第37話 結婚記念日
いよいよ今日は結婚記念日だ。
定時で上がれるよう、ここ数週間調整してきた。
妻は喜んでくれるだろうか。
予定通り仕事を終え、ホテルに到着するとすでに妻が待っていた。
「お待たせ」
「直くん、お疲れさま。良かった時間通りに来てくれて。」
そのままスムーズにホテルで食事を楽しんだ。
妻も満足そうに笑っている。
妻の名は《はな》華という。
「なぁ、俺さ、その…他の男と比べて見た目も地味だし、未だに出世できてないし、こんな感じだろ。華は俺みたいのが好みだったの?」
「だからー、直くんは眼鏡を外したらイケメンだって言ったでしょ?私から見える直くんは地味な殻を被ったイケメン、隠れイケメンなんだよ。直くんの目が好き。」
「自分じゃちっともそんなこと思わないけど…。実際、華以外は誰も俺に興味を示さなかったし。」
「それはそうよ。だって隠れイケメンなんだから。見つけられる人はそういないはず(笑)直くんの顔、毎日見てるけど飽きないもん。
性格も予想どおり穏やかだし。私、俺様みたいな、女は男に尽くすのが当たり前みたいな人無理だから。私は直くんで良かったと思ってる。」
「それはありがとう。」
「直くんは、私のどこが良かったの?」
………。
スプーンを口に入れたまま一瞬固まってしまった。
「まただ…、もう、直くんのそういうところはイヤ。困るとすぐ黙るクセあるよね。」
慌ててスプーンを口から引っ張り出す。
口に含んだデザートを慌てて咀嚼し飲み込む。
「え?いや、あの、困ってるんじゃないよ。俺、結婚して長いけど、華と長いこと一緒にいるけど、質問の答え、どう言えば正解なのかわかんなくて。言葉にするまでに時間がかかるんだ。」
「はぁ~。あのね、直くん、そういうとこ。
人付き合いが苦手なのはよく知ってるよ?だけどさ、会話に正解、不正解なんてないの。
夫婦なら特に。
自分の心の中から自然と湧いてくる気持ちを言葉にしてるの。
むしろ、相手の顔色伺って、機嫌を伺って、話すことを考えるなんて人たらしのすること。
直くんはまだ私のこと好きになれないの?」
ん?今妻はなんて言った?
《好きになれないの?》って言ったよな。
……。
俺は自分が妻に対する気持ちの本質に気付かされたような納得いったような感覚がした。
それと同時にこの気持ちをありのまま妻に投げることはいけないことだとも思った。
「なんかごめん。
俺は華のこと大事にしたいと思って一緒にいる。
それじゃダメなのかな。子どもも出来て、家族を守りたいと思ってる。」
「……。ううん、ダメじゃないよ。
意地悪なこと言って、こっちこそごめんね。
それだけで十分だよ、いつもありがと。
さっ、デザート食べよ。ほら、ジェラートが溶けてきてる(笑)」
きっと妻は、俺がちゃんと好きになれてないのをわかっててプロポーズしたんだ。
でなきゃ、まだ好きになれないなんて言わない。
あーーー!
よくわからなくなってきた!
どうしたらいんだ。
俺は本当に好きな人に出会えてないなんて言えない。
でもあの頃はそんなことわかんなかった。
こんな俺でも結婚できるんだって、結婚できることに舞い上がってて…。
何なんだ、この罪悪感。
もう、俺、どうしたら…。
「直くん?せっかくなんだから食べよ?」
「あっ、うん。そうだね、食べよ。」
正直、デザートの味なんてわからないほど混乱していた。
俺の気持ちがハッキリしてしまった。
妻の一言でモヤッとしていたものが確信に変わった。
これじゃ大輝の嫁と同じだ。
好きじゃないのに結婚したのと同じ。
いくら恋愛経験が無かったとはいえ、妻に対してものすごい罪悪感でいっぱいだ。
「直くん、大丈夫?なんか変だけど。今日ここのホテルに宿泊するんだったよね?」
「あ、あぁ。」
「私、こんな高級ホテル泊まったことないから楽しみ。プールもジャグジーもあって。このあと遊んできてもいい?」
「うん、もちろん。俺は眼鏡だからプールは入れないから。」
「私水着持参して遊ぶ気満々♪」
「それは良かった」
ほんとはここでダイヤのネックレスを渡すつもりでいたけど、どんな気持ちでこれを渡せばいいのか…。
結局そのまま部屋に行くことになった。
「じゃあ、私ちょっとホテルの中散策してくるね。22時ごろには戻るから、ラウンジで少しお酒付き合ってほしいな。」
「うん、わかった。楽しんできて。」
妻が部屋を出て、ホッとしている自分がいた。
一人で頭の中を整理したかった。
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