7 二人の始まり
「襲われてたっていう女の人は?」
気付くと、コウゲツが私の隣にしゃがんでいた。いつの間にか変身を解いたようで、漆黒の戦闘服はワイシャツ姿に変わっていた。私も気づけばスウェット姿に戻っている。
「逃げれたと思う」
「そうか、ありがとう」
ぶっきらぼうな言い方だが、彼の表情は柔らかい。ただ、その顔は私以上に傷を負っていて痛ましい。
彼は軽く息を吸うと、こちらに向き直ってアスファルトに両手をついた。
「勝手に巻き込もうとして、すまなかった」
そう言うと、深く頭を下げた。化け物との戦いでぼろぼろのはずなのに、私を守ってくれたのに。確かにきっかけは石から聞こえた彼の声だったけれど、変身すると決めたのは私だ。
「顔、上げて。私だって、勝手なことしてごめんなさい」
彼の肩に手を置くと、彼は真っ黒な瞳を潤ませながらこちらを向いた。颯爽と現れた時の強気だった彼の面影はもうなかった。
「いや、日向には助けられた。日向がいなきゃ、あの女の人は助からなかった。……でも、これ以上は関わらなくていい」
彼の瞳からは今にも涙が零れ落ちそうだ。それを見られたくないのか、彼は顔を逸らすと、「じゃあな」と私の頭を雑に撫で、立ち上がった。
遠ざかるその背中を見て思う。私が現れるまで、もしかしたら彼はあの化け物を相手に孤独に戦ってきたのかもしれない。いくら逞しいとはいっても、その両腕で救える人の数は限られていたのだろう。目の前の命を諦めなければいけないことも、自分の命が危険に晒されることもあったかもしれない。
「ねえ、待って」
私は足を引きずる彼の背中に声を掛けた。
「名前、教えてよ。コウゲツ何っていうの?」
彼は、「え?」とこちらを振り返った。が、「もう会うことはないだろ」とまた歩き出そうとする。私は駆け寄ってその手を取った。
「名乗るほどの者ではないとでもかっこつけるつもり?」
私の言葉に、彼は小さく笑った。
「私だって少しは力になれるかもしれない。まだあなたみたいに戦えはしないけど。あの化け物は私のことも母のことも知ってるみたいだったし、こんなところで引けない」
私が真剣に言うと、彼は少し考えて「そうだな」と呟いた。
「確かに、日向にも色々知る権利があるよな」
彼が私をまっすぐに見つめる。その瞳はもう潤んではいなかったが、ぼろぼろの身体は私が手を握っていないと今にも倒れそうだった。私もコウゲツも、互いの手のひらに体重を預け、気力だけで立っている。
「俺は
「私は
私たちは右手を握り直して、握手をした。軽い気持ちで唱えたおまじないがこんなことになるなんて、思いもしなかった。でも何かが違えば、あの女性も、黎も私も無事ではなかったかもしれない。それなら、私の行動に悔いはない。この握手も、きっといつか誰かの命を救うきっかけになる。そんな気がする。
「でも色々聞くより、お互い手当てが先よね」
私は黎の肩を支えて言った。
「俺は一晩寝りゃ治る。日向の治療費は請求してくれたらいい。また石で連絡するよ」
黎は私を押しのけようとするが、疲労で腕に力が入らないらしい。
「力になるって言ったでしょう」
そう言うと、黎は前を向いたまま「ありがとう」と言った。いつの間にか空には夕日がゆらめき、カラスが鳴いていた。私たちは二人で、茜さす道を歩きだした。
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