6 月の戦士

 青年は、上下に漆黒の戦闘服を身に纏っている。化け物の着物の重苦しい黒とは違う、軽やかな黒色だ。風にひらひらとなびくたびに、その服は銀色にちらちらと輝いた。ノースリーブから伸びる二の腕は逞しい筋肉に覆われている。そして、腕には黒地に銀のふちのバングル、そして首にもお揃いのチョーカーをしていた。腰につけた銀のベルトの中央には、乳白色の石があしらわれている。その石は、闇夜に浮かぶ白い月のように見えた。


「来たか、香月こうげつ

 獏の化け物が青年を見上げ呟く。私はそこで初めて、彼がコウゲツなのだと気付いた。私は石と会話していたのではない。石を通して、彼と話していたんだ。

 コウゲツは、化け物が体勢を整える前に助走をつけて蹴りを浴びせた。その蹴りの軌道に、青い閃光が見えた。

「俺の蹴りで少しは目が覚めたか?」

 彼は化け物を見下ろしてそう言い放った。真ん中で分けた黒髪からのぞく漆黒の瞳がぎらついている。化け物は一瞬顔を歪めたが、「あくびが出そうな蹴りだな」と冷静に立ち上がった。二人の間に沈黙が流れる。互いに攻撃のタイミングを計っているようだった。


 コウゲツはその場に立ち尽くしていた私に視線を合わせた。そして、どいてろとでも言うように首を横に振った。私は慌ててその場を離れる。先に仕掛けたのは化け物だった。しかし、コウゲツはしゃがんでその横蹴りをかわすと化け物の左足を払った。


 化け物とコウゲツの戦闘は、熱を増していく。黒い戦闘服と、黒紋付、二つの黒い影が俊敏に駆け回り、辺りには青い閃光と紫の煙が飛び交っている。コウゲツが回し蹴りをしたかと思えば、化け物が黒紋付の袖を翻し妖術のようなもので反撃をする。動きが速すぎて、二人の動きをすべて追うことはできない。私がその中に入れば、きっとかえってコウゲツの邪魔になる。私は、石を握りしめ、コウゲツの勝利を願うしかなかった。


 少しずつ戦局が傾いているのが私にも見てとれた。余裕そうに見えていたコウゲツの表情が険しくなりつつある。

 それを化け物は見逃さなかった。コウゲツの一瞬の隙をつき、化け物が私に向かって袖を一振りする。しなやかな指の先から紫煙が放たれる。避けきれない。煙は細く鋭く濃縮され、刃となって私の左肩を掠めた。

「日向!」

 コウゲツが叫ぶ。化け物はビルの壁を駆け上がって逃げていく。私の肩からはたらりと血が垂れる。


 空には、路地裏の惨劇など知らない白い雲が呑気に浮かんでいた。

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