第7話 6年ぶりの舞踏会②
国王と第三王妃、それから第三王子への挨拶は、例年にない時間を要した。
位の高い公爵から順に挨拶に伺い、同じ位の者は当主の年齢が高い者から、最下位の男爵家へと続く。
もっとも、【大賢者】であるクドリャフカは1番最初でもおかしくなかったのだが、シンデレラと談笑をしていることを察し、公爵が断りを入れた上で順を無視した。
舞踏会が最大規模となったため挨拶には時間を要し、シンデレラの番となる頃には一時間が経っていた。シンデレラはようやくか、と少々うんざりしながら壇上に向かう。クドリャフカもそれに付いていくかたちだ。
2人の魔法使いの挨拶には既に挨拶を終えた貴族たちもそれとなく注意を背け、談笑の声も心なしか落ち着いた。
シンデレラは背中に視線を感じながらも国王の御膳に立った。膝を着くことはない。
かつての身分では考えられなかったことだった。しかい今は魔法使いだ。魔法使いは基本的には国に属さない存在であり、それゆえに恭順の意を示す必要がない。宮廷魔法使いであるクドリャフカもそれは同じだ。あくまでも対等な立場なのだ。
しかし、だからといってシンデレラは初対面の相手に対して不遜な態度をとるような性格はしていなかった。至極丁寧な口調と態度で、しかし下になりすぎないよう注意を払いながら、カーテシーをした。
「初めましてアッシュベリー国王。マリナ様。それからジェイク王子、ご生誕おめでとうございます。師である【命名】が火急の用故に来ることができなくなったので、事前の通告通り弟子であるわたし【灰燼】のシンデレラが名代として参りました」
シンデレラの美しい所作に国王らも息を呑み時間を止める。だが、一国の主としての胆力はさすがのもので、国王はすぐに再起し挨拶に答える。
「ようこそ参ったシンデレラ殿。アッシュベリー国王のミルドだ」
国王は席から立ち上がると一歩前に進み、シンデレラに右手を差し出した。シンデレラはそれを握り返した。岩のような感覚が戻ってくることに驚いたシンデレラだったが、国王がかつては名うての騎士であったことを思い出し納得した。
2人が手を離すと、第三王妃マリナと第三王子ジェイクも立ち上がり、シンデレラに握手を求めた。シンデレラはそれらにも素直に返す。が、ジェイクの手を握った時、シンデレラの感覚で言う6年前のことを思い出した。
死に戻りの3年前、グリセルダに送り出された舞踏会で握ったジェイクの手。当時はろくに顔を上げることもできずジェイクの顔もまともに見れていなかったが、こんな顔だったのかと今更ながらに思う。
いや、もしかしたら成長しているのかもしれない。しかしシンデレラには曖昧な記憶であり、わたしはかつてこの人のどこに希望を見出していたのだろうかと、表情には出さず回顧した。
ジェイクから手を離し、シンデレラは国王に向き直る。国王は依然として立ったままだ。このまま話すつもりなのだろう。シンデレラはそのことを少し意外に思う。
この大陸ではどこの国も魔法使いに対して畏怖の念を抱いているが、この国王ほど平等であろうとする態度をとる国はなかった。アッシュベリー国王がこのような態度をとるのも、建国時から国の中枢に魔法使いであるクドリャフカが関わっているからだろう。シンデレラは自身の隣に立つ大魔法使いの偉大さを改めて痛感した。
「グリセルダ殿は火急の用件聞いているが、ご息災だろうか」
「ご心配ありがとうございます」
「ワハハ。ミルド、グリセルダは儂の悪口を弟子聞かせるくらいには元気じゃよ。のう、シンデレラ」
「クドリャフカ様、悪口というほどではありませんから」
シンデレラとクドリャフカが軽口を叩き合うの見て、国王は思い出したかのように口を挟んだ。
「そうだクドリャフカ殿。随分と仲が良いようじゃが。まさかその年でシンデレラ殿に手を出そうとしているのですか?」
「失礼じゃなおぬし。儂はまだ枯れてなどおらぬが、孫弟子に手を出すようなことはせぬわ」
クドリャフカが睨むのを無視し、国王はシンデレラに目をやった。
「そうか。グリセルダ殿の弟子であれば、クドリャフカ殿の孫弟子にあたるのか」
国王は質問を続ける。
「してクドリャフカ殿、貴殿から見てシンデレラ殿はどうかね」
