ザマアエルの書
あれい
第1話
高校の教室。
6限が終わりロングホームルームまでの空いた時間。
俺――「灰村空」は教室後方の席で担任の教師がやって来るのをぼぅっと待っていた。
話し声が聞こえてくる。
「ねぇ、この後どっか行かない?」
「誘ってくれるのは嬉しいけど、俺今日部活が――」
「ないわよ。先週、体育館の雨漏り工事があるから休みって自分で言ってたじゃない」
「そうだったか?」
「駅前の『SugArts』とかどう? 新作が出たらしいけど」
「ああ、いいぞ」
「ふふ、決まりね」
窓際、真ん中辺りの席で放課後の予定を話す男女二人組。
「檜山俊樹」と「有坂乃亜」だ。
二人には教室中の視線が集まっているが、彼らは特に気にしてない様子。
特に檜山に対しては男どもの嫉妬の情念がありありと込められている。まあ、俺を含めてなのだが。
なぜなら、有坂乃亜が超絶美人だから。
学校一の美少女と名高い有坂は純日本人らしいが、ハーフのようなくっきりした顔立ちに、亜麻色のふわりとした髪をサイドテールに結んでいる。おっぱいと尻が大きく男の情欲をそそる体型にもかかわらず、制服姿には下品さはなくお嬢様然としている。……と言っても、やはり視線はおっぱいにいってしまうわけだが。
入学当初、有坂を一目見たクラス中、いや学校中の男どもが湧いた。健全な男子高校生たる俺も例外ではなかった。ワンチャン、お近づきになれるのではないか、と。
だが、現実は非情だった。
告白を特攻した男どもは片っ端から轟沈し、カラオケなど放課後遊びに誘ってもそれが男ならきっぱり断られるガードの固さ。それらを目の当たりにした俺はまだ一言も、挨拶さえも有坂と交わしたことがない始末。
そんな中、唯一、有坂の懐に入れる男が檜山だ。
檜山はなんとも妬ましいことに有坂の小学校以来の幼馴染らしい。
その上、イケメンフェイスで、運動神経も抜群。バスケ部では1年生ながら秋の大会でレギュラー入りするらしい。
勉強は俺の方ができるが、ぶっちゃけ大した差ではない。
モブ顔、帰宅部の俺とは人間的格差が明白だ。
放課後、檜山と有坂は「SugArts」とかいう「映える」と噂のケーキ屋でイチャコラするのだろう。
二人が付き合っているとは聞かないが、実際は分からない。
有坂を独占している檜山に対して黒い感情が湧き立つ。
俺自身が有坂に恋しているかと言われたら違うと思う。いや、まあ、あんな美少女な恋人がいたらとは思うが、ただこの黒い感情はリア充の檜山への醜い嫉妬心が大半で、あのアオハル野郎から有坂を奪えばアイツはどれほど顔を歪めるだろうと考えると――我ながら趣味悪いな、と苦笑する。
「お前ら、席につけー」
担任の教師がやって来たので二人から視線を切る。
黒い感情を抱えようと俺に何ができるわけでもなく、今日も変わり映えしない一日が終わるはずだった、のだが……。
――――――――
「……ザマアエルの書?」
深夜0時過ぎ。
自室のベッドの上で俺はスマホをいじっていた。
日課のネット小説を最新話まで読んで、さあ寝るかと思った時、ふとサイトの広告が目に入った。
黒い背景。
赤枠で描かれた分厚い本。
表紙に「ザマアエルの書」とこれまた赤字。
その下に宣伝文句があって、
「『ざまあライフを始めませんか?』ねぇ……ああ、『ざまあ』でザマアエルの書か。いや、別にうまくないが?」
新作ゲームの紹介だろうか。
それともマンガの購入のリンクだろうか。
「ざまあ」という単語はネット小説ユーザーの俺はよく知っている。いや、率直にって好きなジャンルだ。
「ざまあ」は「ざまを見ろ」の略。
小説で典型的なやつで言えば、勇者パーティーに追放された主人公が能力に覚醒して活躍し社会的に成り上がっていく。一方、主人公がいなくなった勇者パーティーはどんどん落ちぶれ信用を失なっていく。その様子を「ざまあ」と嘲笑って読者はカタルシスを得る。
とまあ、人の薄暗い欲望が垣間見えるわけなのだが。
俺も日頃、黒い感情を抱える身。
気づくと「ザマアエルの書」なる広告をクリックしていた。
いや、言い訳するとだな、広告があったのは大手ネット小説サイトだ。悪質な「釣り」があるとは思わないだろう。なあ?
「オイオイオイオイ、勝手にアプリがダウンロードされ始めたんだが!? ちゅ、中止でき――ない! なんで!? つーか、アンチウイルスアプリ仕事しろよ! ああああ、クソッタレ! ダウンロードが完了しました、じゃねえんだよ!!!」
スマホのホーム画面に赤枠の黒い本のアイコンが追加されてしまった。
しかもアイコンを長押ししてもアンインストールの選択肢が出ない。
つまり、だ。悪質なプログラムであることが確定したわけだ。
それなのに――
「くっ、気になるのは俺が馬鹿だからだろうか。うん、馬鹿だな」
黒い本のアイコンを押す指を止められなかった。
「ザマアエルの書」が起動すると、タイトル画面の後、次の文章が赤字で表示された。どうやら黒い背景に赤字はデフォらしい。
++++++
◯はじめに
ザマアエルの書は貴方のざまあをサポートします。
「試練」や「ヒント」を参考に是非ざまあを成功させてください。
では、よきざまあライフを!
