第2話
翌日。4限が終わった昼休み。
この時間だけは教室内に穏やかな空気が流れる。
朝、登校時から一緒にやって来てイチャコラしっぱなしの檜山と有坂が別行動を取るのだ。
檜山は部活仲間たちと学食へ。有坂は教室で弁当を女友達と食べる。
俺も教室で今日は購買の焼きそばパンを頬張る。
「ねーねー、実際さ、乃亜っちって檜山くんとどうなの?」
せっかくのランチタイムに檜山の話なんてするなよ。
だが、気になる。ダンボの耳で聞いちゃう。
「どうって……私たち幼馴染みだし、そういうのはないけど」
「じゃあさ、あたしが檜山くんにアタックしてもいい感じ?」
「え? それは……うーん」
「アハハハ、やっぱりダメなんじゃん」
「い、いや、違うって! ただ、私にとって俊樹は一緒にいるのが当たり前の存在で、俊樹が他の誰かと一緒にいるのが考えられないっていうか。私も俊樹以外とは今のところ考えられないってだけよ!」
と頬を染めつつ言いつくろう有坂。
あーね、知ってる知ってる。幼馴染という近すぎる関係でお互い異性とは認識してなかったが、何かのきっかけで急接近するパターンね。
F◯ck、檜山!
檜山への黒い感情が増したところで俺はスマホの黒い本のアイコンを見つめる。ザマアエルの書は「スキル『身体強化』を獲得しました」以降、何の音沙汰もない。
一晩寝て、昨日のあれそれを受け入れることにした俺はこの超常的な何かが俺に与えてくれるものに期待してしまっているのだ。
昼休みが終わりに近づくと女子が教室から出て行く。
5限目は体育で、女子には更衣室があるが、男子にそんなものはない。
檜山も教室に帰って来た。楽しそうだな。そりゃそうだ。体育はバスケだから部活でレギュラーのアイツは無双できて気持ちいいだろう。
しかも予定通りなら、今日は檜山のチームと戦うはず。
俺が敗北の未来にゲンナリとした時、スマホがぶるっと震えた。それは期待通りザマアエルの書からの通知だった。さっそくアプリを起動する。
++++++
◯ヒント
スキル「身体強化」を使いましょう。
檜山俊樹に勝利すると、有坂乃亜と接近できるかも?
++++++
あ、「身体強化」があるの忘れてたわ。
でも、本当にぃ〜? 有坂と接近できるでござるかぁ〜?
よーし、パパ頑張っちゃうぞー!
テンション上げてやって来た体育館。
2クラス合同授業のため、他クラスの女子も試合を見学している。お目当ては檜山だろう。その中には当然、有坂もいる。
黄色い声援が飛ぶ檜山と、試合開始のジャンプボールを誰もやりたがらなかったので、
「あ、俺がやります」
と立候補したら変な空気になってしまった。
いや、まあ分かるよ? いつもゴール下のリバウンド要員で取ってもすぐ味方にパスするモブなわけだからな。
だが、スキル「身体強化」を得た俺の身体能力は想像以上だった。
ジャンプボールでは檜山に競り勝ち、ドリブルすれば檜山はついてこれず、檜山のシュートはブロックで完璧に防ぎ、反対に俺はツーポイントでもスリーポイントでも得点を重ねた。
始まって数分はざわついていたギャラリーも次第に俺の活躍に湧くようになった。残念ながら男ばかりであるわけだが。男どもは皆、檜山一強状態に鬱憤が溜まっていたのだろう。
対しては女子たちの空気はひえっひえ。
ホントに有坂と接近できるんだろうな、オイ。
それはともかく――俺は試合終了後、檜山の方を見る。
コートに膝をつき肩で息をして項垂れている。
勝った!
俺はあの檜山に勝ったのだ!
気もちぃいいいい! Foooooooo!
檜山、ざまぁあああああ!
