5.エンドラフィ復活


ラクトハインから船に乗り、チェバイという国から、船を出してもらい、3人はエンドレイクのある大陸に辿り着いていた。


この大陸への船は出ていない為、何とか出してもらえたのだが、帰りはどうするかと言う事になる。


「この大陸は無人だと本に書いてあったけど・・・・・・」


馬に乗ったアイはどこまでも続く草原を見渡し、呟いた。


この大陸は広大な荒野が広がり、人の気配はなく、風が強く吹いていた。


パカラパカラと馬をゆっくりと走らせながら、大陸を見渡して行くが、人など見当たらない為、アイは溜息を吐く。


シンバと、シンバの背にしがみついて馬に乗っているジャスパーも、帰りの心配で、不安な表情をしている。


——参ったな、アイ達をどうやってエンジェライトへ帰そう。


——オイラはこの大陸に残るけど、アイ達はそういう訳にいかないからな。


——なにより、エンジェライトを大好きなアイは、早く帰りたいだろうし。


——まさか帰れなくなるなんてわかってたら、一緒に来なかっただろうし。


ふと、シンバは、空高く舞う大鷲を見上げる。


「・・・・・・ダイア王国の奴等が来てるみたいだ」


そう呟いたシンバに、アイは馬を止めて、


「何か言った? 風が強くて聞こえない」


と、シンバを見た。シンバも馬を止め、アイを見て、


「ダイア王国の連中がこの大陸に来てるみたいだって言ったんだ、多分、エンドレイクでオイラ達を待ち伏せしてるんだろ。でもこれでエンジェライトに帰れるな、アイツ等の乗って来た船を乗っ取ってやればいいんだ」


そう言った。


「なんで乗っ取るの? 一緒に乗せてってお願いすれば、乗せてくれるわよ」


と、アイは、そう言うが、ジャスパーは、乗せてくれなさそうと、苦笑い。


それに乗っ取る事もできなさそうと、ジャスパーは不安になるが、シンバとアイは、解決したとばかりに笑顔になる。


「子供はいいなぁ、不安や悩みがなくて」


そう呟くジャスパーに、何か言った?とアイが聞くが、ジャスパーは首を振って、何も、と、答えた後も深い溜息を吐いていた。


「子供だって、不安や悩みくらいあるよ」


と、シンバはジャスパーの独り言に呟き返した。


「それにしても、シンバって、何でもわかるのね」


「オイラ、風だけじゃなく、鳥の声も聴こえるから」


「ソレって、人がオシャベリしているように、聞こえるの?」


「まぁ、そんな感じかな」


「へぇ。いいなぁ、そしたら、アイ、ピッピとお話できるのになぁ」


アイはピッピを思い出し、少し泣きそうになるが、シンバが、


「ははは、そしたら、アイの事、ムカツクって言ってる声が聞こえちゃうね」


などと言い出すから、哀しみより、怒りの感情が上回る。


「はぁ!? 爽やかに笑いながら何言ってんのよ!? アイがピッピにムカつかれてるって言うの!?」


「はぁ!? 図々しくもムカつかれてないと思っているのか!?」


「図々しいのはアナタの方でしょ! 大体なんでムカつかれなきゃならないのよ!」


「オイラ、ムカツク事ばっかだもん、お前に」


「シンバとピッピは違うでしょー! それに、そんな事言うなら、アイだって、アナタにムカツク事ばかりよ! 例えば、その生意気な口! 呼び捨てにしないでって言ったでしょ、年下の癖に! だから年下って嫌なのよね!」


