第38話 ラウンジ

妻が部屋から出ていったあと、何から整理すればいいのか混乱しまくっていた。


俺は妻を傷つけたいわけじゃない。

今日だって喜んでほしいと思ってる。


複雑に考えるとドツボにハマりそうだ…。

そう、そうだ、まずは今日妻に楽しく過ごしてもらうことだけを考えよう。

余計なことは考えるのやめよう。


そう決めた。

とてもじゃないが一人で処理しきれない。

すぐにでも大輝に連絡したいけど、今日はやめておこう。





ガチャッ。


部屋の鍵が解除される音で目が覚める。

いつの間にか寝てしまった。


「ただいまっ!あれ?直くん寝てた?ごめん。」


「大丈夫。どうだった?プールとか。」


「うん!すっごい綺麗だった。夜のプールなんて初めて!ライトアップされててすごかった。」


「楽しんでくれて良かった。ラウンジはどうする?」


「行く行く!支度するから待っててくれる?」


「うん。」


妻は本当に楽しかったとようだ。

連れてきて良かった。


しばらくすると妻が出てきた。


「ねえ、このワンピースどう?」


……。


「スゴく似合ってる。」


「ありがとっ。じゃあ行こっ。」


ラウンジはものすごく静かでピアノの音が心地良い。

完全に大人の空間だ。


俺はお酒は飲まず、ノンアルコールにしてもらった。


「乾杯」

「乾杯」


「このカクテル美味しい。直くん、今日は本当にありがと。」


「日頃のお礼。いつも家のこと頑張ってくれてるから。こちらこそ、ありがとう。

はい、これ。」


俺はもうここしかないと、ダイヤのネックレスを早々と渡した。


「え?プレゼントもあるの?

      嬉しい。開けていい?」


「いいよ。」


妻が丁寧に包装紙を開け、中を見た。


「どうかな?」


「……。」


あれ?俺はまた間違えたのか?


「ダメだった?」


「違うの、すごく嬉しい。私が新婚の頃言ったこと覚えててくれたことが嬉しい。ありがとう。」


妻は箱に入ったままのネックレスを眺めている。


「よかったらつけてあげようか。」


「あっ、そうだね。お願いします。」


妻の隣に座りそっと首にネックレスをかける。

金具を止め終わると同時に妻の手が重ねられた。


「直くん、本当に今日はありがとう。」


また俺は黙ってしまう。

肝心なときに言葉が出ない。

自分の手に重なった妻の手を、こんなときに光君と重ねてしまうなんて。

理由がわからず泣きそうになる。


「直くん?」


妻が俺の手をトントンと軽くたたいた。


「あっいや、なんか二人きりで慣れない場所で緊張しちゃって。ごめん、慣れてなくて。」


「直くん、いくつになっても可愛い。」


「やめろよ、俺はもう40過ぎのおっさんだよ。」


「私が可愛いと思ってるんだからいいの!

すごく綺麗。大切にするね。」


「うん、気に入ってもらえて良かった。」


俺はやたらと喉が乾いて一気にカクテルを飲み干した。

俺の挙動不審ぶりに、隣で妻が笑っている。


妻も残りのカクテルを飲み干した。


「そろそろ部屋に帰ろう、直くん。」


俺たちは部屋に戻った。


扉を締めた途端、妻が振り返って抱きついてきた。

急な出来ごとに後退って背中がドアにぶつかる。


「おっと、ごめん。」


「直くん可愛い。」


「茶化すなよ、恥ずかしい。明日の昼にはめいを迎えに行かなくちゃだし、そろそろ寝るか。」


そう言いながら俺は妻を離そうとしたが押し返される。


「ねぇ、子どもが生まれてから全然スキンシップないの自覚ある?私から動かないと直くん、触れてもくれないから。」


……。


「今日くらいは甘えさせてよ。」


俺は何も言い返せない。

どうしよう。

思考が完全に止まる。


「直くん、付き合い始めたときと同じ。変わらないね。」


そう言うと妻の両手が俺の頬に触れた。

俺は身構える。

反射的に目を閉じると妻の唇が俺の唇に重なる。

こんなときですら、俺は応えられずただ立ちつくす。

反応がないからなのか、一度キスをするとすぐに

妻は俺から離れた。


「すっごく久しぶり。ハグもキスも。ありがと。

さっ、直くんお風呂まだでしょ?ホテルのジャクジーすごいから行っておいで。

私は遊びすぎたから部屋でシャワーしたら先に寝ちゃうかも。」


「いや、全然、大丈夫。じゃあせっかくだから行ってくる。」


そう言うので精一杯だった。

俺がこういう雰囲気が苦手なのを妻はわかっている。

だからこうして外に出やすいように気遣ってくれた。

何だか申しわけない気持ちでいっぱいになる。

妻は俺が未経験なのを知って、初めて交わるときも無理強いすることなく少しずつ俺に寄り添ってくれた。


あーーー!

俺は何をやってるんだ。

最低だ、俺は。



















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