一章 陽を避ける男
第一話 黒点
「ふーっ」
元ラーメン屋だった事務所にはその名残であるカウンターがそのまま残っており、現在はクシナの喫煙スペースになっている。備え付けの椅子は高さがあり、クシナは素足をぷらぷらと揺らしながら煙草を味わっていた。
「ねークシナちゃん、ずっと暇だけどちゃんと給料出るんすよね?」
来客用のソファで背を伸ばすククリがうなり声混じりに聞いてきた。
「仕事があればなー」
煙と一緒に適当に返事を返す。仕事が無ければ金も無いのが当然の理屈で言い訳するつもりも無い。そもそも月に一度か二度程度しか依頼が舞い込まない様な底辺事務所なのだから、日の殆どはこうしてダラダラとしているのが煙魔除災事務所の通常営業スタイルだ。
「ていうか“所長”と呼べっつったろ」
「えぇ〜、給料貰えるか分かんないのにっすか?」
就活に失敗した大学生、
初日はちゃんと所長と呼んでいたのに、今では“クシナちゃん”にまで降格されている始末。
「それに小さくて可愛いし、クシナちゃんの方が似合ってるっすよ」
にししとククリが笑う。都度、訂正を促すがククリは気にも留めていない様子のため、結局ため息で返すしかない。ナリはともかく歳上なのにこの扱いだ。まぁ敬意が失われていくのは自分のせいでもあるのだが。
「あ。そーだ」不意に天井を見上げていたククリが何かを思いついてソファから上体を起こした。
「呼び込みとかしたら人来るっすかね?」
語尾を上げながらククリは隣に座ってきた。片手には光沢のあるブラックカラーのスマホを携えている。
「呼び込みねぇ」
一瞬、考えてはみるが、その提案ははっきり言ってあまり効果が無い。何故なら煙魔除災事務所を訪れるのは“必要”としている者だけだからだ。つい最近ではあるもののクシナが設けた〈結界〉のルール。結界がある限り同業者を除いて冷やかしの類いは辿り着けない様仕組みになっている。その辺の街頭に立ってビラを配ったところで誰の意識にも留まらないはずだ。
「そんな事したって誰も来ないっての。しかも街でチラシ配るなんてのは費用対効果が悪いし虚しいだけだぞ?」
「そんな事しないっすよ。SNSに軽く投稿してみるだけっす。わたしフォロワー多いっすから」
「あーあの高校生とかが踊ったり写真上げたりしてるヤツか」
露骨に苦い表情を浮かべているとククリが哀れなものを見る目で見つめてきた。
「友達……いなかったんすね」
「そりゃ〜こんな胡散臭い仕事してるとなぁ。って別にそれとこれとは関係ねーだろうが」
「ですよねー。そう言えばこの事務所もパソコン一台すら無いし。なんかそういう縛りでもしてるんすか?」
「……うっ!」
所内を一瞥したククリが呆れた様に言った一言はまさに図星だった。パソコンを置かないのは業務上、対面しなければ分からない事が多いのも理由としてあるが、結局はホームページやらメールやらについてあたしの知識が無さすぎるのが一番の理由だ。
ククリは思った事を口にしているだけなのか無関心そうな素振りでスマホにだけ視線を落として、すいすいと細い指先で画面を縦に流し続けていた。
……この際だ、ネットについて学ぶのも良い機会かもしれない。
「そんな勢いよく画面が動いてて良く見えるな」
「んーまぁ、見てないっすからね」
「はぁ? じゃあそれは何してるんだ」
「面白そうなものがないか探してるんす」
さっきは見てないと言ったくせにどう言う事だ? ネットというものが更に分からなくなってきた……。学ぶのはまた今度にしよう。
煙草を灰皿に押しつけてカウンターに顎を乗せていると、突然目の前にスマホの画面が現れた。
「クシナちゃん、これ見た事あります?」
「んん、なんだこれ」
眼前のスマホの画面では、灰色の球体状のモノの上にぽつぽつと黒い点が増えていく様子が映し出されていた。そして僅かにだが、じわじわと黒い部分が広がっていっている様に見えた。最初は何の映像か分からなかったが、次第にこれが太陽の黒点だと理解出来た。
「……でも、これがなんなんだ?」
何故これを見せてきたのか分からず、ククリに冷めた視線を返すと、彼女は再びススとスマホを操作した。
次に見せられたのは街中で全身を黒いローブに包んだ数人が新宿の駅前で地面に座り込む奇妙な映像だった。
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