「まるで年上には好かれているかのような台詞だ、恐ろしいな、思い込み激しい奴は」


「思い込みじゃなくて好かれてるわよ! コーラルさんとかアスベストさんとか・・・・・・とかとかとか! あ! 後、ジャスパーさんも!」


ジャスパーは、ええ!?と、驚きながらも、コクコク頷く。


「仕方なく頷いてんじゃん」


と、シンバが言うから、ジャスパーは、余計な事を言うなと、シンバの背中に頭突きを食らわす。


シンバとアイの言い合いは、この後も続かせながら、馬をエンドレイクへ向けて走らせていた。


広大な大陸は、見渡す限り荒野が続き、エンドレイクまで、まだまだ遠い。


夜になり、焚き火を囲み、野宿。


最近、アイは、眠る直前まで、シンバと言い合いが続くので、泣かなくなっていた。


そして、アイは、シンバに文句を飛ばしながら、気付く。


エンジェライトを思い出し、しんみりした気持ちになった時、必ず、シンバが嫌な事を言って、アイを怒らせている事に。


「・・・・・・ねぇ、シンバ、もしかして——」


「なんだよ?」


「アナタ、態とアイを怒らせてる?」


「は? 意味わかんねぇし」


「怒らせて、アイが泣かないようにしてる?」


「・・・・・・バッカじゃねぇの! どこまで自分に都合よく頭がまわる訳!?」


大声で、そう吠えるシンバの顔は、焚き火のせいではなく、本当に耳まで真っ赤だ。


アイはそんなシンバにクスクス笑うから、


「何笑ってんだよ、感じ悪ぃんだよ! バーカッ!!!!」


と、拗ねたように、シンバはゴロンと横になると、背を向けた。


イビキを掻いて、とっくに寝ているジャスパーにも、今のシンバを見せてあげたいと、アイは思う。


シンバは、まだクスクス笑っているアイに、チッと舌打ち。


そして、ムクッと起き上がると、アイを睨みつけた。


アイは、そんなシンバにもクスクス笑いながら、


「ガキ」


などと言うので、カチンと来たシンバは、


「2歳の差だろ! ガキ扱いすんな! つーか、お前だって変わんねぇよ!!!!」


と、怒鳴る。


「そういう所がガキなのよね」


「ずっこいだろ、年の差はどうしようもない!」


「運命だと思いなさい、アイには敵わないのよ、シンバは」


そう言ったアイに、シンバは俯き、


「そうだな」


と、素直に頷くから、アイは笑いを止める。


「オイラ、敵わないと思う・・・・・・きっと・・・・・・未来も・・・・・・」


「え、未来?」


「うん、オイラ、アイより・・・・・・今も未来も・・・・・・体重重くないから」


「はぁ!?」


「流石、アイ! 体重は圧倒的に勝ってるね」


「はぁ!? 笑顔でなに勝手な事言ってんのよ! そんな重くないわよ!」


シンバは、どうかなぁと言いながら、アイを見て、あっかんべーと舌を出して、またゴロンと横になり、背を向ける。


そんなシンバの背に、枝を投げ、アイは立ち上がり、


「もういい!」


と、スタスタと歩き、遠く離れた場所に移動するから、シンバはムクッと起きて、


「おい、勝手にどこ行くんだよ!?」


と、アイの傍に行く。


「そんなに怒る事かよ!?」


プイッとそっぽを向くアイ。


体重は重かろうが、軽かろうが、女の子の地雷である。


「おい!」


顔を覗こうとするが、またプイッと横を向かれる。


「おいって! なんだよ、そんな怒らなくてもいいだろ、いつもの事じゃんか」


アイは振り向いてくれない。


「バーカ! いちいち本気で怒ってんなよ!」


アイは振り向いてくれない。


「おい、アイ!」


アイは振り向いてくれない。


「アイ」


振り向いてくれない。


「・・・・・・アイ姫」


振り向いてくれない。


「・・・・・・アイ様」


振り向いてくれない。


「・・・・・・アイさん」


振り向いてくれない。


「・・・・・・アイちゃん」


