3.狙われた姫君
「プリンセスドレスとエンジェライトのスーツが質屋で売られていた?」
ダイア王国の女王陛下が怖い声を出し、騎士達を睨んで聞き返す。
「ハイ、やはり風の民の逃亡を手伝ったのはエンジェライトの者だと思います、早速エンジェライトへ連絡を入れたいと思っています」
「待ちなさい、今のエンジェライトは油断ならない。もしかしたら、あの若き王が、エンドラフィの復活を企んでいるのかも」
「ならば、どうして姫君が? 来るならば、王か、王子、または騎士である男なのでは?」
「その発言は女をなめているのですか?」
「滅相も御座いません!!!!」
と、騎士は深く頭を下げ、一歩、下がった。
「水門の鍵を盗んだと言う子供、緑の髪に瞳とは、まるで風の民だ。まさか迷いの森から抜け出したと言うのか・・・・・・? そうならば、いつ抜け出したのでしょう・・・・・・?」
と、独り言で呟いた後、騎士達を睨み、
「迷いの森への警備はどうなっていたのです!?」
女王陛下はヒステリックな声を上げた。
「は、はい、ちゃんと交代で毎日、見張りは続いております、表向きは迷って出られなくなるので、誰も入らないようにとの事で!」
「ならば、風の民達の毎日の点呼はどうなっていますか?」
「・・・・・・」
「どうなっているのかと聞いているでしょうが!」
黙っている騎士に、女王陛下はパシンッと扇を閉じて、怒鳴り、騎士全員がビクッと体を縮こまらせた。
「・・・・・・ここ十年程、怠っております」
「十年も!?」
「しかし、風の民は年々、数が減り、わざわざ毎日、人数の確認をする必要があるとは思えません」
「その言い訳が通用する状況ですか!?」
そう言われ、騎士は黙ってしまう。
「最後に点呼を行った書類を出してきて、今直ぐに、誰か点呼に向かいなさい、名前を呼ばれても見当たらないとなれば、その者が、森から抜け出した、あの子供でしょう」
女王陛下のお言葉に、ハイッと、敬礼しながら、返事をすると、数人の騎士達が、点呼をとりに向かう。
「名前など、わかった所で、直ぐに捕まえられる問題ではないでしょうけど」
と、女王陛下は呟き、溜息。そして——、
「・・・・・・まぁ良い。子供一人、どうにでもなる。どうせ行き場所はエンドレイクとわかっているのだから、先回りし、捕まえるのです。エンジェライトの者は、捕まえてから事情を聞き出し、処分をどうするか決めましょう」
「待って下さい、女王陛下」
と、現れたのは、ダイア第一王女の娘、パール。
つまり、女王陛下の孫娘。
「エンジェライトがリーフェルを襲撃したという誤解が解け、リーフェルはエンジェライトと同盟を決めるようです。リーフェルのような、もう終わったも同然の国から賛同されても、エンジェライトの負担になるだけでしょう。ですが、リーフェルが万が一にも復活をし、それを手伝ったのがエンジェライトであると、世間に知れたら、エンジェライトは他国にも誠意を尽くす国だと広まり、まだエンジェライトと同盟を結んでない国も、同盟を結ぶでしょう。もし全ての国がエンジェライトと同盟を結べば、ダイアは、エンジェライトの支配下で、同盟を結ばなければなりません。我が国だけ、いつまでも同盟を結ばずと言う訳にはいきませんでしょう、そんな事をすれば、ダイアの民達も、世界から外れたと不安になり、移住してしまう恐れもありますから——」
「・・・・・・確かに」
と、女王陛下はパールの話に頷く。
「ここは風の民などよりもエンジェライトの姫に狙いを定めてはいかかでしょう」
「エンジェライトの姫に?」
「ええ、所詮、風の民とは言え、エンドレイクの底の城など迷信。ダイアの歴史にも記されていますが、水門の鍵を使い、水を抜いた湖底には何もなかったと——」
「それでも恐れるのは、ダイアの歴史上、エンドラフィに攻め入り、生け捕った者達を捕らえたと言う事。そして、その緑の髪と瞳を持つ神とも謳われた者達が実際に存在するのですよ、もう何百年も、ダイアはその者達を森へ閉じ込めているのです」
「もし言い伝え通り、その神とも言われた人種である者が、実際に水を抜いて神の国が現れたとしても、今更、只の遺跡でしょう。それよりも、今、エンジェライトをうまく潰しておかなければ、後に、ダイア王国が小さき国となってしまいます。しかし、潰すとは言え、エンジェライトを支持する国も多い為、敵になるのは利口とは言えませんでしょう、だから、エンジェライトの一番の味方と思わせるのです、我々ダイア王国が——」
「一番の味方?」