「儂からか? そうじゃの、グリセルダの弟子とは思えぬほど礼儀正しいの」
「アハハ。たしかに、それが僅かなやりとりでも感じましたな」
「じゃろ?」
あまりの言われように、シンデレラは西の森にいるであろうグリセルダに『何をしたのですかお師匠さま』と、胸のうちでため息を吐く。
ひとしきり笑った後、国王は再び聞く。
「では、魔法のほうはどうですかな?」
「そうじゃの……」
クドリャフカは気を遣うように横に目をやったが、シンデレラは「お気になさらず」と率直な評価を促した。シンデレラとしても大魔法使いから見た自身の評価が知りたかったのだ。
クドリャフカは見定めるようにシンデレラを見た後、長い髭に手櫛を入れながら答えた。
「実際の魔法を見たわけじゃないからなんとも言い難いが。魔力の流れは極めて流麗で淀みなく、漏れもない。それだけでもこの娘の才能の大きさを窺えるの。グリセルダが名代として送り出すのも納得。天才といったところじゃ」
「おお、クドリャフカ殿がそこまで申せられるか!」
「過分な評価ありがとうございます、クドリャフカ様」
シンデレラの評が聞こえていたのだろう、壇の下にいた貴族たちにどよめきが走った。落ち着いていた空気もざわめきだした。
ただ、ざわめいていたのはシンデレラの心も同じだった。グリセルダは悪く言っていたが、クドリャフカが残した逸話を知っていれば、クドリャフカがくれた言葉に喜ばないはずがなかった。
もっとも、弟子であるシンデレラがグクドリャフカを敬うところが、グリセルダの気に入らない部分ではあるのだが。さすがにみっともない自覚があるのか、グリセルダはそれを口にはしていなかった。
国王はシンデレラを見て呟く。
「まだ若いのに大したものだ。そうだシンデレラ殿、年はいくつなのか聞いてもよろしいか?」
「18になります」
「18! ジェイク、お前と同い年だぞ」
「はい国王陛下。僕も驚いています。シンデレラ殿、まだお若いのに本当にすごい」
「末恐ろしいな」
「いえ、まだまだ精進中の身ですので」
それは本音だった。世間での評価をシンデレラは知らなかったが、自己評価はまだまだといったところだ。なにせ一人前と認められはしたが、いまだにグリセルダに勝ったことがないのだ。
現在のシンデレラの目標はグリセルダに1勝でもすることだった。
そんな事情を知らぬまま国王は謙虚なシンデレラに感心し、本題に入った。
「シンデレラ殿、今回はグリセルダ殿の名代として来られたのだったな」
「はい」
「カラン辺境伯から謁見の申し出があったと聞いておる。どのような用件で来られたのか窺ってもよろしいか」
「申し訳ございません。少々込み入った話となりまして。この場で話すのも躊躇われることなのです。それに、このようなめでたい日に話すことでもないので」
シンデレラのただならぬ気配を察してか、国王は「そうか」と呟き提案する。
「では、また後日場を設けることにしよう。都合が悪い日はあるかね」
「いえ特には。ただ、しばらく王都に滞在する予定なのですが、3日以内にはお話したと考えております」
「うむ。明日には知らせを出そう」
「ありがとうございます」
シンデレラは予定通りとなったことに、ひとまず肩の荷を下ろした。
グリセルダに試練を課せられて大陸中を回りはしたが、それはすべて未熟なシンデレラという1人の魔法使いであった。
しかし今回は【命名】の魔法使いグリセルダ、その名を背負ってやってきた用件だ。言伝という子どものお手伝いのようなことではあったが、その内容は王国民の危機に関することであり、確実に伝えねばならないことであった。
シンデレラは魔法使いとなり王国民ではなくなったが、それでも交流がないわけではない。それに積極的な被害を望むわけでもない。
手を差し伸べられるのであれば差し伸べる、その程度の正義感は有していた。
「シンデレラ、儂も同席してよいかの?」
「是非お願いいたします」
「そうかい? ふむわグリセルダが何か言い付けていると思ったのじゃが」
「それは、まあ」
クドリャフカにズバリ言い当てられ、シンデレラは苦笑いを浮かべるしかなかった。
ちなみに、グリセルダはシンデレラにこう言っていた。
