第四話 依頼


 太陽に取り憑いた悪魔という突飛な発言の後に、クロミネは説明致しますと付け加えた。

「最初に述べた通り私は太陽を畏れています。ですが、それには理由があるのです」

「伺いましょう」

「わくわく」

 話を聞く体勢になったクシナとククリを見て、クロミネが語り始める。

「私がこうなった原因は近頃の太陽の動きと関連しているのです」

 聞いて、脳裏にククリが先刻言っていた太陽の黒点の特異現象の動画が思い起こされる。まさかのタイムリーな話題に嫌な悪寒を感じつつもクシナはクロミネの話に耳を傾けた。横のククリはクロミネの話を目を輝かせて聴き入っている。

「実はここ数ヶ月前から私の身体には異変が起きていました」

 クロミネが自分のシャツのボタンを外すと、露わになる首元。ついさっきまで皮膚まで闇色なんじゃないかと思っていたが、そこには肌色の皮膚が存在しており、けれど異様だった。皮膚の上には一筋の大きな傷跡。まるでバーナーで炙られた様な生々しい火傷の痕がクロミネの胸元辺りにまで広がっている。

「……これは?」

「誰かにつけられたモノではありません。ここ最近の太陽の異変と連動して私の傷が大きくなっているのです」

 言われてみれば、確かにクロミネの火傷は微かにだが脈打ち生きているかの様に彼の身体を侵食している様だった。

「……どういうことなんすか?」

 横で見ていたククリが神妙な表情でクロミネの顔を見た。

「分かりません。ただ私自身にもこの現象の原因は太陽と関わりがある事以外不明でして」

「でもどうして太陽が関係してるって分かったんすか?」

 ククリが続けて問いかけた。

「日中は外にいると全身を焼かれる様な痛みに襲われるのです。そうして太陽を避けていると痛みは弱まり、火傷の広がりも遅くなりました。私は日に日に大きくなるこの火傷を抑え込むためにこうして徹底的に太陽を避け、夜に活動しています」

 シャツのボタンを閉じて、クロミネは続けた。

「……信じ難い話でしょうが、もう私にはあなただけが頼りなのです。ですからどうか、太陽に取り憑いた悪魔を祓っていただけませんか?」

「太陽に取り憑いた悪魔ねぇ……」

 これまで幾つかの超常を解決してきたが、こんな話をクシナは聞いた事が無かった。確かに世の中には知られていないだけで効果のある〈呪い〉は実在しているものの、天体と連動するというのはクシナを持ってしても未知の〈呪い〉だった。

「引き受けていただけないでしょうか?」

 漆黒の男クロミネの表情はサングラスとマスクのせいで全く見えないが、声色からは必死さが滲んでいる。とは言え、あまりにも本質が見えてこない〈呪い〉に対して効果的な解決策を提示できるかと言うと微妙なところだ。

「そうですね……悪いっすけどちょっとウチじゃ扱えない案件かも知れませんね」

 すんませんねぇとクシナが立ちあがろうとすると、

「他に頼れる所が無いのです」

「うーん、そう言われてもなぁ……そもそもどうしてあたしの所に?」

 必要な人間だけが訪れる事が出来る結界があるものの、最初のクロミネの口ぶりはまるで誰かに紹介されてきたかの様だった。口伝での来訪──ましてや勝手に入り込んでいるなんて不可能なはずなのに。

「それは……〈九重サクラ〉という方から『ここへ行け。そこのヤツが何とかする』と言われたので」

「……は?」

「ですから〈九重サクラ〉さんからあなたのことを紹介されました」

「…………マジで?」

 クシナの問いにクロミネはこくりと首を縦に振る。

 その名を出されたとあってはこの依頼、断る訳にはいかなくなってしまった。通りでこの男が容易く入り込めたはずだ。

 くそ、あのババァ覚えてろよ。クロミネには見えないように苦い顔でクシナは胸中で毒を吐く。

「……分かりました。その依頼を受けましょう」

「本当ですか」

「ええ。ただし、条件があります」

「条件ですと?」

「はい。クロミネさんにはこの依頼が解決するまで、あたしの用意した部屋で生活してもらいます。勿論、必要な物は都度手配しますし、太陽も避けられる場所なんで安心して下さい」

「なるほど。そういうことでしたら構いません」

「ありがとうございます。そんじゃ早速向かいましょう」

「どちらに?」

「今から行くのはあたしん家です。準備とかあるんで付いてきてください」

「承知しました」

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