「はい、緑色の不気味な奴を悪人に仕立て上げ、姫を救い、いつでもエンジェライトの事を見守っていると思わせるのです、ですが、他国は、姫一人、守りぬけないエンジェライトの支配下では、同盟を結んでも不安でしょう、ダイア王国の支配下で同盟を結べば、世界中の国と民を守っていけるとアピールもできます。風の民は一目見て、あの緑色に、誰もが不気味がり、善人には見えません、それに我々ダイア王国の者が悪人と言えば、善人でも悪人になりましょう」
「面白い、なかなかの案です、だが、風の民とエンジェライトの姫が共に行動をとっているのだから、エンジェライトの姫は風の民と心を通わせたとしたら、その姫が善人と言えば、風の民は善になるでしょう、エンジェライト王は、この女王陛下より我が娘の言葉を聞き、信じるでしょうからね」
「だから、風の民の味方をこちらで作り、姫を傷付けるのです。殺さない程度に——」
「風の民の味方を作る?」
「風の民の名前がわかれば、その名を呼び、恰も、風の民の仲間であると言う悪い連中を現れさせ、姫に暴行。そこで現れる正義はダイアの者——」
「成る程」
と、女王陛下は悪い顔でニヤリと笑うと、
「では、風の民から、エンジェライトの姫を救うのです! 指揮官はパール!」
そう言った。騎士達は綺麗に整列し、頭を下げ、その中央にいる隊長が、
「御意」
と、呟き、
「お任せ下さい」
と、パールも頭を下げた——。
その頃——。
「信じられない小鳥を食べるなんて」
そう言いながら、串刺しにされた小鳥の丸焼きをムシャムシャ頬張るアイ。
焚き火で、羽毛を毟って、肉を捌かれた小鳥が焼かれている。
「結構うまいっすね、アイ姫! これならピッピはさぞかし美味いだろうなぁ」
と、ジャスパーが言うので、アイはジャスパーを殴り飛ばす。
「ピッピって?」
シンバが尋ねると、
「木から落ちた野鳥の子なの、ママが手当てしてくれて、今は元気。ピッピは緑の羽毛が綺麗なのよ、とても! アイの友達なの」
と、もぐもぐしながらアイは話す。
「——鳥が友達?」
「うん、友達。シンバはいないの?」
と、聞いた後で、いないかと、アイは苦笑い。
シンバも黙りこくってしまう。
「でも夜なのに、野鳥を矢で射る事ができるなんて、びっくりしましたよね、アイ姫」
ジャスパーが感心しながら言うと、
「風の声が聴こえるから、闇でも何がどこにいるとか、わかるんだ」
と、シンバ。ジャスパーはフゥンと頷きながら、大口開けて鳥を食らう。
「弓と矢は誰かに教わったの?」
アイがそう聞くと、シンバは首を傾げ、
「森を出る前に、多分、民の誰かが狩りをしてたのを見て知ってたんだと思う。あそこは自給自足の生活だから。でも1歳、2歳の頃の記憶は、普通に薄れてて、よくはわからない。自分で狩りを始めたのは、森を出て直ぐだから3歳だな」
と、焚き火に枝を投げながら言った。
シンバが、枝を投げる時に、袖口からチラッと剣が見えて、
「その腕の中に隠してある剣の事、聞いてもいい?」
と、アイの質問が続く。
「あぁ、これは風の民の王族の間で代々伝わってきた秘剣、風神」
「フウジン?」
「風の神と書いて風神。元は普通の長い剣だけど、昔、半分に折れてしまったらしく、それをオイラが、短剣として使ってる」
「だから、鍔もないし、持つ所は布でぐるぐるに巻かれてるのね」
「あぁ、でも相当昔の剣なのに、輝きを失わずに錆もせず、それが折れてしまったのは、オイラが短剣として使う為だったのだろうって、ババ様が言うんだ。オイラ、元々、両利きで、背もちっこいからさ、長い剣より、短い方が装備しやすいから」
と、シンバは食べ終わると、火に砂をかけて、消し始め、
「出発する。今から歩いていけば、エクハウト王国に明け方には着くだろう、そこからエクハウトの港町へ行き、船に乗る」
そう言った。驚いたジャスパーは立ち上がり、
「なんでわざわざ遠くの港町ヘ!? ダイアエリアにも港はあるのに!? 明け方近くまで歩き続けるって言うの!? 夜の暗い道を!?」
そう叫んだ。シンバは夜空を見上げ、
「ダイアエリアは、どの町も、ダイアの騎士達が警備しているようだ、まずはダイアエリアから抜けた方がいい」
風の声が聴こえるのだろうか、そう言った。
「ソレはアンタ様の都合っすよねぇ!? 俺達は——!」
「黙って、ジャスパーさん」
「だってアイ姫! 俺達、ホント、帰らないとヤバイって! 本当にエンドレイクに行くなら、アイ姫じゃなく、王様か、タイガ王子か、もしくはコーラル王子か、スノーフレーク王に任せた方がいいっすよ、その中の誰かなら、俺達よりも、この少年の事を無事にエンドレイクに送り届けてくれる確立高いっすしね!」
「・・・・・・アイはその中の誰よりも、王族として相応しくないから?」
