2
最初に七瀬を抱いた日と、最後に七瀬を抱いた日を思い出す。
最初に七瀬を抱いたのは、二人がまだ中学生だったときだ。
あの日、はじめは健全にゲームをしていたのだ。七瀬の部屋で、二人並んでテレビに向かって。
章吾が七瀬の手首に傷を発見したのは、本当にたまたまだった。七瀬は明らかにその傷を章吾から隠そうと、夏だというのに長袖の服を着ていた。
その袖がずり下がってゲームのコントローラーに被さり、七瀬が鬱陶しそうにほんの僅かだけ袖を捲る。
「暑くねぇの? つーか邪魔だろ。」
そう言いながら章吾は、そのグレーのTシャツに手を伸ばし、勝手に肘の下まで捲り上げた。
あ、と、七瀬が慌てたように短い声を上げた。その手首には赤い傷が三本、くっきりと並行に並んで走っていた。
え、と、章吾も短い声を上げた。状況が理解できなかった。どこかにぶつけるなり、なにかのはずみで切れたなりしたにしては、傷跡はきれいに同間隔を開けて並んでいた。
なに、これ。
問うた章吾の声は不安定に揺れた。
なんでもない。
応じた七瀬の声は、もっと不安定に揺れていた。
「なんでもないはずないだろ。」
「なんでもないよ。」
「嘘つくな。」
「嘘じゃない。」
「じゃあなんでこんな事になってんだよ。」
「章吾には関係ないよ。」
お互いの軸がぶれたまま、そんな詮無い言い争いを、随分長い間続けた。
そしていきなり、堰を切ったように七瀬が言ったのだ。
「章吾が好き。」
言われた章吾は、どんなリアクションも取れなかった。唖然として目の前の幼馴染を凝視する。
七瀬はその視線に耐えかねるように深くうつむいた。長めに伸ばした髪が、白い頬を覆って七瀬の表情を隠す。
「……七瀬?」
彼の存在を確かめるように、慎重に章吾は幼馴染の名を呼んだ。
七瀬はうつむいたまま、ぐったりと首を左右に振った。
「……言うつもりなんてなかったけど、でも、俺……、」
どうしていいのか分からないまま、章吾は七瀬の左手を引寄せ、確かめるように傷跡をなぞった。
三本の傷跡はそれぞれ古さが違い、手のひらへ近づくほど新しくなっている。とくに一番下のそれは、今にも赤い血を滴り落としそうだった。
章吾、章吾、と泣くような、溺れるような声音で七瀬が章吾を呼ぶ。
章吾はどうしていいのか分からないまま、幼馴染の頭を胸へ抱き込んだ。
幼馴染の両腕はきつく章吾の背中に回され、涙を含んだ熱い吐息が章吾の胸にかかった。
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