第5話 灰かぶりの魔法

 ソフィアが生みだした氷の花を前にして、シンデレラは目を子どもみたいに輝かせた。


「すごい。綺麗な魔法だね」


 賛辞の言葉は短かったが、それ故に氷の花に虜になっているということが全身から溢れていた。ソフィアもそれに調子づいてさらに魔法『氷結』を行使する。

 手のひらの上の薔薇から、まるで逆再生をしているかのように茨が唸りながら立ち上がり、シンデレラが通れるほどのアーチを作り出す。氷の葉が生い茂り、そこに無数の薔薇が咲き誇る。

 氷の薔薇のアーチは夕陽を受けてオレンジ色に染まりつつ、幾重にも重なった氷の中を何度も反射しながら出て来た光が、虹のように薄い筋を空中に伸ばした。

 

 大きく口を開けて見上げたシンデレラの目には、氷の薔薇のアーチがいっぱいに映っており、吐く息が白くなっていた。しかしそんなこと関係ないと、いや気が付いていないのか、シンデレラはそっと指を伸ばして葉の一枚に触れてみる。


「つめたっ」


 氷の葉はまぎれもなく氷であり、触れた瞬間からシンデレラの指先を赤くする。刺さるような痛さは、本物の薔薇の茨に触れているようだとシンデレラは感じた。

 

 鼻の頭が真っ赤になるほどの時間見入っていたシンデレラも、しばらくすれば好奇心と興奮を上回る寒さを感じるようになり、それを察したソフィアが魔法を解いてアーチを消す。

 なにもなかったように消えたアーチだったが、周囲に与えた冷気の影響は残っており、シンデレラは軽く腕を擦った。


「ありがとうソフィーちゃん。すごく楽しかったわ」

「こ、こんなのに夢中になるなんて、町の子どもたちみたいね」

「そうね。少し夢中になりすぎたわ」


 シンデレラが苦笑交じりに応え、真っ赤になった指先を温めようと手で覆うと、「あっ」とソフィアが声を漏らした。


「大丈夫?」

「え? ええ平気だよ。心配してくれてありがとう」

「別に……わたしの魔法で怪我してないか心配になっただけよ。こどもにケガさせたら駄目だから」

「……それでもね、ありがとう」

「どういたしまして……」


 シンデレラが逃がさないとばかりに正面に回り込んで礼を言うものだから、ソフィアもそれを受け取らざるを得ず、結果照れくさくなって最後には口ごもった返事となってしまっていた。

 

「そ、それでお師匠さま! シンディが魔力操作の応用までできたって言ってましたけど、もう次の段階に進むの?」

「次の段階って?」

「自分が何の魔法を扱えるか知る段階よ」

「じゃ、じゃあ! それができれば魔法を使うことができるんですか⁉」


 グイッと急に迫られたグリセルダはのけ反りつつ肯定する。


「そうね。他にも教えることはあるけれど、何の魔法が扱えるか理解したら、あとはもう自分で自分の魔法を研究するだけだから。使えると言っても間違いではないわ」

「わ、わたし! 早く魔法使いたいです! どうすればいいのでしょうか」

「落ち着きなさいって。ほら、空の色を見て」


 グリセルダが指を空に向けて言う。シンデレラはくいっと見上げると、空には星がかなりちらちらとしており、濃紺に移ろいつつあった。


「今日はもう、終わりですか?」

「そんな子犬みたいな目をしないの。さっきも言ったけど、正直もの凄い速度で習得してるんだから。慌てなくても、すぐに使えるようになるわ」

「……わかりました」


 言葉とは裏腹に焦りの色が見えるシンデレラに見かねて、グリセルダが付け足すように零す。


「しょぼくれちゃって。大丈夫よ。教える教えないの問題じゃないのだから。魔力の感覚を知った次は、魔力の核心を掴むの」


 グリセルダはシンデレラの頭に手を乗せる。そして意味深な言葉を呟く。


「いい夢を見れるといいわね」



   ***



 夕飯とお風呂を終え、まだ自分の匂いが染みついておらず新鮮な木の香りが漂う質素な自室に戻ったシンデレラは、寝坊したせいで乱れたままのベッドに寝転がる。白いシーツの上に白銀の髪がぱさっと広がり、木の香りにシンデレラの匂いが混ざっていく。それが妙にくすぐったくて、頬がぴくぴくとひきつった。