「えぇ!? そんな事は言ってませんよぉ」
「アイだって、おにいちゃんと同じで、エンジェライトの血を受け継いでるんだから!」
「アイ姫・・・・・・」
「パパはおにいちゃんばっかりが王に相応しいと思ってる! だからアイはエンジェライトにいらないんでしょ、だからスノーフレークにあげちゃうんでしょ!」
悲しい台詞を叫ぶアイ。
「そんな事、絶対にないっすよ・・・・・・いらないなんて、王様は思ってないよ・・・・・・アイ姫が生まれた時も、タイガ王子が生まれた時同様、大喜びだったよ、例え、アイ姫が男の子でも、何れスノーフレークを継ぐ為に学ばせたよ、だって、しょうがない、エンジェライトの第一王子はタイガ様だから。それは絶対にどうしようもない事。アイ姫だってわかってるよね? 自分に資格がない訳じゃない、決められた運命なんだって事!」
ジャスパーにそう言われ、アイは黙ったまま、俯く。
「だから、ここはとりあえず、エンジェライトに帰り、この少年の事を、王様に話せば、全てうまくいきますから——」
「・・・・・・嫌」
「へ?」
「嫌って言ったの!」
「アイ姫?」
「エンドレイクにはアイが行きます! もし本当にエンドラフィが湖底にあるのだとしたら、大発見! 興味深いし、最高の論文を残せそうだもの」
「あのね、アイ姫はプリンセスであって、学者じゃないんっすよ!」
「当たり前じゃないの、こんな美しい学者がいるもんですか! アイはプリンセスよ、どっからどう見ても!」
今は町娘の格好をしているので、どっからどう見ても姫には見えないと、シンバはプッと笑ってしまうが、そんなシンバに構っている場合じゃないらしく、ジャスパーは必死でアイを説得し、アイは応じず、二人は話し続けている。
「それに船に乗って、ずーっと行くだけだわ、危険じゃないもの、大丈夫よ」
「そういう問題ではなくて! 大体、船に乗ってりゃ着くって場所じゃないっすよ!」
「そんな事、わかってるわよ、アイの頭には世界地図が入ってんのよ!」
「だったら、すごーく、すごくすごくすごく! 遠いってわかってての発言っすか!?」
「勿論」
「馬もないんっすよ、俺達!」
「そうね」
「それに一番の問題点は、ダイア王国の騎士達に追われているって事っす!」
「そんなの逃げればいいじゃないの、捕まったら、戦えばいいし」
「この少年が盗みをしたから追われてるんすよね!? なのに、こっちが戦ったら、俺達、悪者になっちゃうでしょうが!」
「だから、ダイア王国が悪いんだってば! 風の民を閉じ込めてるのよ、迷いの森に! きっとエンドラフィの復活を望んでないのよ、復活されたらダイア王国の地位が下がるもの。なんて言ったって、最大国エンドラフィ、神の国なんだから」
「その話、どこまで本当か、わからないじゃないっすか、それに王様に怒られますよ!」
「それは帰ってから考えるわ、アイが怒られない言い訳を!」
「ちょっ! 俺はどうするんっすか! クビですよ!」
「大丈夫、アイがクビにさせないから! パパはアイの言う事、スノーフレークの王女にならないって言う以外なら、なんでも聞いてくれるから! ていうか、黙ってアイの言う通りにしてればいいのよ、ジャスパーさんは! うまくいくから!」
「絶対にうまくいきやしないし、俺達は騎士じゃないから戦えないし、もうお終いだ」
と、ジャスパーはその場にペタンと座り込み、頭を抱える。
「さ、行きましょ」
と、アイはシンバを見る。
シンバは、船に乗る金さえくれりゃ、別に一緒に来てくれなくてもいいんだけどなと思いながら、アイに頷いて、歩き出す。
アイもシンバに続いて行ってしまうので、ジャスパーは立ち上がり、急いで追いかけた。
アイはヒールじゃなくなったから歩きやすいと思ったが、やはり、何時間も歩いていれば、靴擦れで足が痛くなり、いつもなら寝ている時間だから、体も相当、辛くなって来ている。
それでも弱音を吐かず、足を引き摺りながら、歩いているアイ。
こんな時こそ、ワガママを見せればいいものを、絶対に歩いてみせると前へ前へと進むアイを見て、気の強いお姫様だなと、シンバは思う。
そして、数時間後、まだ夜も明けてないが、
「もうここはエクハウトエリアね、そこに小さな町があるわ、暗くて見えないけど」
アイは少し呼吸を乱しながら、そう言った。
まるで風の声を聴こえているかのように、自分がいる場所をピタリと当てる。
本当に頭の中に世界地図が入っているんだなと、シンバはアイに感心する。
「・・・・・・でもあの町に用はない。港町まで歩くけど——」
そう言ったシンバに、アイは下唇を噛み締める。
