Chapter1 変身
1 煌めく太陽の石
何の予定もない、夏の土曜の昼下がり、私はベッドに寝転んで時間が過ぎるのを待っていた。蝉と電車、それから時計の秒針の音だけが聞こえている。こんなことならシフトを入れたらよかったとも思うけれど、そもそも希望休を出したのは私だ。突然鳴ったスマホの通知音に私は体を起こした。画面に表示されたメッセージを見てため息が出る。
―荷物は着払いで送って。
今日のために買った服が視界に入り、私はまたため息をついた。オフショルとフレアパンツのセットアップだ。デコルテと二の腕、それからおへその見える少し攻めたデザイン。胸元には小さなリボンがあしらわれているが、落ち着いたオフホワイトの生地のおかげか、全体は大人っぽくまとまっている。せっかく少し落とした体重も、挑戦したコーディネートも、デートがなくなっては意味がない。
―
店長からもメッセージが届く。大介と店長、両方に『承知しました』と返した。いやあいつもごめんね日向さん、と頭を掻く店長の姿が容易に想像できる。
遅めのお昼ごはんでも食べようかと立ち上がると、ローテーブルに置いていた小さな箱が目に入った。中には、太陽をそのまま閉じ込めたような色の宝石をあしらったネックレスが入っている。先週末に帰省した時、母がくれたものだ。やさしく箱から取り出し光に当てると、石は内からきらきらと輝いた。『形見みたいだからやめてよ』と言ったけど、母は私のキャリーケースの隙間に無理やり箱を押し込んできた。『永理が持ってた方がいい気がするから、お守りだと思って持ってて』と言って。
そういえば、小さい頃にも一度、母が見せてくれたことがあったっけ。『おひさまみたい』と言った私の手のひらに、母が石を乗せてくれて、それで――。
『これね、お母さんがおばあちゃんから受け継いだものなの。だから、いつか永理にあげるからね』
そのあと、母は何と言ったっけ。他にもっと大切なことを言った気がする。
『もしも、世の理に外れるようなどうしようもないことが起きたとき、この石におまじないの言葉をかけるといいんだって』
『おまじない?』
『そう、石を優しく握って……』
そうだ、おまじないの言葉は確か……。私は手のひらで石をそっと包み、小さく呟いた。
「コウゲツ」
その瞬間、宝石の輝きがぽっと増し、指の隙間から光が溢れ出した。光を反射するのではなく、まるで石が自発光しているように見える。別に、おまじないに縋るほど困り事があるわけではない。アルバイトだって生活はしていけているし、大介と別れたからってどうしようもなく悲しいわけでもない。その証拠に涙の一つも出てこない。ただ、このつまらない人生が何か変わる予感がしただけだ。私は微かな期待を込めて、今度ははっきりと「コウゲツ」と唱えた。
「ヒナタか?」
驚いたような男の子の声が聞こえた。石が、喋っている。
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