「魔法、凄かったな」


 シンデレラは自身が扱えるわけでもないのに、すっかり魔法の虜となっていた。

 今日の修行は終わりと言われくすぶっていた思いは、それを察し姉弟子としていいところを見せたいソフィアと、それに巻き込まれたグリセルダが、夕飯やお風呂——今日は3人で入った——で魔法を披露したことで治まっていた。

 しかし、それも一時しのぎにしかならず、シンデレラは今、早く魔法の修行がしたいと逸っていた。それが魔法の魅力に取りつかれたのも理由の1つではあったが、褒められたことも理由であった。


 誉め言葉は麻薬のようなものだ。次も頑張るという気力に繋がるいい面もあれば、褒められなければ存在価値がないと思い込んでしまう負の面もあった。

 今、シンデレラが抱いていたのは負の側面が大きかった。

 長い間虐げ続けられ、誰にも必要とされず、ぼろ人形のように生きていたシンデレラにとっては、『天才』というグリセルダの誉め言葉は、砂糖水のように甘美なものだったが、同時に喉を渇かした。


 ——魔法という存在意義


 なまじ才能があったせいだろう。シンデレラはそれに縋ってしまったのだ。

 魔法が使えずともソフィアを拾っていたと言った、グリセルダの優しさが意識のなかから外れてしまったのだ。


 無意識に焦っていたシンデレラは、ベッドの上で考え続ける。早く明日になれと思い、灯りを消したあとも、ぼんやりと天井を眺め続けて、魔法のことを。


 ただ幸いに、シンデレラの体には疲れがたまっていた。魔力の感覚をつかんだ新人魔法使いが、いきなり半日以上も魔力を扱い続けたのだ。自身で気が付いてはいないようだったが、あたりまえに疲弊していたの。身体的にも、精神的にも。


 シンデレラの瞼が落ちるまで、そう時間はかからなかった。



   ***



 シンデレラは夢を見ていた。


 月のない夜。星が堕ちた空。どこまでの広がる広野。

 人の気配はおろか、植物の生命力も、動物の呼吸さえない世界。

 地上どころか天空からも、自分以外のすべてが消えさってしまったような景色に、シンデレラはぎゅっと手を握り、きょろきょろと見回す。


 灯りになるものはなにもないのに、地平線が見えるくらいには明るさがあった。もしかしたら、そもそも暗くはないのかもしれない。しかし、シンデレラはこの場所は夜なのだと、不思議と思った。


 前後左右なんてないから、シンデレラは裸足のままで、とりあえず正面に一歩踏み出した。当然景色なんて一つも変わらなかったので、何歩も何歩も足を繰り出した。


 石畳の上を歩いているような感覚はあったが、見下ろしても石畳などではなく、真っ白な、例えるなら白紙のような見た目の地面だった。しかし、蹴る足に帰ってくるのはやはり石のような硬さで、だけど同時にサラサラとした心地の良い感触もあり、シンデレラは不思議に思いながら歩き続けた。

 進んでいるのか戻っているのか、真っ直ぐなのか曲がっているのか、それはわからなかったけど、シンデレラは歩いた。


 あてのない旅に変化が訪れたのは、千歩と少しを越えた頃だった。

 突如として、地平線に火がついたのだ。四方八方、見渡す限り全方位に。


 シンデレラはそれをぼーっと見つめていたが、しばらくそうしているとあることに気がついた。

 遥か彼方で燃えている地平線が、だんだん近くなっていたのだ。火は炎と呼べるほどの大きさとなり、炎の輪はどんどんと狭まっていく。


 シンデレラは逃げなきゃ、と歩みよりも大きな一歩を踏み出して今度は足を止めた。


 ——どこに逃げるのだろうか


 シンデレラは空を飛ぶことができない。地面も掘ることはできなさそうだ。

 だとすれば、シンデレラにあの炎を逃れる術などなかった。


 シンデレラはそのことをよく知っていた。だからペタッと座って、その時が来るのを待つ。

 恐怖があったが、それに打ち勝つ希望はなく、湧いたのは諦観だった。


 やがて、炎はシンデレラを包み込んだ。



   ***



「ええ⁉ 変な夢を見たの?」

「見ましたけど」

「そんな、噓でしょ……。いくらなんでも」


 翌朝、寝坊しないで起きられたシンデレラがリビングに向かうと、昨日とは違いあまり眠れていない様子だったので、グリセルダが心配とある疑念を持って声をかけた。

 シンデレラはそれに対して「変な夢を見て、寝汗がすごいです」と背中のべたつきに気持ち悪さを覚え、目の下にできた隈をさらに色濃くさせた。当然シンデレラにとっては悪いことであったのだが、それを効いたグリセルダは手に持っていた本を、仰向けになっている自分の胸の上に落とした。