「アイ姫、少し休みましょう、疲れました」
そう言ったジャスパーに、
「いえ、港町まで歩くわ!」
と、鼻息荒く、アイは歩き出す。
「こんな旅、二度としないと思っていたのに」
と、ジャスパーはぼやきながら、ふらふらになって歩く。
「・・・・・・負けたくない、負けない、負けやしない、負けはない、負けるもんか」
ぶつぶつと、そう言いながら歩くアイに、
「何かのまじない?」
と、振り向いて、シンバが尋ねた。
「違うわ、アイ、負けるの嫌なの、だから、苦しい時は自分に言い聞かせるの、負けないって!」
「・・・・・・ウィル・トア・アール・クルース・ミア・マルス・ドア」
「何?」
「風の民の間で伝わるお話、その呪文を唱えると、風の神様が現れて、どんな願いでも叶えてくれる。でも、エンドラフィが湖底に沈み、風の神様は王国と共に永い眠りに入ったまま。だからこの呪文は、只のコトバのおまじないになった。『あなたの願いがいつか叶いますように——』って、そういう意味」
「・・・・・・そうなんだ、もう一度言って?」
「ウィル・トア・アール・クルース・ミア・マルス・ドア」
と、シンバが呪文を口にすると、アイも、呪文を口にした。
いつかじゃなくて、今直ぐ、願いを叶えてくれと、ジャスパーは、休みたい休みたいと口の中で呪文のように繰り返す。
シンバとアイは何度も何度も呪文を口にしながら、歩き続けた。
そして明け方には、エクハウト王国に辿り着き、そして、朝日が温かく感じる頃、やっとエクハウトの港町に辿り着けた。
「まずは船のチケットを買おう、休むのは船の中で」
そう言ってシンバはアイを見るので、アイは、ハイハイと頷き、
「ジャスパーさん、チケット買って来て。とりあえず、ザムタの港町まで。客船だから、ザムタの港町まで、数週間かかるわよね、ザムタ迄はのんびり旅行の客船しか出てないもの。着いたら、また歩いて、ラクトハインの港町に出て、また船に乗らなきゃ」
そう言った。ジャスパーはヘイヘイとポケットに手を入れて、そして、フリーズし、顔を青冷めさせる。
「どうしたの? ジャスパーさん?」
「・・・・・・財布・・・・・・エンジェライトのスーツのズボンの中っす・・・・・・」
「えぇ!?」
「す、すいません、すいません、すいません」
と、土下座状態で謝り続けるジャスパー。
「なんだ、お前等、金なしなのか。なら、オイラはお前等に用はない」
と、シンバは、プイッとそっぽを向いて、どこかへ行こうとするが、アイが謝罪を続けるジャスパーに、
「仕方ないわよ」
と、笑顔で言うので、シンバは足を止める。
——そこは怒らないのか?
——なんで?
——金目当てって、あからさまな態度のオイラの事も、怒らないのか?
——なんで?
疑問の答えがわからなくて、シンバの足は、アイの所へ戻っていた。
「何? お金ないわよ?」
と、シンバを睨むアイ。
「——忘れてた。金、お前のドレスを売ったのがある」
と、シンバはニッコリ笑って見せる。
「そう。それが最後のお金になるわ、シンバに全額あげる」
「は?」
「足りないでしょうけど、それしかないから」
「一緒に行かねぇの?」
「行かないんじゃなくて、行けないの。3人だと、結構、お金かかるけど、シンバ一人なら、なんとかエンドレイクへ辿り着けるだけの金額にならない? とは言っても、あのドレスは、そんな高額じゃないわね。兎も角、ソレ、シンバを買ったお金って事で」
と、溜息のアイ。
「・・・・・・お前は、どうすんだよ、無一文ならエンジェライトへ帰れないだろ」
「アイとジャスパーさんなら、なんとかなるわよ」
と、笑顔を見せるアイに、ジャスパーは、なんともならないと涙を流し、蹲る。
「じゃあ、有り難くもらっとく」
「ええ」
「バイバイ!」
「さよなら」
「本当に行っちゃうぞ!」
「行きなさいよ」
「・・・・・・行くからな! 本当にバイバイだぞ! いいのか!?」
「もしかしてアイ達を心配してるの?」
「そ、そんなんじゃねぇよ!」
「意外と優しいのね」
「そんなんじゃねぇって言ってるだろ!」
「でもアイ達の心配なんてしてる場合じゃないでしょ、シンバには、やらなければならない事があるんだから! 10年も頑張って来たんでしょ! 後少しなんでしょ!」
そう言って、アイは、笑顔で、バイバイと手を振る。
——オイラの話、信じて、そんな事言うのか?
——ドレス売られて、ここまで歩かされて、その頑張りは無駄になってもいいのか?
——自分の頑張りを無駄にして、オイラの頑張りを優先に認めるのか?
——なんで?
——なんで? オイラ、そんなお前見てると、自分が嫌になる。
——なんで?
