4.怖いもの知らず
港から少し離れた人気のない場所にある小屋の前に、大男が二人立っている。
建物の影に隠れて、その様子を見ているシンバとジャスパー。
「なぁ、本当にダイア王国がアイツ等と繋がってるって言うのか?」
「あぁ」
「嘘だろ?」
「信じてくれなくてもいいよ、慣れてるし」
「慣れるなよ、そんな事! 俺が言えた事じゃないけど!」
そう言ったジャスパーを、チラッと見て、シンバは、
「アイを助けたいって気持ちだけでいいんじゃないの、別にオイラを信じる必要はない」
そう言った。
「俺だって別にお前を全く信じてない訳じゃねぇ!! ガキの頃、全く信じてなかった奴が言ってた事は全部真実だったって事もあるからな!! それにアイ姫がお前を信じるなら、俺も信じなきゃならないんだよ!! 何がなんでも信じなきゃなんねーの!!」
「なんだそりゃ」
「でもさ、お前が言ってる事が本当なら、どうして戦わなかったんだよ、何も言わないで、只、ボーっと突っ立ってただろ、アイツ等が現れた時にさ!」
「・・・・・・アイと本当にバイバイした方がいいかなって思ったから」
「そりゃアイ姫は意地悪で厳しいけどさぁ」
「そうじゃない。アイといると苦しくなるんだ。自分が嫌いになる。アイを利用してるんだって、金が必要だから一緒にいるんだって、そんな自分が悲しくなる。だって、アイは・・・・・・アイは優しい。その優しさに潰されそうで、苦しいんだ」
と、シンバは、背負っている弓と矢を手に持ち、構える。
「お、おい、こんな所から狙うのか? 遠いぞ? 無理があるだろ」
「大丈夫」
と、二本の矢を同時に弓にセットして、狙いを定めた時、小屋のドアが開き、中からダイア王国の騎士の鎧を着た男が出てきた。
シンバは弓を下におろし、風の流れの中、耳を澄ませる。
『お前等、少しやりすぎじゃないのか』
『だってあのガキ、噛み付きやがったんですよ!』
『忘れるなよ、アレは只のガキではなく、エンジェライトの姫だと言う事を』
『でも、お宅の姫からは殺さない程度にとも言われてますが?』
『殺さなければいいと言うものではない』
「おい、アレ、ダイア王国の騎士じゃないのか! しかも胸にメダルみたいなのが付いてる! と言う事は騎士隊長だ、て事は、お前の言った通りか!?」
と、シンバの耳元で、ジャスパーが喋るから、風に乗って来る遠くの声が聴こえなくなり、シンバはジャスパーを睨む。
「な、なんだよ!?」
「邪魔しないでほしい」
「邪魔なんてしてないだろう!」
「多分・・・・・・オッサンは邪魔してないつもりでも、周りは邪魔だと思ってると思う」
そのシンバの発言に、ええええ!?と、ジャスパーは驚き、そんな事ないと首を振りながらも、もしかしてそうなのか!? あの時もあの時もあの時も!?と、悲しくなる。
「ていうか、誰がオッサンだ!?」
怒り所はそこかよと、シンバはまたジャスパーを睨む。
そして、弓を構え、矢の狙いを定める。
ヒュンヒュンッと風を斬る音が鳴り、矢は強面の男二人の足と肩に入り、跪いた。
騎士隊長は、矢に射抜かれた男二人の間で、矢が飛んできた方を見る。
勿論、そこには、隠れもせず、シンバが立っている。
シンバの緑色の髪は遠くからでも、よくわかる。
そして、シンバの後ろでウロウロしているのはジャスパー。
「くっそぉ、あのガキ!」
と、強面の男二人は、矢を体から引き抜き、血が滲む場所を手で押さえ、シンバを睨むが、
「あのガキの後ろにいるのはエンジェライトの者だ。悪いが、ワタシはお前等の敵にならせてもらうよ」
と、騎士隊長はそう言うと、剣を出し、男二人の首を跳ねた。
驚いたのは、ジャスパー。
遠くからでも、その光景はよくわかる。
今、男二人の首が地面に転がった——。
「な、なんだ!? 仲間割れか!?」
と、ジャスパーは言うが、シンバは風に流れてくる会話を耳にしているので、それが仲間割れではなく、騎士隊長独断で駒を弾いたに過ぎないと知っている。
シンバは小屋に向かって歩き出し、ジャスパーも、覚悟を決め、腰の小さなナイフを手に持ち、シンバの後に続く。そして、ダイアの騎士隊長の目の前で足を止める。
