第8話 見当たらないドレス

 公爵家のメイドに案内され、通された部屋は狭苦しい小部屋だった。一つしかない小さな窓は、分厚いカーテンがかけられ、閉め切られている。


 壁紙も床板も、ベッドも古びており、何年も使われていない。他にある家具と言えば、小さなテーブルと椅子がひとつづつだけ。




「……」


「アリシア様、この部屋は――」


 マリーが言いかける。




 どう考えても、使用人が使っているような部屋だった。






「アリシア様、きっと何かの手違いですわ!わたくし、確認して参ります」


「――マリー、待って」


 私は慌てて出ていこうとするマリーを止める。




「どうされたのですか? アリシア様」


「――その前に、荷物の確認をお願いできる?」


 嫌な予感がした私は、マリーにそう言った。




 私の言葉に、マリーが荷物を確認する。


 鞄を開け、確認するマリーの顔が、だんだん青くなってきた。




「――どうしたの、マリー」


「アリシア様、持ってきたドレスがございません!」


「――どういうこと?」


「わかりません。学校の制服と、寝間着以外の服が見当たらず――それから、アクセサリーの類も」


「――!!」






 ――一体、どうしてこんなことに?


「アリシア様、――こうなったのはわたくしの責任です。わたくしが確認を怠ったからです」


 平謝りするマリーに、


「マリー、落ち着いて――二人で考えましょう?」


 私はそう言ったけれど、なぜこんなことになっているのかが、さっぱり分からなかった。






☆ ☆ ☆






 パーティー会場に案内されてからずっと、俺はアリシアの姿を探していた。


「アーク様、私もアリシア様を探したのですが――」


 侍従のマークが言いかける。


「見当たらないか?」


「はい」




「――何かあったとしか思えないな」


「ええ」


「マーク、心当たりがあるのだが――」


 俺はマークに耳打ちする。


「――承知いたしました、アーク様」


「頼む」






 会場を出ていくマークを見届けた後、ふいに後ろから声をかけられる。


「アーク殿下、いえ、アーク様」


 見覚えのある銀髪が揺れる。纏っているのは紫のドレス。




「――どうされました?ロザライン嬢」


「わたくしと、踊ってくださる?」


 


こちらをのぞき込むように、見つめるキツめの紫の瞳から、俺は視線をそらし、


「私のパートナーが、見当たらないのだが――」


 断るつもりで、そう切り出したが、


「でしたらわたくしと、踊ってくださりますよね?」


 食い下がるように、ロザラインの視線がこちらを刺してくる。




「私のパートナーは、婚約者であるアリシア王女なのだが?」


 はっきりと、俺は断りを入れようとする。


「あら? ――アリシアなら、来るわけがありませんわ」


 ロザラインが、じっと俺を見つめながらそう言う。


「――どういうことだ?」


「アーク様に言うほどのことでは、ありませんわ」




――彼女は、何かを企んでいる。


 そう思った時だった。


「――アーク様、こちらへ」


 やってきたマークが、俺に耳打ちする。


「――分かった」




「失礼する、ロザライン嬢」


 俺はそう断りを入れて、この場を立ち去ることにする。




「――アーク様!どこへいらっしゃいますの!?」


 追いかけてくるロザラインを振り切って、パーティー会場を後にした。

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