わからないと、シンバはアイを見つめるが、アイは、優しく手を振ってやってんのに、何ガン飛ばしてんだコノヤロウと思い、睨み返す。
「嬢ちゃん、金がほしいのかい?」
と、見知らぬ商人らしい男が声をかけて来た。
「どうだろう、この見た事もない色の珍しい異人さんを売られては? 亜人として売れば、相当な額で売れるよ、なんなら、買ってあげるよ」
と、男はシンバを見る。そして、
「お腹もすいてるんじゃないのかい? お嬢ちゃん」
と、パンを出して見せる。ゴクリと喉を鳴らすアイ。
「この少年を売れば、腹いっぱい食べられるさ」
そう言った男の手に持たれているパンをジィーっと見つめるアイ。
シンバはフッと笑い、
「売れよ」
そう言った。アイはシンバを見る。
「その方がいい。お前はエンジェライトへ帰れ。思ったより使えないし、お前の相手すんのも疲れるしさ。調度良かった。ほら、この金も返すよ! こんなはした金で、どうしようもないし。これで本当にバイバイ」
と、アイの手に、ドレスの金を渡し、手を振るシンバ。
アイは金をギュッと握り締める。
「お嬢ちゃん、金貨20枚でどうだい?」
商人は、そう言いながら、シンバの手に錠を嵌めようとしている。
今、シンバは口の中で、願いが叶う呪文を唱えている。
——無事にエンドレイクに行けますように。
——エンドレイクまで連れて行ってくれる人に会えますように。
ここで、遠回りはしたくないシンバ。
ダイア王国の騎士に追われているのだ、一刻も早くエンドレイクに辿り着きたい。
その為には、そこまで行ってくれる人に仕えたい。
今、働いて金を稼いでいる時間はないのだから。
もう耐える時期ではない、進む時期が来たのだから。
——エンドラフィが復活しますように。
呪文を唱えながら、手に錠が嵌められるのを目を閉じて待つシンバ。
だが、アイが突然、持っている金をシンバに突っ返し、商人の持っている錠を弾き飛ばし、
「勝手に話を進めないで! 言う事を聞くのは、アイではなく、シンバ、アナタの方!」
そう言い放ち、
「アイは知っています、金で買えないもの、売れないものがある事を。それを手放せば、本当に何もなくなってしまう事を!」
と、口調が王族の者の喋りになった。
そして、商人の男に、
「この者は売り物ではありません、アイの大事な友達です」
そう言った。男は、
「友達!? お嬢ちゃん、冗談はやめなさいよ、こんな気色の悪い色の子供と友達なんて、笑っちゃうよ。どうせ、お嬢ちゃんもどこかで買ったか、もらったか、だろ?」
と、笑いながら言う。
「気色の悪い子供? それは髪と瞳が緑だから?」
「そりゃそうだろう、緑の髪や瞳の人間なんて見た事がない、こりゃ、化け物だよ、人間に化けそこなった化け物。一緒にいると、お嬢ちゃんの綺麗な銀色の髪まで緑色になっちゃうよ。早く売った方がいい」
「アイの、この銀色の髪や白い肌の事を、まるで雪のようだと人は言います。綺麗な髪、綺麗な肌、そう言われても、見た目通りの冷たい雪のような女だと言われる事も度々。だから、そういう嫌な事を言う人がいるのは、仕方がないので、アナタがシンバの髪や瞳を見て、化け物だと言う事を責めたりはしません、人はそれぞれ思う事が違いますから。アイはシンバの緑色の髪も瞳も可愛らしいと思うのです。自由に空を飛び、風を操る、まるでピッピのよう。もし、アイがシンバと同じ色の髪になれるなら、光栄です」
真っ直ぐに男を見据え、そう言ったアイ。
男は、ピッピが何かわからず、だがそれを聞くのも面倒だし、変な娘だと、しぶしぶ、その場から立ち去った。
——オイラの髪や瞳が可愛らしい?
——オイラと同じ色になれたら光栄?
——なんで?
