第四話

『トレーナーが伊能忠敬いのうただたかに決まりました』


 だから名前っ! その萌えをドブに捨てたネーミングセンス何とかしろっ! ………ああ、でもその人は知ってる。地図作った人だ。


 に、しても、明らかに伊能忠敬ってキャラじゃないだろ、この子。黒髪ボブの美少女だし、小柄でダボっとしたジャージの萌え袖から細い指が覗いているし、もっと可愛い名前がふさわしいはずだ。


『お兄ちゃん………よろしくね………忠敬ただたかだよ………』


 何と。妹キャラときたか。ベビーフェイスにロリ声で、これはこれで頷けるんだけど………ニックネーム設定ガン無視されてないか? まぁ、門左衛門よりは優しそうだし……いいか。


『ねぇねぇお兄ちゃん………お兄ちゃんは何でダイエットを始めたの………?』


「え………?」


『忠敬に、教えて……?』


 ああ、クソ。こてんと首を傾げる仕草、すごい萌えるのに、名前のせいで色々台無しだ。今、脳裏にあのおじさんの顔がこびり付いて離れない。


『お兄ちゃぁん……教えてよぉ?』


「あー………周りを驚かせたいっていうか………」


『まわり?』


「友達とか、女の子とかに、見返してやりたいっていうか………」


『おん、な?』


 不意に、舌の先まで凍るような、冷え切った声。


 ゆらり、と、忠敬が首を揺らすと、丸い瞳が光をなくし、淀んだ眼差しをこちらに縫い付ける。


『お兄ちゃんは………忠敬だけの、お兄ちゃんだよ……他の女はいらない………』


 こ、れは! まさかの妹に加えてヤンデレ属性ときたか!? ゴゴゴ、と画面の奥から闇のオーラを纏う忠敬に、思わず胸がどきつく。


 ヤンデレってことは、このまま二人きりの地下室で監禁拘束されたりとか!? そこからみっちりダイエットコースが始まるとか!? いやいや、別に変に期待してるわけじゃないけど、この展開は気になるだろ!


『ゆる………さない………』


「え?」


 ビキビキっ、と嫌な音が再び鼓膜を突き抜けたかと思うと、美少女の華奢な体が、ブチブチと膨れ上がって、ぶかぶかだったジャージも破裂して、肉が、踊った。


『うグォォオオアアアアアアアア!!』


『おめでとうございます! 伊能忠敬が、鬼モードに覚醒しました!』


 何で!? 何でそうなるの!? ここは普通嫉妬心剥き出しの病みモードだろ!? なぜゴリマッチョに!? なぜ鬼に!? これ鬼退治ゲームなの!?


 ヴァァ、と、人間離れした唸り声のあとに、


『オニイチャン………ズット………イッショ………』


「その図体でヤンデレ妹キャラはやめろーっ!! もうダメだっ! こんなクソゲーなしだっ!! 返品してクレーム入れてやっ……っつ!」


 くそ! 電源切りたいのにまさかの足つったし! 急に腕立て伏せなんて無理したからだ! 床の上で悶えながら、がむしゃらにボタンを連打してると………


『それでは、トレーナーをランダムで選びます』


 おいナレーションよ、段々お前にも殺意が湧いてきたぞ。

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