第三話 来訪

 事務所の入り口はガラスの引き戸の為、中の様子がしっかりと見える様になっている。というか丸見えだ。ククリが高い身長を活かして、クシナの頭越しに中を覗き込んでいた。

「クシナちゃん、なんか変な男の人がいるっす」

 こんな夜半にウチに乗り込んでくる様な人間だ。言われずとも変なヤツなのは分かりきっている。問題は中で何をしているかだ。

「なにしてる?」

「座ってるっすね。ソファに」

「それだけか!?」

「はいっす」

 強盗かと思ったが違うらしい。ウチに盗むような物も金も無いけど。だとしても、〈明かりなし蕎麦〉の様な怪談があるのに他所の事務所の電気を勝手に点けるなんて度胸のあるヤツだ。

「はぁ、もしかしたら依頼人かもしんねぇなぁ」

「お。やっと仕事っすね! 金になる仕事だといいなぁ」

 そんなやり取りの後、ソファに座る人物へ声を掛けに行き、男の正体は結局依頼人だと判明した。


 

 ◇



 男は上から下まで真っ黒なスーツに身を包んだ長身痩躯の男で、黒の中折れ帽を深く被り込んだ上にマスクまで着けているせいで表情すら全く確認出来ない格好をしていた。そんな異様な男がピッと背筋を正して事務所のソファに座り、クシナと対面していた。

「私は太陽が怖いのです」

 はじめに男はそう言って窓の外に目を向けた。外は陽が落ちてすっかり夜の色が広がっているので太陽のたの字も無い。

「……はあ、そうなんですか」

 突然そんなことを言われても何と答えていいのか分からない。何らかの精神的な病かといぶかるものの、それならここには来ずに精神科医に診てもらうべきだ。

 漆黒の男が懐からサングラスを取り出して装着する。黒い帽子に黒いマスクにサングラスで男の顔が漆黒そのものに成り果てていた。

 異常だ。と思いつつも、話を続ける。

「日光恐怖症というものがあるのは聞いた事がありますけど、お客サンのはソレですか?」

「いいえ違います。私の場合はたとえ夜でもこうしてサングラスをかけないと安心出来ないのです。微弱とは言え、月は太陽の光を宿しているので」

 言いながら黒いレンズ越しに目が合った。正直そこに本当に目があるのかすら疑わしいくらいだが。しかし、

「よく視えるっすねソレ」

 傍のククリが無礼な事を呟くのと同時、その後頭部を平手ではたく。ばし、といい音が鳴って「いたぁ!?」とククリが悲鳴を上げる。

「あははは……すいませんコイツ最近入ったバイトでして」

「気にしてませんよ」

 咄嗟に笑みを作って頭を下げる。男は平然としていて気にした様子は無かったのでひとまず安堵した。

 だが、新宿と言えど煙魔除災事務所がある場所は街頭すら乏しい暗い道だ。この夜の闇でサングラスを掛けて道を歩ける事自体が異質である事には違いない。

「なら良かった」

「ええ、まあ。ところであなたは?」

 男の視線がじろりとこちらを見た気がした。

「ああ、すんません。あたしはこの事務所の所長をしてる〈九重ここのえクシナ〉です。そんでこっちがバイトの九萬原空々理くまんばら くくりです」

「どもっす」ククリが小さく片手を挙げて挨拶する。

 その後に名刺を差し出すと、男の黒い両手の平が丁寧に受け取った。

「あなたがクシナさんですか。なるほど、確かに……」

 漆黒の男の視線がクシナの下から上へと動く。

「…………」

 あまり気分のいいものじゃないけど、こういう反応には慣れっこだ。

 クシナは自分の身体的特徴について、特に気にしたことはなかった。身長が低く童顔で胸が小さいこと以外は。隣にいるアルバイトの助手であるククリと比べると悲しい程にスタイルの差は歴然だ。

「あの」

 声を掛けると、男が「ああ」と顔を戻す。

「失礼しました。わたしは〈クロミネ〉といいます。よろしくお願いします」

 クロミネと名乗った漆黒の男が風貌に似つかわしく無い動作でぺこりと頭を下げ、黒革の手袋に覆われた手をクシナの前へと差し出した。

「どうも」

 差し出された手を握る。ひんやりとした感触だった。手袋のせいもあるだろうが体温が無いんじゃないかと思える程に。

 握手を終え、クシナは本題を切り出す。

「それで、ご依頼というのは?」

「はい」

 クロミネは前へと身を乗り出して、話す姿勢を作る。


「太陽に取り憑いた悪魔を祓って欲しいのです」

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