 それがさっきの反応だ。

 グリセルダのただならぬ様子に、シンデレラは怪訝そうに眉をひそめる。


「あの、わたしが変な夢を見たのがなにか問題だったのですか?」

「いや、問題っていうか、いいことなんだけど信じられなくて……」


 グリセルダは歯切れを悪くしていると、キッチンからソフィアが出てきた。


「お師匠さま、どうしたんですか?」

「シンディが変な夢を見たんだってさ」

「——はああああ⁉」


 壁を突き破り、森に響く声だった。驚いた小鳥が数羽、足場にしていた小枝から飛び上がる。 

 ソフィアがシンデレラに詰め寄る。


「ほんとのほんとに変な夢を見たの?」

「見たけど」

「ちゃんと変な夢だったんでしょうね?」

「変だと思うし、初めて見たよ」

「初めて……じゃあほんとうに……」


 詰め寄っていたはずのソフィアが、逆によろけながらテーブルに手を突いてうなだれる。

 さすがにシンデレラもそろそろ限界で2人に訊ねる。


「あの、そろそろどういうわけか教えていただけませんか? わたしが変な夢を見たのがどういうことなのか」


 グリセルダの正面に立って、逃がさないとばかりに見下ろすシンデレラ。その圧にグリセルダは「近い近い」と手で制しながら、ぽんぽんと隣に座るように促した。

 シンデレラが素直に腰をかけたところで、グリセルダが語る。


「魔力を感じられるようになった魔法使い見る変な夢っていうのはね、その魔法使いが使える魔法を暗示している物なのよ。もちろんただの夢の場合もあるけど、初めてみた変な夢って言っていたし、タイミングを考えてもね」

「そうなんですか! でも、どうしてお2人ともそんなに驚いているんですか?」


 純粋な目で問うシンデレラに、グリセルダはため息を零す。


「早すぎるんだよ。魔力操作の応用までできるようになったからと言って、その夢が見られるわけじゃないんだ。魔力の核心を掴まないといけないことだからね。正直、信じられないくらいにね」

「そうよ! どんな夢を見たのよ!」


 復活したソフィアが噛みつくように割り込んだ。

 シンデレラは思案顔で目線だけを上に向け、顎に人差し指を乗っけた。


「なにもない世界の夢。わたしはそこで歩いていたんだけど、そうしたら世界がいきなり燃え始めて、最後にはわたしも燃えちゃったの。痛いとか苦しいとか、そういうのを感じる前に目覚めちゃったんだけど」

「わかりやすい夢、だったね」

「わかりやすい、ですか?」

「ソフィーは見た夢は氷漬けになる夢だった」


 グリセルダの言葉に続くように、シンデレラが思い当たったことを話す。

 

「……だから『氷結』の魔法を。じゃあ、わたしの場合は炎?」

「そうかもしれないわね」

「炎……」


 手をぐーぱーさせて、炎をイメージしてみるシンデレラ。魔法がすぐそこまできているという事実に、口角が上がるのを抑えられないようだった。


「じゃあ、朝ごはん食べたらさっそく!」

「そうね。魔法が使えるか試してみましょう」

「——はいっ!」


 シンデレラは喜びをかみしめて返事をした。



   ***



 しかし、順調に進んでいると思われたシンデレラだったが、その日のうちに魔法を発動させるには至ることができなかった。

 なんの進歩も得られず夕方になってしまったことでシンデレラは肩を落としていたが、今日も狩りに出ていたソフィアは夕飯前に言った。


「あたりまえよ。あたしは半年以上かかったんだから」

「わたし、そんなに待てないよ」

「地道に頑張ることね」


 それはそうだ、とシンデレラも頭ではわかっている。しかし、すぐそこに魔法があるのに、それを掴めないもどかしさが、心を空回りさせているのだった。

 

