二人暮らし

明日、七瀬の両親がこの部屋へやってきて、七瀬の遺品を持ち帰る。

 章吾は二人で暮らした部屋の中に呆然と立ち尽くしたまま、その時自分は何をしていればいいのだろうかと首をかしげる。

 また殴られるのかもな、と他人事みたいに思った。

 取りあえず、見られて困るものや持って行かれたくないものは、隠さなければならないだろう。

 始めに思い付くのはコンドームとローション。男二人暮らしの寝室に鎮座するダブルベッドも、怪しげな雰囲気を醸し出している気はしたが、いきなり処分できるわけもない。仕方がないので押し入れから布団を取り出し、リビングに敷いて寝床っぽく見えるように若干くしゃっとさせてみる。

 この布団を、喧嘩するたびにひっぱり出しては七瀬はリビングに籠城した。

 二人で暮らしだしてはじめての喧嘩の内容は、今でも覚えている。

 無理やりセックスしてくれても嬉しくない、と、七瀬が唐突に切れたのだ。

 暑い夏の盛りで、エアコンをつけていてもお互いの肌が汗でへばりつくような湿気が感じられた。

 七瀬の体内に性器を埋め、ふぅ、と一息ついたところだった章吾は、唖然として目の前の幼馴染の顔を覗き込んだ。

 「なに、どうした。」

 「どうしたじゃないよ。」

 「どうかしたから切れてんだろ。」

 「無理やりセックスしてくれたって嬉しくないよ。」

 「なんだ、無理やりって。」

 「だって、」

 「だって?」

 しばらく、お互いの荒い呼吸が聞こえるような沈黙があった。そして、ようやく七瀬が口を開く。

 「キス、してくれなくなった。」

 「は?」

 虚をつかれた章吾が間抜けな声を上げると、七瀬は章吾の身体の下からずるずると這いだし、ベッドから転げ落ちた。

 「いや、待てよ。」

 章吾は我に返って七瀬を追いかけようとしたのだが、七瀬の方が一足早くリビングへ駆け出していき、ドアを閉めた上にソファを引きずってバリケードまでこしらえた。

 「キスすればいいのかよ。」

 「無理やりしてもらっても嬉しくないって言ってるでしょ。」

 「めんどくせーなお前。」

 「知らないで一緒に暮らしてるわけ?」

 「知ってるけどな。」

 その晩、七瀬はバリケードを解かずに押し入れの布団で寝たらしかった。

 翌朝、章吾は力ずくでリビングのドアを開け、眠る幼馴染に口付けた。

 それから数日間、七瀬は非常に機嫌がよかった。

 まだ2人が大学一年生だった時、同居し始めて数日目の話だ。



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