アイは振り向いた。そして、


「そうそう、そうやって可愛く呼べば、おねえさんはいつでも振り向いてあげるわよ」


そう言うから、シンバはムスッとして、


「ずっこいよ」


と、呟く。アイはクスクス笑い、シンバの頭をナデナデ。


やめろと、シンバはアイの手を弾き返して、逃げるから、アイはシンバを追い駆ける。


いつもこうして二人の掛け合いが続き、気が付いたら、二人揃って、疲れて寝てしまっているので、アイは泣いていない。


そして、この荒野に日が昇り、また日が暮れて、その繰り返しが続き、やっとエンドレイクに辿り着いた。


勿論、エンドレイク傍に船をとめたダイア王国連中は、とっくに辿り着いていた為、そこでキャンプ状態で過ごしていた。


それにしても、巨大湖と言われるエンドレイク。


波のない海と言った感じだ。


水門は大きな堤防の横にある扉の鍵で、その扉の中に入れば、水門となる堤防を動かす装置がある。


だが、その鍵は、今、パールの手の中。


「やっと現れたわね」


と、パールが、鍵を見せながら言うので、


「なんでパールちゃんが鍵を持ってるの? シンバ、失くしたんじゃないの!?」


と、アイがシンバに尋ねる。


「ひ、拾ってくれたんすね、きっと!」


と、ジャスパーが言うから、アイは笑いながら、


「元々ダイア王国が持っていた鍵なんだから、拾ったんじゃなくて、見つけたって事になるんじゃないかしら」


と、ニコニコ。


ジャスパーも、ポンッと手の平を叩き、そっかぁと、ニコニコ。


「そりゃ見つかって良かったね」


と、シンバも、ニコニコ。


パールは、こんな奴等を簡単に捕まえられない自分に悲しくなり、


「バカにしてるの、アイ姫?」


と、アイを睨みつけ、そう聞いた。だが、アイはきょとんとした表情で、


「え? バカに? してないよ、アイがバカにしてるのはシンバだけ」


と、シンバを見る。


「はぁ!? いつオイラをバカにしてたんだよ!?」


「いつも」


「いつも!? いつもオイラが、お前にバカにされるような事してるって言うのか!?」


「してるって言うより、顔がバカっぽいよ」


「顔!? お前だって人の事言える顔かよ!」


「アイは美人で有名よ!」


「オイラは美少年だ!」


「それ、自分で言ってて恥ずかしくない?」


「そのまんま、お前にその台詞返してやらぁ!!!!」


ダイアの騎士達に囲まれながら、余裕なのか、なんなのか、シンバとアイは、いつもの調子で、逆に、パールを始め、ダイア王国の連中の方が調子を狂わせてしまう。


ジャスパーは、二人の間に入り、まぁまぁまぁと落ち着かせている。


イライラとしながら、パールは、


「黙りなさい!!!!」


大声で叫び、何故か騎士達とジャスパーがビクッとするが、アイはきょとんとした顔でパールを見て、シンバはパールを睨む。


そして、シンバは、


「その鍵を返した時、オイラに構うなっつったろ」


そう言うが、パールはニヤリと笑い、


「アイ姫に手を出すなって?」


と、聞き返され、シンバは顔を赤くし、


「言うか普通!? そう言う事!?」


と、急に大声で慌てるような、怒ったような、そんな態度のシンバに、アイは、鍵って失くしたんじゃなくて、返したの?と、首を傾げる。


「水門、開けてあげようと思って」


パールがそう言うので、アイの顔はパァッと明るくなり、


「やっぱり最初からダイア王国に話せば良かったのよ、そしたらもっと早くに協力してくれたのに」


と、シンバに言うが、シンバは無表情で、パールを睨んだまま。


そんなシンバに、嬉しくないのかなとアイはまた首を傾げる。


「ダイアに伝わる歴史。湖底に沈んだ神の国エンドラフィの話は、今もダイアの王族の間で語り継がれているわ。風を操る不思議なチカラを持ち、魔法のようなチカラを開発し、神という存在がいたと言う事を——」


