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部屋の片付けが全く進んでいないのに、章吾はぐったりと疲れてしまった。この部屋には、二人分の思い出がありすぎる。
二人分の洋服に二人分のマグカップ、二人分の歯ブラシに、七瀬しか使わないコンタクトの洗浄液。別にお揃いの物を買うなんてカップルらしいことをしたわけではない。暮らしていくうちにそうなっただけだ。それでも、二人暮らしの痕跡は確かだった。
取りあえず、男同士の性生活を彷彿とさせるものだけでも隠しておこう、と思ってみると、ゴムとローション以外は特にしまっておくべきものはなさそうだった。
こんなにあっさりと、七瀬と重ねた幾つもの夜の形跡が消えてしまうのは、冗談みたいに思われた。
もっとなにかあるはずだろう、と、章吾はいっそ苛立ちながら狭い部屋の中を見回す。
けれどもやはり、章吾と七瀬のセックスを示すものはなにもない。
あんなにも繋げ、探り、快楽を分け合った行為が、なにも残さずこの部屋から出て行ってしまう。
嘘だろ、と、章吾は呟く。
こんなにあっさり消えてしまうような行為なら、はじめから抱かなければよかった。
深くため息をつき、辛うじて感傷を抑え込み、次は七瀬の両親に見られたくないものの処理に移る。
始めに手に取ったのは、リビングの本棚に突っ込んであるクリアファイルだった。
中にはルーズリーフを千切ったメモがたくさん入っている。
七瀬が章吾に残したものだ。
章吾は普段、スマホを見ない。ラインすらめったに開けない。そんな章吾になにか伝言があるとき、七瀬はメモを使った。
それらのメモはいつも、目が覚めると章吾のスウェットの襟首に、クリップで止められていた。
内容はどれも簡単なものだ。
今日は帰りが遅いから飯当番ができない、ごめん。とか、バイト入れちゃったから4限の代返頼む、とか、今日は荷物が届くから7時から9時まで家にいてくれ、とか、そんな。
それでもそのメモを、章吾は捨てられなかった。スウェットから剥がした一枚一枚を、クリアファイルに突っ込んで本棚の隅に隠していた。七瀬は章吾がそんなことをしていると知りもしなかっただろう。
随分厚みを持ったクリアファイルを、通学用のリュックの中に押し込む。
なんで捨てられなかったんだろう、と思った。
七瀬が残して行った、走り書きのメモたち。
わざわざ保管しているような内容では、絶対にないのに。
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