見つからないようにしないと。

 そんなふうに七美は言った。うんと肩に力が入った、いっそ可愛らしいくらいの力み方で。

 「お兄さんと章吾さんのこと、バレないようにしないと。」

 章吾はそこまで積極的になれないまま、ちょこちょこと動き回る七美を見ていた。

 そして自分のその無気力さを見ていた章吾は、ふと気がつくのだ。

 いっそバレてしまいたいのではないかと。

 七瀬はよく、発作的に章吾に縋った。

 もう何もかも話してしまおうと。

 夜中自暴自棄になる七瀬と向かい合ったことは、今でも章吾の記憶に新しい。

 話したところで誰が幸せになるわけでもない。

 それがいつもの章吾の主張で、そんなことはない、少なくとも自分たちは楽になれる、というのが七瀬の主張だった。

 いつだって話し合いは平行線で、力勝ちみたいに章吾の言い分が通ってきた。それは、多分、七瀬の言い分のほうが理にかなっていなかったとか、章吾の言い分の方が理にかなっていたとかいう訳ではなくて、もっと単純に、章吾よりも七瀬のほうが、失いたくないものが大きかったという、それだけの理由だ。

 「ななちゃん。」

 呼びかけると、七美はすぐに振り向いた。彼女の手元では、1つのマグカップに挿された二本の歯ブラシが、2つのマグカップに分離させられていた。

 「いつから俺と七瀬のことに気がついていてたの?」

 洗面台にマグカップを並べながら、七美は白い頬を密かに緩めた。

 「気がついたっていうか、聞いたんです。お兄ちゃんから。」

 聞いたんです、お兄ちゃんから。

 その言葉に、章吾は驚いて七美を凝視した。

 「……七瀬が?」

 「はい。」

 お兄ちゃん、嬉しそうだった、と、七美が呟く。

 「私はまだ高校生でしたけど、お兄ちゃんみたいな恋がしたいなって思ったんです。」

 今でもまだそんな恋はできていないけど、と、七美が笑う。

 それは明らかに、辛うじての笑顔だった。笑顔の奥に、涙の匂いがつんと漂っていた。

 「七瀬が、俺と付き合ってるって言ったの?」

 「章吾さんとは言ってなかったけど、恋人ができたって。私はすぐに、章吾さんって分かりました。」

 「……それは、どうして?」

 問い返せば、七美は笑った顔のまま涙をぽつりと落とした。

 「お兄ちゃんが、本当に嬉しそうだったから。……お兄ちゃんが好きな人は章吾さんって、ずっと分かってた。」

 ずっと。

 その単語に、章吾は目眩さえ覚える。

 だって、章吾と七瀬は幼馴染で、生まれたときからずっと一緒にいたのだ。そんな間柄で、ずっとなんていつからいつまでを指すか。思い浮かべただけで、気が遠くなりそうだった。






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