パールはそう言いながら、手の中の鍵を上に弾き飛ばし、パシッと掴み、また話す。


「ダイアで伝わる歴史以外では、御伽噺や神話となって、人間達に負けた神として伝えられているわね。どの道、この世界から消えた種族なのよね。でもね、本当にそんな種族いたのかしら? 確かに、迷いの森で生活をしている者達は、御伽噺や神話、それからダイアの歴史にも出てくる神と同じで緑の髪や瞳を持っているわ、アナタのようにね——」


と、シンバを見て、ふふふっと笑うと、パールはまた話し出す。


「ダイアの歴史と、御伽噺や神話で、共通している事はとてつもない財宝の話よね、それに魔法のようなチカラ。でもね、ダイアの歴史には、続きがあるの。嘗て、湖底の水を抜いた王がいるのよ、そして、その湖の底には、何もなかったと記されているの——」


黙っているシンバに変わり、アイが、


「間違いかもしれないわ!」


そう言うが、パールはクスクス笑い、


「間違い? 何の? いいわ、仮に王国があったとしましょう、でも湖の底に沈んだ王国なんて、只の遺跡。そして、財宝があったとしても、それはとっくにダイアが手に入れているんじゃないかしら? ダイアにも優秀な考古学者はいるのよ、昔からね——」


と、シンバとアイとジャスパーを見て、楽しそうに笑う。


「だからこそ、水門の鍵は、風の民ではなく、ダイアに伝わって来たのよ、そしてここはダイアの領域。わかるかしら? エンドラフィなんて、そんな国、真実ではなく、嘘でつくられた人間達への戒めに過ぎないって事。世の中に出ている御伽噺や神話が正しいって事よ。只、緑の髪や瞳の者達が気持ち悪くて、神として祀り上げたに過ぎない人間達の愚かな恐怖心よ!」


シンバが表情を変えず、黙って聞いてるので、アイは、どうしていいか、わからず、只、シンバの手をギュッと握り締めた。


急に手を握り締められ、シンバはビックリしてアイを見ると、


「アイはシンバを信じてる」


アイが隣で、願うように、そう囁いた。


「つまり、アナタ達は、ここまで無駄足だったって訳」


そう言いながら、パールは鍵を騎士の一人に渡し、水門を開けるよう指示。


「でもそれじゃあ、あんまり可哀想だから、水門を開けてあげようって言う訳。感謝して?」


勝ち誇るような顔で笑うパール。


「あぁ、それから、アイ姫、アナタは盗みを働いた罪人の逃亡を助けたとして、牢獄行きだから。昔、エンジェライト王が入っていた牢獄に入れてあげるわ、所詮、罪人の子なのよ、アナタも。精々、アナタを救う為、エンジェライト王が頑張るといいわ、今迄、築き上げたもの、全てを懸けてね——」


高らかに笑うパール。


今度はシンバが、ギュッとアイの手を握り締める。


アイがシンバを見ると、


「信じてて」


そう囁くので、アイは小さく頷いた。


ジャスパーは、シンバとアイの小さな並んだ背中を見つめる。


まだ13歳と15歳。


エンジェライト王ですら、旅立ったのは18歳。


夢が途中で終わりそうになる事はなかった。


苦悩の日々は同じだとしても、こんな終わり方はないだろうと、ジャスパーは悲しく思う。


今、大きな水門が、ゴゴゴゴゴゴッと地響きを鳴らしながら、開いていく。


水が、一気に川に流れ、溢れて、大洪水になり、数人の騎士達が、渦巻く水の中に飲み込まれ、だが、勢いを増し、湖の水は海へと流れていく。


数時間後、湖底に現れたのは、魚がビチビチと跳ねる地面——。


緑色のヌルヌルした地面と、水草と、ゴミのようなものだけ——。


溜息を吐くジャスパーに、パールは、


「おい、エンジェライトの使用人! お前のミスだったな、あの時、素直にダイアに従っていれば、アイ姫は牢獄行きにならずに済んだのに! お前の処刑も楽しみだ」


と、高笑う。その高笑いに雑じり、シンバがクッと喉を鳴らし、そして、空へ向けて、パール同様、高笑った。


パールは頭がおかしくなったのか?と、シンバを見ると、シンバもパールを見て、


「ありがとう、水を抜いてくれて。これから、オイラが見せてあげるよ、神の国エンドラフィを! ここにいる人間達、全てがエンドラフィ復活の時を目にする! 光栄に思うがいい」