アイは去っていく男の背に、
「フン! ムカツク商人だわ! お金で何でも手に入ると思ったら大間違いよ!」
と、イーッと歯を見せて、言う。
「・・・・・・オイラを金で買った奴の台詞か?」
「ていうか、アナタが高額で売れる訳ないでしょ、パンも買えないわよ」
「どういう意味だよ!?」
「アナタなんて、アイに比べたら一銭の価値もないって事よ、只、緑の髪と瞳ってだけだもの、性格超悪いし、背も低いし、ムカツクし!」
「はぁ!?・・・・・・てか、お前だって一銭の価値もねぇよ!」
「アイはエンジェライトの姫なのよ!」
「・・・・・・いいのか、お前、そのエンジェライトへ帰るチャンスだったんだぞ、黙ってオイラを売っておけば、帰れたのに——」
「アイが行くのはエンドレイク。エンジェライトは、エンドラフィが復活した後に帰るの」
「金、これしかないぞ」
シンバは突っ返された金を、アイに見せると、そうなのよねと、アイもジャスパー同様、頭を抱えだす。
「やっぱりシンバ、アナタ一人で——」
「エンジェライトへ帰れないなら、一緒に行くしかないだろ!」
と、シンバは金をギュッと握り締め、
「しょうがねぇな! チケット3人分買って、すっからかんになるか!」
そう言うと、ニカッと笑う。そんなシンバをドーンッと突き飛ばし、
「邪魔! どいて!」
と、突然、アイは、遠くを見る。
今、とてもいい感じに話が進む所だったんじゃないのかと、シンバは頭を掻きながら、振り向いて、アイが見ている方向を見ると、アイが突然、駆け出したので、
「お、おい、どこ行くんだよ」
と、シンバは追いかける。
ジャスパーは疲れ果て、しゃがみ込んでしまったから、その場から、なかなか動けなくて、しくしく泣いている。
「伯父さん!」
アイは突然、そう叫び、王冠を頭に乗せ、側近をたくさん連れた男の前に躍り出た。
一瞬、男は、ドレス姿じゃない為、アイが誰かわからなかったようだが、直ぐに、
「アイちゃん!」
と、叫んだ。
誰だろう?と、シンバは、途中で立ち尽くしていると、
「ネフェリーンの王様・・・・・・うちのお妃様のお兄さんだ」
と、ヨロヨロしながら来たジャスパーが言う。
「アイちゃん、どうしたの、その格好!」
「え? ええっと、流行ってるの、エンジェライトで!」
「エンジェライトで?」
「うん、ほら、ジャスパーさんも」
と、少し遠くで座り込んでしまっているジャスパーを指差すアイ。
「ほ、本当だ、どうして、そんな格好がエンジェライトで流行ってるんだい?」
「理由なんてない。流行とはそういうものよ」
と、アイは苦笑いしながら言う。首を傾げながらも頷くネフェリーン王。そして、
「エンジェライト王はどこだい?」
などと聞かれ、アイは、またも苦笑いしながら、
「おにいちゃんと一緒に来たの、パパやママには内緒で!」
と、嘘に思われないよう、素早く答える。
「タイガと? で、タイガはどこに?」
「あ、えっと、向こうで買い物中。で、アイも欲しいものがあるの、でも、お金足りなくて、だから、お金、貸してほしいの」
「欲しいもの? いいよ、買ってあげるよ、どこの店にあるんだい?」
「い、いいの、いいの、自分で買いたいから! お金だけほしいの!」
またも首を傾げるネフェリーン王。
とりあえず、このまま話を続けるのは無理があると判断したアイは、話題を変えてみる事にし、
「伯父さんはどうしてここに?」
と、笑顔で聞いてみる。
「あぁ、エクハウト王国は我妻の国。もうすぐ子が生まれるからね、ちょっと妻の様子を見に来たんだ。妻はネフェリーンではなく、安心して生みたいからと、出産は、この国でと、決めている事だから」
「わぁ、お妃様は3人目を生むのね! 今度は姫かしら?」
「そうだなぁ、姫がいいんだが、またも王子かもしれないなぁ」
と、嬉しそうな顔のネフェリーン王。
「後どのくらいで生まれるの?」
「あぁ、もしかしたら、マーブルと同じ誕生日になる子かもしれないよ」
「ママと!?」
そうだ、もうすぐママの誕生日だと思い出したアイは、
「そ、そうなの、ママの誕生日が近いでしょ、おにいちゃんとプレゼントを買いに来たんだけど、港町なら、いろんな商人の行き来があって、ママが喜ぶものが見つかるかなって思ったんだけど、他の港町も見に行きたくてね、そしたら、お金足りなくって。だから、お金貸してもらいたいの。馬も貸してくれない? 他の港町に行く為に——」
そう言った。
「そうだったのか、でもそんなに頑張らなくてもマーブルなら、何でも喜んでくれそうだが?」
「う、うん、そうなんだけど、ママって、本当に何あげても、喜んでくれるから、だから今年は本当の本当に喜んでもらいたくて」
「まぁ、気持ちはわからなくはないが・・・・・・」
「おにいちゃんもそうしたいって!」
「うーん、タイガが一緒なら大丈夫だろうけど・・・・・・」
「ジャスパーさんも一緒だし!」
「だが、あの使用人、さっきから座り込んで動かないのはどうしてだ?」