++++++
「試練? ヒント? なんのこっちゃ。……お、次に進めるな。『ざまあ対象者の入力』と『ざまあ達成目標』? ざまあ対象者は当然『檜山俊樹』だろ。達成目標は――記入例があるな。地位、財産を得る、女を奪う、ね……つーことなら『有坂乃亜を奪う』、と」
++++++
◯ざまあ対象者の入力
対象者:檜山俊樹
++++++
++++++
◯ざまあ達成目標
目標:檜山俊樹から有坂乃亜を奪う
++++++
ふう、書いてやったぜ。
……いや、だから何だという話なわけだが。
まさか黒い感情を文字にして吐き出すことで心理セラピーを狙うのが目的なのか。だったら、拍子抜けもいいところだが。
あーあ、失敗したな。
これ以上触るのはやめて明日、スマホショップに持って行くか。
個人情報の流出とか嫌なワードを思いながら憂鬱なため息をついた時、スマホがぶるっと震えた。ザマアエルの書から一件通知が来ていたのでアプリを起動すると、次の文章が表示される。
++++++
◯試練発生
試練「魔物から5分間生き延びろ」
試練を開始しますか?
yes / No
++++++
「あー試練ってこれのことか。なんだこのミニゲーム要素は。絶対、いらんだろ。と言いながら、『yes』を押しちゃうが――」
「は? いや、ここ、どこだ……」
次の瞬間、俺は薄暗い洞窟にいた。
何言っているか分からないと思うが、俺もマジで分からん。
俺の認識が問題ないならば、ここはじめっとした湿気のある空気が漂い、光源は岩肌に淡く緑に発光する何かだけで、全体を全て見通せないが、体育館ほどの広さはありそう。
どう見ても洞窟だ。何ならファンタジーよりの。
さっきまで自室だったのに、何故。
混乱の渦中にある俺の耳に、唸り声が届く。
「GRRR……」
パッとそちらを振り向くと、黒い獣がいた。
赤い二つの目が爛々と俺を捉えている。
俺は喉をゴクリと鳴らし、恐怖で思わず後ずさる。
そんな俺にお構いなしに、黒い獣はこちらへ突進してきて、途中で飛びかかって、口を大きく開け、ギラリと光る牙と赤い舌が俺の首目がけて一直線に噛みついてくる。
「えっ、ちょっ、待っ――あっ」
喰われた、と目を瞑り、次に来るだろう痛みに体を縮ませる。
だが、どういうわけか何も感じない。
恐る恐る目を開けてみれば、さっきまでの洞窟が幻のように消えていて、よく見慣れた自分の部屋に戻っていた。
「……なんだったんだ、今の」
俺は呆然と呟くのがやっとだった。
そこへスマホがぶるっと震える。見てみると、またザマアエルの書から通知が来ていた。
++++++
◯試練失敗
試練を達成しないと、今後のざまあ成功が困難になります。
試練「魔物から5分間生き延びろ」を再開しますか?
yes / No
++++++
「まさか、魔物ってさっきのやつか……イヤイヤイヤ、色々おかしいだろ! たかがアプリごときに出来る芸当じゃねえ! だったら何だと言われるとそれはそれで困るが……さっきまでただの悪質なプログラムと思っていたが、このアプリ、ヤバイやつなのか……」
霊とか、呪いとか、そんなホラーチックな怖さに身震いして、ザマアエルの書を「G◯◯gle先生」に聞いてみるも欲しい検索結果は得られず、そうなるとここで引き返すのがお利口な選択肢なわけなのだが。
「ざまあ成功が困難になると言われちゃうとな……」
いや、信じたわけではないがな、万が一、億が一、檜山のやつから有坂を奪えるとしたら、怪しさ満点の呪術めいた方法に頼るしか人生逆転の芽はないわけで、それを考えると、これは千載一遇のチャンスと言えることもないことはないわけで。
俺は深夜テンションで理性を押し切って「再開しますか?」「yes」を押した。
それから幾度となく再開しては黒い獣――魔物に噛み殺された。
痛みがないのが幸いだったが。
最初、恐怖から敵をクロヒョウ並みの大きさだと見誤っていたが、何度目かの再戦の後、魔物はポメラニアンサイズだと気づいた。
そこから余裕が出てきて、それでも必死に転がり回りながら魔物から五分間逃げ延びた。
「っしゃー! 黒犬ヤロウ! 見たか、オラァ! Foooooo!」
柄にもなくガッツポーズしてしまった。すぐに深夜の自室で一人叫びまくった現実に恥ずかしくなって一気に冷静になる。親とか起きてないといいな、うん。
そこで改めてスマホのザマアエルの書を見てみると、
++++++
◯試練達成
スキル「身体強化」を獲得しました
++++++
「スキル獲得ってベタだわー」
色々疲れ果てた俺は深く考えずにベッドに倒れるようにして寝た。
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