そう言うと、願いが叶うまじないの言葉を口にした。


「ウィル・トア・アール・クルース・ミア・マルス・ドア」


そして、


「我の願いを叶えたまえ、風の神エンドラフィよ! 蘇えれ!!!!」


空に向かって、シンバが、そう叫ぶと、一瞬、シーンと静まり返ったが、直ぐに嵐のような風が巻き起こった。


だが、シンバがアイとジャスパーの前に立つと、その部分だけ、風が襲って来ない。


何人もの騎士達が飛ばされ、パールは必死で地面にしがみ付くように、身を低めている。


今度は、大地震が起こり、シンバはアイを引っ張り、湖から離れ、ジャスパーも二人の後を追い、パールも騎士達も大地震から逃れる為、その場から離れる。


湖底の地面が罅割れていく。


そして、地面が盛り上がり、何かが現れる!


それは大きな大きな鳥のような獣のような。


顔は獅子、背中には大きな翼、尾は天に長く伸びた剣のよう。


騎士達は、大きく口の開いた獣が、今にも動き出しそうで、化け物だと口々に叫ぶと、逃げ出すが、


「慌てるな! 只の石造だ!」


と、パールが吠え、騎士達は立ち止まる。


シンバはアイを引っ張り、その獣の口の中へと入って行く。勿論、ジャスパーも続く。


パールはそれを見逃さず、


「追うわよ!!!!」


と、その本物のような化け物の石造の中へと走り出す。


中は真っ暗だったが、人の気配か、何かに反応しているのだろうか、センサーのようなもので、灯りが点いていき、アイは魔法だと驚いている。


「こ、ここがエンドラフィっすか?」


ジャスパーが尋ね、コクンと頷くシンバ。


「で、でもさ、まるで洞窟だよ、無機質で、王国って感じじゃない」


ジャスパーが不安になり、そう言うが、


「きっと財宝を隠してある場所なんじゃない? それで地図とかあって、その地図こそが、本当のエンドラフィという王国の場所を示すとか!」


と、ウキウキしながらアイが言う。だが、


「いいや、ここがエンドラフィ。エンドラフィは地中の王国だから。オイラはエンドラフィの入り口を開けたに過ぎない」


シンバがそう言って、どんどん先へ進む。


道は分かれるが、シンバは風の民の間で伝わる唄を思い出しながら、迷いなく進んでいく。


パール達は、分かれ道になる度に、数人に分かれ、進んでいく為、人数が減って行くが、どんどんシンバ達に追いついている。


「ねぇ、シンバ、エンドラフィの入り口を開けたに過ぎないって、こんなに入り口が長く続くの?」


「多分、簡単に人間が入って来れないように」


「そんなに人間が知るといけないものがあるの?」


「実際はわからない、人間の間ではオイラ達が負けたとなってるんだろうけど、オイラ達の間では神自身が犠牲になり、この世を去ったってなってるだろ、後世に残す歴史って、大体自分に都合良く書かれてたりするし、だから、人間も神も、都合良く、言い伝えただけで、もしかしたら、本当に人間に負けたのかもしれないし、神が犠牲になったのかもしれないし、それ以外の違う事だったのかもしれないし」