「そ、それは——」
「それから、あの使用人の隣に立っている緑色の髪の少年は、何故こちらをずっと見ているんだ? アレは人なのか?」
「あ、あれは——」
なんて言えばいいだろうかと、アイが考えていると、シンバが近寄って来て、
「オイラ、妖精なんです」
ニッコリ微笑み、そんな事を言い出した。
「オイラをお母さんに見せたいと買いたいらしいのですが、オイラは高いんで。今、持っている金を全額出してもらっても、買えません。おにいさんは、オイラを買う為、今、なんとか金を作ろうと、乗って来た馬を売りに行きました。ですが、馬を売っても、オイラは買えません。オイラは妖精、風の妖精ですから」
妖精!?と、ネフェリーンの王は眉間に皺を寄せ、シンバを見る。
確かに風の妖精に見えなくはないが、まさかと、笑ってしまう。そして、
「妖精なのに、人間の言葉がうまいな」
と、優しい笑顔で言う。
もっと獣を見るような、化け物扱いされるような、そんな目で見られると思っていたシンバは、意外な微笑みに、言葉を失う。
ネフェリーン王は、そんなシンバに、何者かはわからないし、人かどうかもわからないが、心は動き、感情があると安心し、このプレゼントなら、マーブルは喜ぶだろうと、
「成る程、素敵なプレゼントだ。マーブルの側近にいいだろう、アイの遊び相手にもな」
と、アイの手の中に金貨を数十枚入れた。
「足りるかな?」
アイは大きく頷き、
「この事はパパにもママにも内緒よ! 絶対に!」
そう言った。王は、
「わかっている。馬を売ったなら、帰りは歩きになってしまうな」
と、呟くと、隣に立つ側近に、
「おい、馬を、そうだな・・・・・・使用人と妖精が乗る馬、タイガとアイが乗る馬、二頭、用意してやれ」
そう命令。アイは笑顔で、王に抱き付き、
「ありがとう、伯父さん!」
と、喜びの声を上げる。
「どうもうちは男の子ばかりだからな、女の子には弱い」
と、王も笑顔。
そして馬を二頭もらい、その手綱をジャスパーが受け取り、ネフェリーン王が去った後で、
「俺、黙ってて良かったのかなぁ」
と、青い顔をしっ放しのジャスパー。
「ホント、黙ってて良かったの?」
と、アイはニヤニヤ笑いながら、ジャスパーに言うから、
「アイ姫ぇ、そりゃないっすよ、俺は、アイ姫が喋る事に嘘だと言えなかっただけじゃないですかぁ、アイ姫を嘘吐きにしたくなかったんですよぅ」
と、泣きながら言う。アイはクスクス笑い、
「シンバの時は?」
と、尋ねる。ジャスパーは、シンバを睨み、
「だって、嘘ウマイんだもん、俺が本当の事を言った方が、嘘になりそうで」
そう言った。アイは、頷いて、
「ホントよね、嘘吐き少年だわ、シンバって」
と、シンバを見た。シンバはアイにベッと舌を出して、
「騙される奴が悪い」
と、平然とした顔で言い放つ。
憎たらしいと言うジャスパーと、イーッとやり返すアイ。
それから3人は客船に無事に乗れて、船のレストランで食事をした後は、船のベッドで揺られながら、眠りについた。
それはもうぐっすりで、次の朝まで、シンバ以外は目が覚めなかった。
シンバは長時間歩く事も、一日や二日、眠れない事も、食事を与えてもらえない事も慣れているので、言う程、体は疲れてはいない。
逆を言えば、ベッドで寝ると言う事が慣れていなくて、シンバは船内をうろついていた。
フードを被り、緑色の髪が誰にも見られないようにする。
船の厨房の裏で、煙草を吸っているウェイターが、ネズミにパン屑を与えていて、それを見ていたシンバに、シィーッと人差し指をたてると、残ったパン屑をシンバに渡し、厨房へと戻っていった。
鼠に餌を与えていた事を内緒にしてくれと言う事だろうが、レストランで食事した後に、パン屑をもらってもなぁと、シンバは苦笑い。
まぁ、パン屑も自分にとったら、ご馳走だと、ご機嫌で、船の先端へ——。
朝日が眩しく光る。
真っ青に広がる青い空。
吹き抜ける潮風。
海に鳴く白い鳥達。
シンバはマントを脱いだ。
この美しい景色と香りに、自分の髪の色を笑う声など、全く気にならない。
そんなくだらない事で、マントを身に纏い、フードを被っているのが、勿体無い。
大丈夫、この世界は人だけで出来上がっている訳ではない。
人以外なら、皆、受け入れてくれる。
シンバが船の先端に立ち、手を伸ばすと、白い鳥達が、シンバの腕や肩や頭にとまり、バサバサと動く羽がくすぐったくて、シンバはクスクス笑う。
乗船客は、髪が緑色の少年に鳥が集まり出したのは、何かのパフォーマンスかと思い、足を止める。
そんなの、関係なく、シンバは鳥と戯れ、
「そうだ、パン屑をお前達にやろう」
と、袋の中に手を入れ、パン屑を鷲掴み、青い空へ向けて手を伸ばすと、その手に向かって、鳥達が群がり、あっという間に手の中のパン屑はなくなり、バサバサと白い羽を舞い上がらせながら、高く飛んでいく鳥達。
