第三話

『何てだらしない体なの!? あんたみたいな豚野郎は、一日三食酢昆布で、腕立て伏せ百回よ!』


「死ぬわっ!」


 思わずツッコみが声に出た。


 食事管理もありますとはパッケージの裏にも書いていたけど、酢昆布はないだろ。せめて野菜を摂らせてくれ。


『ほらっ! さっさとコントローラー腕に固定して、腕立て伏せしなさい豚!』


「ええっ………いきなりぃ?」


『豚の分際で文句言ってんじゃないわよ!!』


「えっ、何で通じてんの? 怖いっ!」


 門左衛門のツッコみ返しに、唖然と目を見開きつつも、これは従わざるを得ない状況。

 言われた通りコントローラーのストラップを腕に固定し、久方ぶりの腕立て伏せが始まった。


「はぁ………はぁ……」


 予想以上に、辛い。バスケ部だった高校の時と比べると、明らかにペースも遅いし、息も上がるし、体を持ち上げる勢いも弱い。


『持ち上げる時に、腰を曲げんじゃないわよ!? 頭から足先までを常に直線状に維持することがポイントよ!』


 ああ、ようやくトレーナーらしい指示がきたな。相変わらずトゲのある口調だけど、ごもっともだ。持ち上げる際に意識しつつ、続ける。


「はぁ………はぁ……」


『ハァハァ言ってんじゃないわよキモイ!!』


「いや不可抗力! ってか何で声届いてんだ!?」


 ツッコみに勢い余って、素っ頓狂にもべちゃん! と床に腹がついてしまった。


『何体勢崩してんのよ!!』


 これはコントローラーが反応したのだろう、門左衛門の叱咤が飛んだ。


『罰として酢昆布咥えて三回回ってブヒっ! よ! できなかったら食べるラー油ぶっかけるから!!』


 何だその新手の罰は! どんだけ酢昆布食わせたいんだ!? あと食べるラー油とか食欲そそるから言うなっ!


 ああ! もう頭にきた。これはツンの範囲をぶち抜いたただの暴力ヒロインだ。どうやら俺は面食いなだけで、二次元ヒロインの見る目がなかったようだ。一目惚れなんて恋心、罵声を浴びた分呆気なく砕け散ってしまった。


「もうトレーナー変えてやる」


『え………』


 決心を声にも出して、ストラップを解いてコントローラーを握ると、何やら門左衛門がうつむいて小刻みに震えている。


『変えちゃうの………?』


 覇気のなくした震えた声。

 これは………まさか………ここでくるのか?

 ないと思っていたデレが!?


『ゆる………さない………』


「え?」


 ビキビキっ、と画面越しの美少女の白い肌がひび割れ、肉が怒張し、弾けるようにジャージが破けた。


 刹那、美少女から一変、赤黒い皮膚に猛々しい筋肉が盛り上がった巨体が画面を埋めつくし、同時にコントローラーの振動が悲鳴を上げた。


「えっ、何!? 何!?」


『うグォォオオアアアアアアアア!!』


 美少女のミルキーボイスから激変、獣のような低くドスの効いた咆哮が響くと、その声を発した口から牙が剥き、鮮血の如く真っ赤な双眸がギラつき、頭部からぐわん! と二本の黒いツノが突き上がった。


 おめでとうございます! と場違いなナレーションが流れる。


『近松門左衛門が鬼モードに覚醒しました!』


「えっ、鬼モードってそういう!? 物理的な!? いやいや! 何のゲームだよ!?」


 どうやらこのゴリマッチョの鬼は、かつて一目惚れした金髪美少女、門左衛門で違いないようだ。

 金髪という共通点しか見つからないほど、原形を留めないバケモノに変貌してしまったが。


 あれ、これ、一応恋愛シミュレーションのダイエットゲームだよな?


 バケモノの口が重々しく開くと、


『コロス………ニンゲン………クウ………』


「怖い怖いっ!! ゾンビゲームかよ!? あーもう無理っ! 怖いっ! 交代っ! 交代っ!」


 新手の恐怖に戦慄く指でボタンを連打しまくり、とにかくこのバケモノから逃れようと、死に物狂いでボタンを押し続けると、


『トレーナーを交代します』


 と、ナレーションが手を差し伸べてくれたようだ。


 気付いたら、色んな意味で汗だくだった。


 何だったんだあの怪奇現象は。何者だったんだ門左衛門は。俺は一体、何を見せられていたのか。


 眩暈がするほど思考がぐるぐる回りつつ、ふと、画面までぐるぐる回っていることに小首を傾げた。


『それでは、トレーナーをランダムで選びます』


「何でランダム!? 選ばせてくれるんじゃないのかよ!?」


 ナレーションよ、最初の約束を破棄しまくってるぞ! こいつまで鬼モードなのか?

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