「そっか、じゃあ、入り口を開く為に、おまじない唱えたでしょ? 他にもおまじないがあるの? それで次はどこかの扉でも開くの?」


「知らない。オイラが知っているおまじないはアレだけ。でも、言い伝えられた唄があるんだ。その通りに、今は進んでるけど——」


走りながら話す二人に、ジャスパーは息を切らせ、付いて行くのが必死。


そして、広い場所に出ると、また幾つかの分かれ道。


唄を口ずさみながら、迷わず進んでいくシンバ。


まだ走るの!?と、もう限界のジャスパー。


だが、そんなジャスパーも一気にテンションが上がる光景が広がる。


「す、すげぇ、金銀財宝!!!!」


山のように積まれた金貨と、金銀に光るオブジェの数々と、光り輝く宝石や剣や盾。


「こっちだ!」


と、その財宝の山を抜けて、更に走っていくシンバに、アイは付いて行くが、ジャスパーが、目を輝かせ財宝に魅入っている。


そんなジャスパーに、シンバは戻ってきて、


「オッサン!!!! こっちだって言ってんだろ!!!!」


と、叫んだ。


「あ、あぁ、え? あ、そっちに行けば更に凄い財宝が!?」


と、ジャスパーは目を輝かせながら走り出す。


そして、やっとシンバが足を止めた所は行き止まり。


「ここから先がエンドラフィの復活への一歩」


と、シンバは壁を見つめて、そう言った。


「・・・・・・そうなんだ、じゃあ、ここでまた、おまじないとか?」


そう聞いたアイを見る。


「オイラ、ここに人間と来なきゃいけなかったんだ。だから、ここまで一緒に来てくれる御主人様が必要だった。ここまで来て、ここでオイラの言う事を聞いてくれるなら、なんだってするからって思ってた。アイはオイラの御主人様じゃないけど・・・・・・オイラの願いを聞いてくれないかな? そしたら、あの金銀財宝、あげるから」


必死で、願うシンバに、アイは、


「いらないよ」


そう言うと、ニッコリ笑い、


「でも聞いてあげるよ、アイで出来る事なら」


そう言った。


シンバは、アイを見つめ、俯いて、そして、顔を上げ、


「ありがとう」


そう言うと、


右腕から風神を抜き、アイに渡す。


そして、左腕から風神を抜き、


「そこに小さな窪みがあるだろ? アイの血を入れてくれない? 本の数滴でいい。オイラはこっちの窪みに自分の血を入れるから」


そう言った。


「どうして血を!?」


と、驚くジャスパー。


「人間の血と風の民の血が必要なんだ。エンドラフィを復活させる時、それは人間と風の民が手を取り合い、助け合って行く時だからって・・・・・・そういう唄があるんだ。エンドラフィは、人間を信じるのか、それとも信じないまま、この世界を終わらせ、風を止めるのか、風の民に全てを託してるんだ。オイラはアイで良かったと思ってる。本当に最後の旅が、アイで良かったと——」


アイはジッとシンバを見つめる。


「金銀財宝目当てで、血をくれる御主人様と一緒に来ても、オイラ、きっと、この先で、世界を終わらせたと思う。でも今は終わらせたくない。アイの国も見てみたいし、アイみたいな人間も、もっと知ってみたい。人間にも知ってもらいたい、オイラ達の事! そんなに悪くないと思うんだ、人間も、オイラ達、風の民も——」


「うん」


と、アイはシンバの真剣な眼差しに、頷くと、剣で手の平をスッと斬った。


「あぁ! アイ姫! 人間の血が必要なら俺がやったのに!」


そう言ったジャスパーにアイは首を振った。


「アイの血は只の人間の血じゃないの、エンジェライトの血なの。エンドラフィ復活の為の血は、パパとママの最高の血をもらっているアイにしかできないわ!」


なんて誇り高い台詞を言うのだろうと、シンバは思い、王族である事を誇りに思っているんだなぁ、いや、エンジェライトの姫である事を誇りに思っているのかと、シンバも自分の手の平をスッと切ながら、エンジェライトへの興味が深まっていく。


二人の血が、一滴、二滴、石造りのような壁の窪みに入ると、只の石造りの壁に見えるのに、まるで血を分析しているかのように窪みから光が壁を走り出し、暫くすると、ゴゴゴゴゴッと音を鳴らしながら、目の前の壁が開いた。


