縛る。それでリラックスできるのか、という疑問が浮かび本末転倒だろうと思ったが、シンデレラはかわいらしい姉弟子の仕草に微笑むだけで済ませた。


「じゃあわたし、少し出かけてくるわね」

「今戻ってきたばかりじゃない」

「そうなんだけど、行きたいところがあるの」

「わたしも行くわ。ここにいるの飽きたし」


 結んだばかりの紐をほどきバスローブを脱ごうとしるソフィアをシンデレラは慌てて止める。


「待ってソフィーちゃん。行くの、お母さまのお墓なの」

「——! なら、余計に行かなきゃじゃない。あたしはあんたの姉弟子だからね。あんたが嫌なら、その、無理にとは言わないけど」

「……ふふ、ありがとうソフィーちゃん。じゃあ一緒に行きましょう」

「わかった! すぐに着替えて来るから待っててちょうだい!」



    ***



 シンデレラの母・故トレメイン伯爵夫人であるフラムが亡くなったのは、シンデレラが7歳の時だった。死因は病死。シンデレラは幼いながらに周囲の大人たちの表情などから事情を察し、処理しいることができないまま泣きじゃくったことを憶えていた。

 

 フラムの墓はトレメイン伯爵領の本家屋敷ではなく王都にあった。王都の真理協会が管理する集団墓地だ。

 シンデレラがここに来るのはイフの時間を合わせると7年ぶりだった。最後に行ったのは義母たちがやってくる1年前の14歳の時で、義母たちがやって来てからは自由な外出が認められず、墓参りに来ることができないでいた。


 フラムの墓は墓地の奥、貴族や富豪たちの墓が多くある区画にある。昔の記憶を頼りに墓地のなかを進んでいったが、墓地は時間が止まったように変化がなく、シンデレラたちは無事に辿り着くことができた。


『フラム・トレメイン ここに永久の眠りにつく』


 墓石に掘られた名前を確認したシンデレラは、ぎゅっと目を瞑り込み上げるものを堪えた。すぐ後ろに控えていたソフィアは、シンデレラの震える肩を見て、そっとする。

 しばらくして落ち着きを取り戻したシンデレラが、振り返ってソフィアに紹介する。


「ソフィーちゃん。ここがわたしのお母さまのお墓よ。お母さま、こちらは姉弟子のソフィアちゃん」

「初めまして。あたしはシンディの——友達のソフィアです」


 シンデレラの紹介を受けて、ソフィアが墓石の根元に花を一輪供えた。そして心のなかでなにかを報告するように、2人はしばらく目を瞑った。

 初めに終えて口を開いたのはソフィアだった。


「それにしても、誰かきているのかしらね。綺麗に保たれているわ」


 ソフィアは周囲の墓を見比べて感想を述べた。ソフィアの言うとおり、荒れている墓も珍しくない。夜の墓地ではあるが満月に光に照らされ、状況を見て取ることができた。

 もちろん、最低限の管理は教会が行っていたが、それは通路が雑草に埋もれてしまはないようにという程度であり、各墓石は遺族の管理に委ねられる。フラムの墓石の周囲には雑草はなく墓石自体も磨かれており、誰かが手入れしているということは間違いなかった。


 シンデレラもそれは不思議に思っていたことだった。


「わたし、こころあたりがないの。来ることができた頃は、わたしがしていたのだけど」

「お父さんは?」

「お父さまは……わからないわ。なぜかお父さまはここに来ているのを見たことないもの」

「そうなんだ」


 シンデレラは父であるトレメイン伯爵とは距離があった。そもそも、シンデレラが義母たちに酷い扱いを受けている間も特になにも言わず放置していたのだ。そのことにシンデレラが傷ついていないと言えば噓になるし、かつては恨みもした。しかし、魔法使いとして成長し様々なことを知り見てきた現在、疑問を呈さずにはいられないことがあったのだ。


「シンディ? どうかしたの?」

「いえ、なんでもないわ」


 ソフィアが顔を覗き込んできているのに気が付き、シンデレラはかぶりを振った。


「そうだ。ねえソフィーちゃん。お母さまに魔法を見せてあげてくれないかしら」

「わたしの魔法を? あんたは見せないの?」

「見せるけど、わたしソフィーちゃんの魔法綺麗で好きなの。お母さまにも見てもらいたいのよ」

「わ、わかったわよ」


 シンデレラのまっすぐな誉め言葉に耳まで赤くしたソフィアは顔を逸らす。ソフィアは『ああ、またこの手に乗ってしまったわ』と3年で自覚した自身のちょろさに嫌気を覚え、シンデレラは『こんなにちょろいと心配ね』と年上として憂慮する。もっとも、そのちょろさを一番利用しているのはシンデレラである。