「ワタシの方が敵地に辿り着くのが早かったようだ」
と、騎士隊長が言うので、ジャスパーは、そうかと、
「なんだ、やっぱりお前の勘違いで、ダイア王国はアイ姫を守ろうとしてくれてんじゃないか。って、だとしたら、お前が敵か!?」
と、シンバを見るが、シンバは黙っている。
黙っているから、ジャスパーはわからなくて、どっちが真実なのか、混乱する。
「アイは気絶してるだけか? ちゃんと無事なんだろうな」
シンバは騎士隊長に尋ね、
「何故、気絶してると?」
と、尋ね返されるが、シンバはまた無言。
「おい、ちゃんと話せ! 黙ってたら疑われたままなんだぞ!」
と、ジャスパーが言うが、
「何を言っても誰もオイラを信じない」
シンバにそう言われ、ジャスパーは何て言っていいか、わからず、でも、
「でも話さなければ、何もわからないだろ!」
そう叱るように怒鳴る。
すると、シンバは、
「オイラは神の力を持つ風の民。流れる風を操り、遠くで話している人の言葉を運んでこれる、全て、オイラは見通せる、人の心まで——」
そう言いながら、ババ様の話を思い出していた。
『風を操れる事など、絶対に誰にも話してはいけない。そんな力がある事に、人は恐れる。人は理解できない事を恐怖にする。恐怖で人を支配する事が神ではない。だから、エンドラフィは人間達の歴史から消え、神話や伝説となった。人間の世界でエンドラフィを復活させるのならば、力を捨て、人間として生きる事だ』
——でもババ様、何を話したって、誰も信じてくれないよ。
——それに力を捨てても、人間としてなんて、生きれない。
——人とは異色のカラーを持ったオイラ達は、人に受け入れてもらえない。
——どんなに人と同じでも、少し違うだけで、人は人として見てくれない。
『このまま我等、風の民がいなくなれば、風が止まるだろう。そうなったら、この世も終わってしまう、どうか、人間達の為に、エンドラフィをもう一度復活させ、王として、王子、アナタが、エンドラフィを動かすのです』
——わからないよ、ババ様。
——オイラはどうして人間の為に、こんな想いしなきゃならないの?
『神の子の宿命。神は崇められるものではない。人の為に身を捨てる生贄。そして神は全てを見通すだけの者——』
——どんな酷い事をされても、只、見ているだけなんて。
——人間の為に、悪しき風も聖なる風も、留まらせぬよう、流し続けるだけなんて。
——こんな世界、終わったっていいじゃないか。
この10年、シンバは、ババ様の言葉を胸に、ずっと自問自答し続けてきた。
葛藤の日々、只、只管、答えはなく、エンドラフィ復活の為だけを思うようにしていた。
だが、今、シンバは思っている。
誰も信じてくれなくてもいい、世界が終わってもいい、傷付いても構わない。
アイを助けられるならば!
人の心まで見通せるだと!?と、騎士隊長は笑い出し、だが、真っ直ぐなシンバの瞳を、キッと睨みつけると、
「本当に神気取りのようだな! 罪人の癖に! 今直ぐ始末してやろうか!」
そう叫び、ソードを抜いた。その気迫に、ジャスパーはヒィィッと怯え、シンバは両手に剣を構え、騎士隊長と剣を交える。
カキンカキンと鳴り響く音に、小屋の中にいた男達が出てきて、これはどちらの味方に付けばいいのかと、困りながらも、一応、手に武器を持って構えている。
ジャスパーはここまで来たが、やっぱり怖いと、少し離れて、シンバの戦いを見る。
「こ、怖くないのかな、アイツ・・・・・・」
怖くない訳はないだろう、まだ13歳の男の子だ。
それが、大男に囲まれ、更に今、戦っている相手は騎士の隊長を勤める男。
だが、怖いものなんて知らないと言う感じのシンバに、ジャスパーは、遠くに避難している自分が情けなくなる。
「い、いや、違う! 俺は怖い訳じゃないぞ! 只、誰が本当の敵か、わからないから!」
と、言い訳を口にし、そして、今の内にと、男達の目を盗み、小屋の裏にまわり、窓から侵入し、ロープで縛り上げられ気絶しているアイ姫を背負い、小屋から脱出!
