12 四つの力

 尚武殿は、松の木の内部にあるとは思えないほどに広い空間だった。天井は見上げるほど高く、畳敷きの床は五十畳以上はありそうだ。

「石の力で、こんなこともできるのね」

 私は、黎のネックレスを見やった。その先にあしらわれている乳白色の月長石は、私の日長石と同じくらい小さい。なのに、そこには大きな力が秘められている。

「ああ。『』の力を引き出せばできる」

「ゲって?」

「変化させる力のことだ。変身も同じ要領だ」

 黎は、足を肩幅に開き、まっすぐ立って目を閉じた。すると、石はおぼろげな光を放ち、たちまち戦闘服が現れた。どこからか風が吹いて、黒い布の鎧がはためく。石の放った光はその表面に吸い込まれて、銀色の瞬きとなった。黎がへその辺りに手をかざすとベルトが現れ、仕上げに石はそこに収まる。黎は黒髪をかき上げると、得意げに眉を上げた。

「石に触れなくても、力を引き出せるのね」

 そう言うと、黎は「まあな」と軽く笑った。


「まあ、こんなに大規模で緻密な『化』を一からするのは俺でも無理だけどな。この尚武殿は、百五十年前の日向家の当主が、松を変化させてつくった空間だ。俺はそれを再現してるだけ」

「日長石と月長石に力を込めたっていう、私の先祖?」

「そうだ。今日はそのご先祖様の力を引き出す特訓をするってわけ」

 確かに、この空間を作り出すのは、戦闘服をひとつ仕上げるのとは格が違いそうだ。

 正面奥には神棚のようなものがあり、その横に水墨画の掛け軸が飾られている。黒いうさぎと、白い鳥……いや、からすだろうか。不思議な配色のうさぎとからすが空を翔けている絵だ。隣に立つ黎は、黒髪に黒い服、まあるくつぶらな目も相まって、まるでこの絵の中のうさぎのようにも見える。

 また、畳のまわりはぐるりと一周板張りになっていて、奥の方にはまだ部屋があるらしい。黎の話によると、日向家と香月家の者たちはここで研鑽し合い、当主たちは奥の部屋で密議を重ねていたらしい。まさに守り人の本拠地だ。それを自分の先祖がつくりだしたというのは信じがたい。ここまでくると、変化というより創造という言葉の方がしっくりくる。


「『化』以外にも、この石には『でん』『ごう』『』の力が込められてる。それぞれ、伝える、強める、癒す力だ」

「石を介して通信するのが『伝』で、傷を治すのが『癒』ってこと?」

「ああ、今日は『強』を教える。まあ、平たく言えば、身体能力を上げようってわけだ。昨日の奴は、恐らく獏の中でも相当の手練れだ。駆け引きしたり、盤面を読んで身を引いたりできるほどの賢さもある。これからさらに昼の狩りを進めれば、もっと厄介な敵になるはずだ」

 私も自分の石を握りしめ、変身をする。姿を変えると、やはり身が引き締まる。「あの獏に立ち向かえるくらい、強くなれってことね」

「いや、日向にあいつの相手をしろとまでは言わねえよ。危険すぎる」

 黎は少し表情を緩めたが、すぐに真剣なまなざしに戻り私と向かい合った。白と黒の戦闘服に、太陽と月の石。こうして相まみえると、夢の守り人として戦おうという仲間のはずなのに、私たちは対照的だ。

「ただ、攻撃は最大の防御だ。できて損はない」

 尚武殿の中は、外界と隔離されているのかやけに静かだ。黎が静かに息を吐く音が聞こえた。

「ねえ、まさか、とりあえず実践から入ろうってわけじゃないでしょうね」

「そのまさかだ。何でもいい、向かってこい。手本を見せてやる」

 黎は、右の手のひらを上に向け、挑発するようにくいと曲げた。

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