++++++
◯リザルト
檜山俊樹のカルマ値が低下。
++++++
そんな報告が教室に戻ってきた俺がスマホのザマアエルの書を起動したらあった。ゲーム的に考えれば、カルマ値とは善悪の基準だから、それが下がったってことは檜山が悪よりになったわけか? よく分からんが、檜山にデバフがかかることはいいことだな、うん。
ただモブの天下はあっけなく収束した。6限が終わり、ロングホームルームになる頃には教室はいつも通りになった。
だが、大きな変化があって有坂がチラチラと俺を見てくるが、まあ俺に惚れたとかそういうのでは絶対にないわけだが。
なぜなら、すごく睨みつけられるもの。いや、なんで?
そりゃあ檜山をコテンパンにしちゃったが。
面倒事になりそうなので俺は放課後になるとそそくさと教室を出た。
「ちょっと待ちなさい」
つかまった。
下駄箱まであと少しだったのに。
案の定、有坂だった。
有無を言わさず廊下の隅に連れて行かれる。
向かい合って近くで見ると、美少女感がすごい。
「あーっと、村田だっけ?」
「……灰村です」
「そうそう、灰村。惜しかったわ」
いや、「村」しか合ってないが?
俺と有坂の記念すべき初会話はこれである。残念だ。残念すぎて少しぶっきらぼうになるのは許して欲しい。
「何か用か?」
「ねぇ、灰村はバスケ上手いみたいだけど、バスケ部に入るつもりある?」
「いや、ないが」
「そ。よかった……」
有坂はおっきなおっぱいに手を当てて息をつく。
うーん、有坂と接近するってこんな感じなのか?
なんか思ってたのと違う。こいつの頭に檜山しかないじゃん。
これはちょっとザマアエルの書に期待しすぎたか?
しかも次の言葉に俺は耳を疑った。
「灰村、次からああいうのやめてちょうだい」
「ああいうの?」
「俊樹より活躍しないでってこと。俊樹はやっとレギュラーになったばかりなの。なのに、灰村みたいな素人に負けるなんて噂が立ったらレギュラーを外されるかも知れないわ」
いや、知らんがな。
「いや、知らんがな」
「はぁ? ちょっと手を抜くくらいいいじゃない。どーせ、女子に良いところを見せたかっただけなんじゃないの? でも、残念ね。女子は誰も灰村の活躍なんていらないって言ってたわよ。あんな奴、邪魔だ消えろ――」
「ま、まあ、それ以上はやめよう。誰も幸せにならない。つーか、別に手を抜くのは構わんが、俺のメリットは?」
「メリット? 別に私にできることならなんでも――ハッ!?」
ほーん、何でも、ねぇ。
俺の視線を感じ取ったのか、有坂は胸をかき抱いて後ずさると、目をキッと吊り上げ睨みつける。
さて、どう料理したものかと俺の嗜虐心が首をもたげかけた時、スマホがぶるっと震える。ザマアエルの書の通知だ。
++++++
◯ヒント
性的な要求はNGです。スケベ顔を正しましょう。
買い物デート1回ならOKです。
++++++
Ahhh、スケベ顔とは何のことか分からないな。
だが、買い物デートもハードル高くないか? 有坂は男どもの遊びの誘いを片っ端から一刀両断するやつなのだが。
「あー、なら次の休日、一回だけ買い物に付き合う、とか」
「……それなら、まあ」
「え!? マジで!?」
「その代わり! 体育の時間、俊樹より活躍しないこと! それじゃ、スマホ出して。連絡先、交換しましょ」
「お、おう」
連絡先を交換し終わると、有坂はさっさと去っていった。
こんなに簡単に女子の、しかも学校一の美少女の連絡先が手に入るとは。このガードの緩さ普通じゃあない。ザマアエルの書が超常的なパワーで何やかんややったに違いない。
最初は微妙に思ったが、ちゃんと有坂と接近できたし、ザマアエルの書は素晴らしいな。俺の内なる黒い感情が次の指示をよこせと言っている。早く檜山の歪みきった顔が見たい、と。
そして帰宅すると新しい通知が来ていた。
++++++
◯試練発生
試練「魔石を連続500個採集せよ」
試練を開始しますか?
yes / No
++++++
魔石? 500個? 何のこっちゃ分からないが、するする!
ザマアエルの書 あれい @AreiK
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