そして、逃げようとするが、ふと、シンバがアイ姫を優しいと言った事を思い出す。
「そうなんだよな・・・・・・アイ姫はキツイとか性格悪いとか言われてるけど、本当は優しくて愛情深くて、野鳥一匹、逃がせないんだよな・・・・・・そういうの、わかる奴、少ないけど、アイツは本当のアイ姫をわかってるんだな・・・・・・」
そう呟き、逃げるのをやめて、小屋の影から、どうなっているのか、覗いてみると、強面の連中は、いつの間にか、いなくなり、シンバと騎士隊長だけが戦っている。
恐らく、強面の連中は、どっちの味方についていいか、わからず、とりあえず逃げておけと無難な選択を選んだのだろう。
だが、このまま騎士隊長と戦い、勝敗がつけば、厄介だ。
シンバが勝っても、ダイア王国の怒りを更に買うだろう、騎士隊長が勝っても、アイ姫を更に悲しませる。
ジャスパーは、よしっと決意すると、
「アイ姫は無事ですよぉ!」
そう叫んで、二人の前に出た。シンバと騎士隊長は剣を交えたまま、動きを止め、アイを背負っているジャスパーを見る。
「アイ姫が無事である事をパール姫に知らせなくていいんですか、騎士隊長さん!」
「え? あ、あぁ」
と、ジャスパーの暢気な口調に、騎士隊長は拍子抜けし、とりあえず、頷いた。
「ほらほら、二人共、アイ姫が無事だったんだから、剣を仕舞って仕舞って!」
ジャスパーは更にそう言って、暢気さを見せる。
「し、しかし、この者は盗みを働き、逃走中ですから——」
「嫌だなぁ、騎士隊長さん、聞いてないんっすか? 盗んだものはパール姫にさっき返してましたよ? ほらほら、急いでパール姫の所に戻った方がいいっすよ」
と、笑顔でジャスパーがそう言うので、騎士隊長は、仕方なく、剣を仕舞う。
相手が剣を仕舞ったので、シンバも剣を仕舞う。
「では、アイ姫とアナタを、エンジェライトまで送り届ける為、共にパール姫の所へ戻りましょうか」
騎士隊長がそう言うが、ジャスパーは首を振り、
「俺達はもう大丈夫っすから! どうも有難う御座いました」
と、ペコリと頭を下げると、アイを背負ったまま、一目散に逃げるように、行ってしまう。
唖然とするシンバと騎士隊長。
だが、シンバは直ぐにハッとして、ジャスパーを追いかける。その背に、
「おい」
と、騎士隊長が呼び、シンバは振り向いた。
「いいのか? あのエンジェライトの阿呆が判断ミスしたせいで、これから先、アイ姫の身に何が起こっても。このままダイアがお前を逃がす訳がない事くらい、わかるだろう? 共に追われる身になり、逃亡し続けるのか、それとも、今、アイ姫を我等ダイアに救助させるべきか。どちらがアイ姫の為になると思う?」
「・・・・・・」
「アイ姫をダイア王国に引き渡せ。そうすれば、追われるのは、お前だけになる」
「・・・・・・怖いもの知らずだね」
「何!?」
「アンタ等の手に負える相手じゃない、アイは」
そう言うと、シンバは鼻を擦りながら、へへへっと笑い、
「女王陛下に伝えなよ、エンジェライトに手を差し出してもらえている内が花だってね。手を引かれ、更に手に負えなくなる前に、手を掴んだ方が利口だよってね」
そう言った。騎士隊長はグギギギギッと音が鳴る程、歯を噛み締め、物凄い形相で、
「ダイアがエンジェライトの下になるとでも言うのかッ!」
そう叫んだ。シンバはフッと笑い、
「あぁ、もうすぐね」
と、まるで、未来を見透かしているかのように頷く。
「ふざけるなッ! エンジェライトは金もない、小さな国だぞ! どんなに同盟国が増えても、そう簡単に世界統一などできるものかッ! 理想や夢だけでは、金も人も動かない! 子供にはわからんだろうが、現実は厳しいんだッ! エンジェライトがダイアに平伏し、ダイアの名で、世界統一が行われ、エンジェライトはダイアの支配下になり、ダイアが1000年王国の支配者となるだろう! それだけの金も人も、ダイアにはある! そして我等ダイア騎士隊が、世界で最も強い騎士として名を残すのだ!」