 そして再び眠り、同じ夢を見た。炎に呑まれる夢だ。

 シンデレラは翌日も、その翌日も、さらに翌日も。同じ夢を見ては炎を起こそうとして失敗し、うなだれるという日々を繰り返した。

 日に日に鬼気迫るものが滲みだし、夢もそれはもう知っているのだと、自分で打ち切って夜中に目覚めることもあった。

 

 そんな日々を続けていくうちにシンデレラも自信を失っていき、グリセルダに言葉を漏らした。


「わたし、やっぱり才能ないんじゃないでしょうか」

「そんなことないから。まだ1週間よ? 充分早いっていうかね、早すぎるくらいだから」

「でも、わかりやすい夢なんですよね? なのに、ぜんぜん魔法が使えるようになりません」


 萎れていくシンデレラに、グリセルダは手をとって優しく声をかける。


「ねえシンディ。どうしてそんなに急ぐの?」

「早く強くなりたいんです。それに、魔法が使えないとわたしは。役立たずです」

 

 『魔女の森』は魔物がうろつく森だ。そのため、シンデレラは1人で外に出ることができない。ソフィアのように食材をとって来ることはできず、しているのは進捗のない魔法の修行だけ。乞食のような立場は、シンデレラにとっては辛いことだった。このままでは捨てられてしまうのではないかと、不安に駆られてしまうのだ。


 自身のつま先に視線を落としていたシンデレラは、ぎゅっと手を握られて顔を上げた。グリセルダが悲しそうに首を傾けていた。


「あのね、シンディ。魔法が使えなくたって、シンディは役に立っているでしょう。掃除をしてくれるし、ソフィアの料理のお手伝いだってしてくれる。子供がするには十分なことよ」

「でもソフィーちゃんは、もう」

「ソフィーはあれでもアンタの姉弟子だもの。ゆっくりと羽を育てて、ようやく巣から少し離れられるようになっただけ。シンディはまだ羽を育てている最中なんだから、比べることも、気にすることもないのよ」

「でも、強くならないと——」


 あの地獄の日々から遠く離れられるほど強靭な翼を早く手に入れないと、捕まえにきてしまうかもしれないから。

 吐露できない思いはシンデレラの体をむしばむように震わせた。

 蘇る感情に、シンデレラは目の前が真っ暗になった。


「大丈夫よシンディ」

    

 ふわり、親鳥が大きく優しい羽根で子鳥を包みこむように、グリセルダがそっと腕を背中に回して、シンデレラの顔を胸に抱いた。


「大丈夫。アンタが強くなるまで……違うか。アンタが強くなっても、アタシが母親の分まで守ってあげるから。アタシは師匠だからね。ゆっくり強くなればいいの」


 グリセルダの胸に埋めたシンデレラは、誰にも見られることがない涙を浮かべた。


 しばらくして涙が止まったシンデレラは、目尻を赤くしながらも、すっきりとした表情になっていた。

 グリセルダは「よし」と唇の端を持ち上げ、次いで疑問を呈した。


「ただ、たしかにちょっと変ね。聴く限りだと炎に関連した魔法だとは思うけど、その方向でまったく反応がないなんて。魔力操作の練度も、魔法が発現してもおかしくはないレベルだし」

「見ている夢が本当はなんにも関係がない夢ということでしょうか」

「いや、もう毎日見てるんでしょう? だったらその夢で間違いないと思うのだけど」


 グリセルダも頭を悩ませるが、う~ん、と唸って固まってしまう。

 シンデレラは自身もどうすればいいのかわからない状態だ。夢に現れたものは炎だけなであり、他に言葉にして伝えるべき、ヒントになりそうなものはなかった。


「ねえ、シンディ。夢は全部見たんだよね?」

「おそらく。いつも炎に包まれたところで目が覚めてしまうので、その先はわかりませんが」


 シンデレラの言葉を聞いて、グリセルダは考え込む。そしてなにか思いついたのか閉じていた瞼を開いて言う。


「もしかしたらだけど。シンディの夢は、炎に包まれた先も本当は続いているんじゃない」

「続きですか?」

「そう。炎に包まれ先、炎の後。それが本当の魔法なのかも」


 シンデレラはグリセルダの仮説があながち間違っていないのではないかと思った。


「夢のことはわかりませんけど。たしかに、早く魔法がしたいと思って寝ているので、夢が終わる前に目覚めていたとしてもおかしくないかもしれません。一度、炎に包まれる前に目覚めたこともありましたし」