そこには透明のガラスの中に入った沢山の人が眠っている。


それはもう部屋中に置かれた棺桶のように、びっしりと、眠っている人が並んでいる。


そして、皆、緑色の髪をしている。


「・・・・・・し、死体!?」


ジャスパーがそう言うが、


「眠っているんだ」


と、シンバは、その部屋の中央にある柱に向かい、そして、あのまじないの言葉を呟くと、柱が光り輝いた。


眩くて、魔法だと、目を瞑るアイとジャスパー。


そして、柱と、風の民が眠っている透明のガラスとを繋ぐ線が光だし、部屋中が明るくなり、シンバも眩しすぎて、目を閉じた。


あちこちで聞き慣れない電子音が鳴り、アイとジャスパーは、何かの呪文かと思う。


そして、ひんやりとした空気が辺りを漂い、真っ白な煙が床を覆いつくす。


暫くして、シンバが目を開けると、ガラスが開いていて、皆、起き上がり、シンバに跪いていた。


皆、一気に覚醒している。


一人の女性が、


「永き眠りから我等を目覚めさせた者、アナタこそ、我が一族の王」


そう言うと、また別の、今度は男性が、


「王のご帰還をお待ちしておりました、エンドラフィ復活に、心より感謝しております」


と、また別の人が、


「まずは邪魔な人間達を排除しますか? それとも、人間達を支配しますか?」


その台詞に、シンバの喉がゴクリと鳴った。


ヒィィッと、シンバの後ろに隠れるジャスパーと、シンバの横にいるアイ。


そんな所に、パールと数人の騎士達がやって来るから、


「人間の侵入者だ!」


と、騒ぎになる。


パールは緑の髪の者が部屋中にいる事に、一瞬、怯むが、


「恐れるな! 我等はダイアの騎士! 風の民など全滅してくれるわ!」


と、吠えると、騎士達がオーッと声を上げ、剣を振り上げる。


「やめてぇ」


と、アイが悲鳴のような声を上げるが、風の民は、皆、手に光り輝く剣のようなものを持ち、騎士達に向かって行く。


その光の剣は、鎧や盾を、焼き斬り、ビリビリと光輝いて、まるで稲妻のよう。


人数的には、圧倒的に風の民の方が多い。


アイは戦闘のど真ん中へ走っていく。


「アイ!」


シンバが叫ぶが、アイは振り向かない。


ジャスパーは、ヒィィッと頭を抱え座り込んでいる。


今、跪いてしまっているパールを狙う風の民を、アイは突き飛ばし、パールの前に手を広げて立ち、


「やめて! 折角、復活したのに、目覚めて一番最初にする事が戦いなの!?」


そう吠えた。人間の子供が邪魔だと、風の民が剣を更に振り上げ、アイは斬られると目を伏せるが、


「やめろ!!!!!」


シンバのその叫びに、皆、停止した。


ダイアの騎士達も、気付けば、パールが跪き、その目の前にアイがパールを守るように立っているので、動きを止める。


「ここに王が戻ってくる事を信じ、何百年も眠り続けて、いや、封印され、その時のままなのかもしれない。その時、こうして人間と争ったのかもしれない。人間を排除する計画もあったのかもしれない。でも、地上に生き残った僅かな風の民は、時間が経過してて、人間と風の民が仲良く手を取り合って生きていく唄を残してる。ねぇ、この部屋の扉を開けるのは、人間の血と風の民の血が必要だったんだよ、ここを封印した王は、望んでたんじゃないかな、オイラ達、風の民が、人と仲良く暮らしていく未来を——」


シーンと静まり返ったまま。


「知ってる? 風が走る空が綺麗な事。外に出て、天を見ようよ、人が見上げる天はとても綺麗だ。そして風が気持ちいいよ。こんな風も感じない所で耳を塞いで、何も聞こえないふりはやめよう。人の声も動物の声も草木の声も、聞いて、もっと綺麗な世界を創ろう」