「それこそ理想や夢で終わるよ」
「なんだとぉ!? 貴様、エンジェライトの民でもない癖に、そこまでエンジェライトに肩入れするとは、どういう事だ!?」
「エンジェライトに肩入れしてる訳じゃない、オイラはエンドラフィのチカラを知っているだけ——」
「どういう意味だ!?」
「もし、エンドラフィの最大の敵が現れるとしたら、それはダイアじゃないって事さ」
「・・・・・・」
「多分、それはエンジェライト。エンドラフィが脅威に思う国はエンジェライトだ。ダイアなど眼中にない」
「貴様ぁぁぁぁぁ!!!! エンドラフィなど、それこそ夢の話だぁぁぁぁぁ!!!!!」
「そうかな? なら、手出ししないで黙って見てなよ、オイラの事を——」
騎士隊長は下唇を噛み締め、シンバを睨みつける。
シンバは大人びた勝ち誇った表情を向け、そして、あっかんべーっと舌を出し、子供みたいな顔をした後、ジャスパーを追い駆ける。
騎士隊長がどんなに悔しそうな顔をしていたか、アイに話してやろうと思ったが、アイが目覚めた時、
「あの悪い顔した人達はシンバの仲間じゃなかったんだね、やっぱりパールちゃんの勘違いだったんだわ」
そう言ったので、勘違いと言う事にしようと、シンバも頷いた。
「もうダイアの騎士達は追って来ないわね」
「それはどうかな。作戦考え直して、出直して来んじゃないの、だって、オイラ、罪人みたいだし」
「そっか、鍵を盗んじゃったんだもんね、その鍵、アイにも見せて?」
「・・・・・・失くしちゃった」
本当は、アイに手を出すなと、ダイア王国に返したのだが、そんな事、口が裂けても言えないと、シンバは、そう言って、ヘラヘラと笑って答えた。
「失くしたですって!? どうするのよ! 水門が開かないじゃないの!」
「でも鍵を見たら、結構、簡単な作りの鍵だから、針金で開けれちゃったりして」
「なんでそんな泥棒みたいな技を持ってる訳!?」
「そりゃ、オイラ、泥棒もして来たし」
「そんなだからダイア王国の騎士に追われちゃうんでしょ!」
「うん、そうなんだよな」
「はぁ!? 認める訳!? ジャスパーさん、コイツ、本当に悪い奴かも!」
そう言ったアイに、ジャスパーは頷きながら、
「まぁ、人間っつーのは、悪い奴しかいないっすからね、その中でもちょびっとだけ、いい所もあるっつーだけで」
などと言い出す。
シンバは、少し驚いて、ジャスパーを見た。
——それって、オイラを人間って言ってるのかな。
——人間なのかな、オイラ・・・・・・。
化け物扱いが慣れすぎていて、自分が人間であると言われただけで、嬉しくなるシンバ。
「まぁ、オッサンもさ、邪魔とか言っちゃったけど、実は役に立つよな! アイを先に助け出してたしさ!」
と、シンバはジャスパーを褒める。
「そっちこそ、あの騎士隊長と遣り合って、割りと優勢な戦いぶりだったよな!」
と、ジャスパーもシンバを褒める。
アイはさっきから、二人の間で何か叫んでいるが、二人共、アイを無視して、褒め合い続けているので、
「このアイの言う事を聞かないなんて・・・・・・どうなるか、わかってるのかしら」
そう呟くと、突然、馬に飛び乗り、
「ラクトハインまで先に行くわ」
と、馬を走らせた。
ええええ!?と、シンバとジャスパーはお互い見合い、残った一頭の馬を見る。
「オイラ、オッサンとは乗りたくない」
「同感だ、俺もアイ姫と乗るつもりだったのに」
「つーか、なんで、姫の癖して、馬を軽快に走らせられる訳!?」
「小さい頃、タイガ王子に、馬にも乗れない癖にと言われ、乗馬の練習を朝から晩まで続けたんっすよね、今ではタイガ王子より、馬の扱いはうまいっすから」
と、ジャスパーが説明している間に、馬に跨るシンバ。そして、馬の手綱を叩き、
「オッサン、頑張って」
と、シンバはニヤッと笑い、馬に乗って行ってしまった。
嘘でしょー!?と、ジャスパーはドタバタ走り出す——。
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