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くしゃらせた布団の際に立ったまま、最後の喧嘩はいつだっただろうかと考えてみる。
些細な喧嘩はいくらでもした。家事の分担やら、代返の順番やら、買い物の仕方やら。
そんなのはもう数えきれなくて、いつだって折れるのは章吾の役目と決まっていた。もういいよ、と折れた章吾に、ごめん、と七瀬が詫びる。
そうやって不安定な二人暮らしをなんとか保ってきた。
では、最後に七瀬がリビングに籠城したのはいつだったのか、と問われると、章吾は答えに詰まる。
思い出せないからではない。きちんと思い出せすぎるほど出せるからだ。
あのとき、七瀬は怒りながら泣いていた。
サークルのコンパで、章吾が朝帰りをしたときのことだ。
連絡をしないでの朝帰りが、そもそもルール違反だった。おまけにその晩章吾はしたたか酔って、後輩の女の子とホテルに行っていた。
酔いすぎて勃たなかったので、なんとも微妙な空気になったのを今でも覚えている。
後輩の女の子は、章吾が誰か女と同棲していると思い込んでいたのだろう。シャツの襟足のところに、口紅の染みをつけていた。それで章吾と同棲相手がもめればいいと考えたらしい。
実際、章吾と同棲相手はもめた。その女の子の思惑が外れたのは、章吾の同棲相手が女ではなく男だったという一点だけだ。
朝帰りした章吾を玄関で腕組みして出迎えた七瀬は、二日酔いで三和土に蹲った章吾の襟首に、ピンク色の口紅の痕をすぐに見つけた。
「……そんなとこに、なんで口紅がつくわけ?」
七瀬が静かにそう言った。静かだが、怒りと悲しみが凝縮された声をしていた。
そんなとこ、というのがどこだかも分からないまま、章吾はなにがだよ、と喧嘩腰に返した。
七瀬にというよりは、この世の全てに腹が立つくらいの酷い二日酔いだったのである。
「ここだよ!」
七瀬が章吾の襟首を捻り上げる。大の男が本気の力を込めたのだ。章吾は喉を締め上げられて激しく咳き込み、その場に嘔吐した。
「なにすんだよ!」
「どこの女となにしてたわけ!?」
「サークルの飲み会だって言っただろ!」
「朝帰りになるのに連絡もしないで、こんなとこに口紅付けて、あんた、俺をどうしたいの!?」
そこまで言って、七瀬はわっと泣き崩れた。章吾の吐瀉物で汚れた狭い三和土に膝をつき、肩を震わせる。
「愛してくれなくてもいいよ。そんなの俺はもともと分かってる。でも、この仕打ちはないだろ……。」
愛、などと言う言葉がこの幼馴染の口から出るのを、章吾ははじめて聞いた。だからだろうか、なにも言葉を返せないまま、章吾はじっと蹲り、ただ七瀬が泣き止むのを待った。
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