 興奮と緊張で早く目覚めてしまっていた可能性だった。


「それなら、今夜はもうゆっくり寝られるでしょう?」

「はい。頑張ります!」

「頑張らなくていいから……」



   ***



 何もない世界、燃える地平線が今日もシンデレラを取り囲む。

 そして炎はシンデレラを包み込み——と、いつもならここで目が覚めてしまっていた。

 しかし今夜は違った。足先から這うように体に広がっていく炎を、シンデレラはじっと見つめていた。

 

 熱くも苦しくもなかった。むしろ心地がよいくらいで、シンデレラはお風呂に入っているかのようなリラックスした気持ちで炎を受け入れていた。

 炎がシンデレラの体を燃やし尽くしていく。足が崩れ、腕が落ちる。体のいたるところがこれ以上は燃えられない力尽きていき、形を保つことができず崩壊していく。


 そんな自分をシンデレラは外から眺めていた。幽体離脱をしたような視点であり、シンデレラは不思議な感覚に陥った。


 世界を燃やし、シンデレラすら燃やし尽くした炎は、燃やせるものがなくなったことで、萎んでいき——消えた。

 シンデレラが燃え崩れ去った場所に残されたものを、シンデレラは知っていた。


「灰だ」


 白く、しかし雪よりも暗く、重い——灰。

 かつて屋敷で灰まみれになっていたことだけでなく、シンデレラは知っていた。


 透ける指先で、そっと自身の足元をすくってみる。するとさらりとした手触りのあとに、薄い膜を張るような感覚があり。

 

 世界に広がっていた白い地面。その正体は灰だったのだ。


 シンデレラは燃え尽きた自身の体が残した、少し山積みなった灰を両手で掬い、胸にそっとあてた。


「灰かぶり……。シンデレラという名前、ピッタリだったのね」



   ***

  


 ぱちり、と目が覚めたシンデレラは数秒ボケっとしたあと体を起こし、リビングに出た。

 いつも通りグリセルダがおり、シンデレラに呆れた様子で話しかけた。


「おはようシンディ。随分寝てたねぇ。もう夕方だよ」

「え、夕方? ……ほんとうですね」

「あ、やっと起きてきたわね。もう夕方よ」

「うん、そんな長い夢じゃなかったのに、びっくりだわ」


 まだ寝ぼけているのか、シンデレラの声音はふわふわとしていた。

 ぱんっ、と自身の頬を叩いて意識をシャキッとさせた。


「あの、魔法を見てほしいのですが、いいですか?」

「やっぱり、先があった?」

「はい。たぶん、もう使えると思います。しっくりきてるんです」

「そっか。じゃあ、一応外に出て試してみようか」


 家の外に出た3人は、シンデレラが1人だけグリセルダたちから離れて準備した。

 自身のことを見つめるグリセルダとソフィアのほうを向いたシンデレラは、両手を胸にあてたあと、器のような形を保ったまま前に出し、目を閉じた。


 自身の中にある魔力の器。そこにある核を意識し、夢で見た物をイメージする。

 魔力が動き出し、静かに流れ、シンデレラの手の中に溜まっていく。

 イメージは世界を塗りかえ、シンデレラの魔法が結果を直接もたらす。


「嘘⁉」

「魔法ね」


 短く驚きの言葉を漏らした2人の視線の先には、両手の器から灰をあふれさせたシンデレラがいた。

 宙を舞う灰が稜線の隙間から差し込む夕日に照らされきらきらと光を反射させる。一方でシンデレラの手のうちに積もった灰は、夕日を反射することなく吸収し、熱を奪っているようだった。


 シンデレラは自身が生み出した灰にぬくもりを感じながら、グリセルダたちに言う。


「——『灰』。それがわたしの魔法です」



   ***



 こうして、驚くべき速さで魔法を発現させたシンデレラは、ソフィアと切磋琢磨しながら修行を続け、いくつかの試練を乗り越えた。

 

 ——そして、3年の月日が流れていった。



  



 

 

 

 



 



 





  

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