「花でいいかしら」

「ええ、お母さまはお花が好きだったからお願い」


 ソフィアはすっと膝を地面に着くと、両手を差し出すように器を作り、4、5種類の花をモチーフに氷の花束を造形した。月下に咲いた花は細氷を花粉のように散らし、幻想的な光景を作り出す。

 3年間の修行を経たソフィアは、単一の形ではなく複数の複雑な形のモノを、文言をなしに造形することができるようになっていた。魔力操作技術が向上した成果だった。

 【命名】や【灰燼】など象徴となる2つ名を持てるような偉業を成し遂げたわけではなかったが、ソフィアも平均的な魔法使いに比べれば高い実力を有しているのだ。


 生みだした氷の花束を、すでに備えた本物の花に霜が降りないよう少し離して、追加で供える。もちろん冷気があふれるような魔法を使ったわけではなかったが、念のためだ。備えた氷の花束は明日の朝にでもなれば込められた魔力が尽き、朝露となって消えるだろう。


「ありがとうソフィーちゃん」

「別にいいわよ。姉弟子だし。それよりもあんたも見せてあげなさいよ。そっちのほうが喜ぶでしょ」

「ええ」


 シンデレラの魔法は灰を生みだし、灰を操る『灰』魔法だ。ソフィアの幻想的な魔法を知っているシンデレラにすれば、その横に備えられるほど美しい物は作れないというのが素直な感想だ。ソフィアが聞けば否定をするだろうが。

 しかし、一定の形を保ち留めておくという操作は、『氷結』に比べると不得手な分野だというのは事実だった。だからシンデレラはなにかを作るのではなく、披露するという形式を選んだ。


 シンデレラの足元から灰があふれ出し立ち上がる。灰は夜空に絵を描くように舞い、濃淡を作り、幻想的な景色を様々生みだして見せた。

 それは大陸西方にある天を衝く最高峰の霊山。それは北の大地に雪に覆われた大地に津々湧きだす神秘の泉。それは東にある大陸の玄関と名高い最大規模の貿易都市。

 すべてシンデレラが目にしてきた景色だ。心象風景を具現化し、灰で描き出しているのだ。シンデレラが選んで歩んだ第2の人生、その過程で得た財産を。


 傍でそれを見上げていたソフィアは、ぎゅっと唇を引き絞る。


(相変わらず、化け物みたいな魔力操作ね。灰の1粒1粒を操ってるみたい)


 そこには感嘆とともに、負けていられないという気持ちが込められていた。

 

 シンデレラは思い出話を語りながらいくつかの景色を描き続け、最後にとっておきを描き出した。

 それは、『魔女の森』にあるグリセルダの家の外観だった。

 シンデレラは春の日差しのようにあたたかな笑みを浮かべる。


「お母さま、わたしはお師匠さまに拾われて魔法使いになりました。トレメインの名前を捨てるのは辛かったですが、後悔はしてません。お師匠さまと、ソフィーちゃんと出会えて幸せに暮らしています」


 笑みを消し、決意の光を瞳に宿す。 


「ですが、心残りはあります。ここに来るのが遅くなったのは強くなるためで、それは決着をつけるためです。見守っていてくださいお母さま。——エラは、お母さまとの約束を果たすために戦います」


 月の灯りに照らされたシンデレラはそう宣言をすると魔法を解き、灰も霧散して跡形もなく消え去る。それは開戦の狼煙だったのかもしれない。少なくともシンデレラにとってはそうだった。


「姉弟子のあたしも手伝うんで、心配しないでいいわフラムさん」

「ソフィーちゃん……」

「なによ、そのためにあたしは付いてきたのよ」

「ありがとう!」

「ちょ、急に抱き着かないでよ!」


 慌てるソフィアは感極まっているシンデレラを引きはがすと、付け足すように言った。


「だいたい、あんたは色々とやりすぎるから、その保険のためよ!」

「ソフィーちゃんわたしをなんだと思ってるの⁉」


 シンデレラは心外と言わんばかりの勢いで、ソフィアの両肩を掴んで揺らす。ソフィアはそっと顔を逸らしながら、ぼそりと言った。


「それは……テンサイ」

「ソフィーちゃん? なんかあまりいい意味に聞こえなかったのだけれど?」

「褒め言葉よ褒め言葉」

「本当に⁉」

「ほんとうよほんとう!」

「あ、今鼻が膨らんだ。ソフィーちゃんが噓ついたりするときの癖だよ」

「どこ見てんのよっ」


 そんあ墓地には似合わない姦しいやりとりも、眠るフラムへの贈り物となり、シンデレラの健やかな成長を報せることとなった。



 

 



 



 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る