そう言うと、シンバは少し俯き、


「オイラも、ずっと聞きたくない事ばかりだと耳を塞いで来たから——」


と、今度は顔を上げ、


「でも聞いて良かったって思える事もあるんだ、例え、10年に1度の奇跡でも、聞かないより、ずっといい。王国を1000年も伝えようとするなら、10年に1度の奇跡は、たくさんの奇跡だ」


と、アイを見た。


アイは、きょとんとした顔のまま、シンバを見ている。


「風の民だって、悪い奴もいれば、いい奴もいる。人間もそうさ、悪い奴もいれば、いい奴もいる。だろ?」


そう言ったシンバに、アイはコクンと頷くと、クルッと振り向き、パールに、


「帰ろ」


そう言った。


パールは眉間に皺を寄せたまま、フリーズしていて、そのままの顔でアイを見上げる。


「このまま戦っても負けちゃうよ? 人数も違うし、武器も違うし、何より、エンドラフィの王が、戦いを望んでない」


と、アイはシンバを見た。


パールもシンバを見る。


シンバはコクンと頷く。


パールは俯いて、力を失くしたように、ダランと肩を落とす。


「大丈夫よ、まだまだダイアの方が勝ってるって! だって起きたてだよ? 復活しきれてないって! それに知名度なさすぎ! 神話だよ? 架空だよ? しかも地中だよ? 地上ではダイアが一番でしょ!」


と、アイが、パールに耳打ちするが、みんなに聞こえている。


「今言うかな、そういう事、普通——」


と、シンバはムゥッとした顔で呟く。


パールはアイを見て、フッと笑うと、


「本当に変なお姫様ね、アイちゃんは」


なんて言うから、アイは、パールちゃんこそと、笑う。


それから、風の民達はシンバの言葉に従い、武器を仕舞った。


地中の王国は、空がないだけで、迷路のような複雑な道が続く町があり、そこには民家もあれば、店もあり、王の間では、その全てが管理されている柱があり、ボタンのようなもので、光り輝き、文字が壁に流れ出て、それはまるで魔法のようだった。


地中なのに、光もあれば、闇にもなり、空気も常に清浄されて、気温も常に一定で、不思議な場所だけど、快適に暮らせそう。


でも、草も木も動物達もいなくて、鳥が飛んでいく空を見れないのは悲しいとアイは思った。


「本当に何もいらないのか?」


ダイア王国の船で、エンジェライトまで送ってもらえる事となったアイとジャスパーを見送る為、シンバは海岸に来ていた。


「アイ姫、もらっときましょうって! 金貨一枚でもいいから!」


ジャスパーがそう言って、アイの変わりに手を出すが、アイはその手をパシンッと叩く。


「無駄遣いしない方がいいわ、これから国をちゃんと動かすには資金が必要よ」


「無駄遣いって、要らぬ心配だと思うけどなぁ、あんなに財宝があるんだから」


と、ジャスパーは口を尖らせて、呟く。


「頑張ってね、シンバ」


「お前も」


「バイバイ」


「・・・・・・またな」


そう言ったシンバに、アイは、振った手を止める。シンバは、


「エンジェライトに行くよ、今度はアイの国をオイラに見せて」


と、笑顔で言うので、アイも笑顔で、


「うん、待ってるから、絶対に来てね! ピッピの事も紹介してあげるわ」


と、頷いた。


それから数週間後、アイもジャスパーも、無事にエンジェライトに着き、エンジェライト王には、ダイア王国に来ていたサーカスを見に行き、その後、あちこちの港町で遊び、ネフェリーン王に会って、お金を借りたと話したら、アイは2週間の謹慎処分で部屋から出るなと言われ、ジャスパーは1ヶ月のトイレ掃除と風呂掃除を一人でやるという処分を受けた。


ダイア王国では、パールがどのように女王陛下に話をしたのか、わからないが、特に変わったニュースは流れず、一週間の時が流れた——。


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