2 石に誘われて
「ヒナタの人間だよな?」
やっぱり、その声は確かに石から聞こえてくる。
「おい、聞こえてるか」
綺麗なオレンジ色の宝石には似合わない、生意気な物言いだ。私と同じくらいか、少し年下の男の子の声のように聞こえる。石に性別や年齢があるのかは分からないけれど。戸惑いながらも「誰?」と尋ねると、石はため息をついた。
「コウゲツだよ。呼んだだろ」
母が祖母から伝え聞いたというおまじないの言葉、コウゲツ。それが実はこの石の名前だということなのだろうか。
「ちょうどよかった。今から位置情報を送るから、向かってくれないか」
「ちょっと待ってよ」
石は一方的に喋ると押し黙ってしまった。
途方に暮れて石を眺めていると、ぼんやりとしていた光が一点に集中し始めた。その光の筋は、一直線に玄関の方を指している。石が言っていた位置情報とはこの事だろう。石が指す場所に、きっと人生を変える何かがある。私の直感がそう囁く。行ってみてもいいかもしれない。どうせデートだって無くなったのだから。たとえこれが、世界の理から外れた怪しい罠だったとしても。
私は光る石のネックレスをつけると、寝巻きのまま家を飛び出した。気づいたら体が動いていた。よれたTシャツにスウェット、つっかけという姿で走る私を見たら、大介はいつものように『思いつきで行動するなんて』と馬鹿にするかもしれない。大介なら、そもそも石におまじないをするなんて非現実的なことはしないだろう。
アパートを出て高架下を進んでいると、石の光が一層強くなってきた。石に導かれるままに、駅の南口側の路地に入る。北口や西口と違い、この辺りはシャッターを下ろした店があるばかりで、人影はほとんどない。
「日向、聞こえるか」
石が囁いた。私は少しためらって「うん」と答えた。
「昼の奴らはかなり厄介だ。気をつけろよ」
「……厄介? 気をつけるって?」
状況が呑み込めない。
「戦いに備えろって意味だ。姿変えとけ」
石が呆れたように言う。『戦い』という不穏な響きに思わず足が止まる。もしかしたら、私は恐ろしいことに自ら片足を突っ込んでしまったのかもしれない。新しくオープンしたカフェに好奇心で足を運ぶのとは、わけが違うのだ。頭の中の大介が『永理は考えなしに行動するからこうなるんだよ』と呆れている。さっきまでは希望のように感じられた石の光が、急に禍々しいものに思えてきて足がすくんだ。
「大丈夫か?」
石の声に、我に返った。
「……大丈夫じゃ、ない。戦うって何? 私をどこへ連れて行こうとしてるのよ。姿を変えるって、まさか変身させてヒーローにでもするつもり?」
堰を切ったように戸惑いが溢れ出して止まらない。いつだってこうだ。先月のデートではスイカプリン味のフラペチーノに挑戦してお腹を下したし、やっと内定を貰えた会社の研修の日は、迷子の母親を探していたら遅刻した。私はいつも考えなしに首を突っ込んではあとになって後悔する。
「こんなでたらめな石の言うこと聞いて、私なにしてんだろ」
石は何も言わない。もう帰ろう。誕生日に彼氏に振られて、ショックでおかしくなっちゃったんだ、私。きっと今頃、本当の私はベッドの上でおかしな夢にうなされている。
長い沈黙のあと、石が言った。
「……まさか、何も知らないのか? 石のことも、俺たちの家のことも、奴らのことも」
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