『いいシンディ。ジジイが絶対に話に首を突っ込もうとするけど、拒むように。あのジジイが関わると碌なことにならないからね』
シンデレラはしかし、弟子ではあるが師匠のその言い付けを突っぱねる形をとった。理由は単純だった。
「クドリャフカ様が関わらない、なんてことないですし」
「ほほほ、バカ弟子よりもわかっておるな。グリセルダも儂と関わりたくなければ他所の国に行けばいいのにのぉ」
「お師匠さまは西の森を気に入っていますから」
「知っておるよ。儂としては、老体に鞭打って西に行かずに済むからよいのじゃがな」
クドリャフカは白髭を撫でながら、少し早口となって呟いた。そこにシンデレラは、なんとなく事情を察したが、あえて口には出さなかった。
クドリャフカもグリセルダも、シンデレラが考えたことを否定するだろうからだ。言わないほうが、綺麗なままで納得していられる。
シンデレラはちらりと大ホール内を見渡した。豪華絢爛なシャンデリアに照らされるフロアには、シンデレラのことを盗み見る輩が多くいた。
やはり、不躾ではあるが許可をいただくしかない、とシンデレラは国王に願い出た。
「それではアッシュベリー国王。わたしは用事を果たしましたので、これで退場させていただきたいのですがよろしいでしょうか?」
「ふむ、この後は社交ダンスもあるが、踊って行かれないのか?」
「……お師匠さまに魔法は教えていただきましたが、ダンスは教わってありませんので」
それはたしかにそうではあったが、踊れないというわけではなかった。
国王もそれは端々に感じる上品な佇まいから感じたが、無理に引き留める必要もない。息子の相手をして欲しいと思いもしたが、その考えはジェイクがシンデレラに釣り合えないと切り捨てた。
国王は大きく頷く。
「うむ。わかった。突然舞踏会に招いたのはこちらだからな。構わない」
「ありがとうございます。もう一つよろしいでしょうか」
「なにかね?」
「フロアを見ていただければわかるように、わたしはかなり注目を集めているようでして」
シンデレラの肩越しに一瞬だけ会場へ視線を向け、国王は再び頷いた。
「そうだな」
「このままあちらの扉から退場しようとしては、その、呼び止められてしまいそうで。それは、少々困ります。この後行きたい場所がありますので」
「では私が一声かけよう。それか兵をつけさせるか?」
「いえ、それには及びません」
「ん?」
せっかくの申し出をシンデレラは退け、国王は首を傾げた。
「アッシュベリー国王。わたしは魔法使いです。魔法の許可をいただければ大丈夫です」
「魔法? それは構わないが……」
「仰りたいことはわかります。魔法をお見せするのは、水を差してしまうお詫びのようなものです。少しは余興になるでしょうから」
「そうか? それはすまないな。魔法は使ってもらって構わないぞ。危険ではないのだろう?」
「はい、もちろんです」
シンデレラは頷き、それぞれに礼をする。
「それではアッシュベリー国王、また後日」
「うむ」
「マリナ王妃、失礼いたします」
「はい」
「ジェイク王子、改めておめでとうございます」
「ありがとう、シンデレラ殿」
王族に言葉を告げた後にクドリャフカだった。
「クドリャフカ様。今日はありがとうございました」
「またの」
「はい」
シンデレラはカーテシーのポーズのまま固まる。
「それでは失礼いたします」
別れの挨拶が呪文だったのか、最後の音が発せられた瞬間、シンデレラの体が四肢から灰となっていく。砂よりもきめ細かい灰は、シャンデリアの光を受けてきらきらと煌めきながら、僅かな空気の動きに乗り窓の外へと流れていった。
大ホールに残された者たちがその光景を目の当たりにし一斉にどよめいた。事前に聞いていた国王たちでさえ、目を大きく見開いて驚いていた。
だがしかし、1人目を細めながら髭をいじる手を止めないクドリャフカが、愉快とばかりに嘆息した
「ほほう。見事じゃな」
こうして、約6年ぶりとなったシンデレラの舞踏会は、会場にいた者たちに様々な感情と刺激を与えて幕を閉じた。そしてそれは、新たな章の幕を開ける合図でもあった。
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