まるで天使の羽だと、クスクス笑いながら、また袋の中に手を入れ、パン屑を鷲掴んだ時、
「シンバ」
その声に振り向いた。すると、アイが、
「どうしたの、そのパン! アイにもやらせて」
と、今、シンバの隣に来るので、シンバは振り向いて、こちらを見ている人達を見る。
シンバはマントを着て、フードを被ると、アイが、フードを外し、
「隠さなくていいじゃない、アイはその緑が美しいと思っている。その緑が欲しいと金で買おうとしたぐらいに。だからもっと自慢に思い、人々に見せびらかしてやりなさい」
と、笑顔で言う。
変な目で見られるのは慣れている。
だが、アイまで変な目で見られるのではと思ったが、相当、変な女だと、シンバ自身がそう思ってしまい、アイに釣られて笑顔になってしまう。
そして、アイの手の中にパン屑を入れると、アイのその手を持ち、シンバは空へと伸ばした。シンバとアイの手に、集まってくる鳥達。
青い空と光る風——。
笑顔で空へと顔を上げているシンバとアイ。
二人の髪が風で流れ、二人の瞳には、空が映っている。
白い羽が降り、雪のようだと、アイはエンジェライトを思う。
瞬間、ふと、笑顔が消え、そして、パン屑もなくなり、アイは、船の先端から下りた。
「部屋に戻るわ」
そう言ったアイに、
「あ、あの、あのさ! お前のさ・・・・・・アイの——」
と、シンバが何か叫ぶので、アイは立ち止まり、振り向いた。
「アイの髪は銀で、肌は白で雪みたいだけど、その瞳は天の色だな!」
アイの青い瞳を天だと言うシンバ。そして、
「天と風は、この世界の中で、美しい色だと思う。オイラ達の色は・・・・・・そう悪くない。その天の瞳は世界を見下ろす程、高貴で、神々しく、オイラはアイの強気な性格に似合ってて、好きだ」
アイはポカーンとした表情で、シンバを見ると、シンバは目を逸らし、俯いて、顔をみるみる赤くさせるので、余計によくわからず、只、褒めてくれたんだろうなと、
「ありがとう」
そう言った。更にシンバの顔が赤くなり、シンバはアイの横をダッシュで走り抜けると、
「嘘に決まってんだろ、バーカ!」
と、そう叫んで走り去るので、アイはムカッと来て、
「ちょっと待ちなさいよ! 嘘吐き! ていうか、何が嘘かよくわかんないわよ! 微妙な発言しないでよね、意味わかんな過ぎて、御礼言っちゃったじゃないのよ! 勝手に呼び捨てにした事も許さないわよ! 年下の癖に!」
と、怒りながら、シンバを追い駆ける。
長い船旅中、シンバとアイの掛け合いは止まる事なく続き、だが笑ったり、怒ったりと、それなりに感情をぶつけ合うのが、お互い、楽しかったりしていた。
ジャスパーも実際の所、思い悩み続ける性格ではなく、毎日、美味しい食事と温かい布団があれば、それだけで上機嫌である。
アイも姫と言う立場を忘れ、はしゃぐ日々。
シンバを見る船客達や船員達の嫌な言葉も、アイが全く気にしないので、シンバも気にならなくなり、フードを外し、快適に過ごしていた。
天候にも恵まれた為、船も上々に進み、3人は楽しい船旅を過ごす。
だが、どうしても夜になると、楽しい気持ちから寂しい気持ちになるのだろう。
ジャスパーのイビキに紛れて、聴こえる泣き声。
ベッドの中で、声を殺してシクシク泣くアイに、シンバは堪らず、毎晩、部屋から抜け出し、船の先端で、暗い海を見つめていた。
そんなにエンジェライトを離れるのが嫌なんだなと思うと、少しだけ、エンジェライトという国に行ってみたくなった。
——だってオイラは知らない。
——優しい人間を。
——人間は悪い奴しかいない。
——オイラは獣だの、化け物だの、精々良くて異人扱いで。
——オイラだって、少し変わってるかもしれないけど、同じ人間なのに。
——いつからか、そう思うのをやめた。
——人がオイラを人間じゃない生き物だと言う度に、良かったと思えていた。
——オイラは、こんな人間達じゃなくて良かったと思うようになっていた。
——そして国は人間がつくる。
——人間がつくった国が、どんなに素晴らしいと言うのだろう。
——オイラはいろんな国へ渡り歩いたが、そんなにいい国を見た事がない。
——エンジェライト。
——そこは、どんな国なんだろう。
——そんなに素晴らしい国なんだろうか。
——あのアイが泣く程に・・・・・・。
そして、シンバは願いが叶う呪文を口にし、風に目を閉じた。
アナタの願いがいつか叶いますようにと——。
誰かの為に、この呪文を口にしたのは、初めてだった。
そして、ザムタの港町に着いて、馬を下ろし、ここからラクトハインの港町まで行く為、少し買い物をしようと、市場へ行く事になったが、シンバ達は広場で、ダイア王国の騎士達に囲まれた。
広場にいた人達は何事かと、ざわめきながら、遠くに逃げていく。
袖に手を入れ、いつでも剣を抜けるように構えるシンバだが、
「エンジェライトのアイ姫よね?」
と、前に出てきた綺麗な女の声は友好的だった。
その女は綺麗なブロンドとアンバーの瞳で、ニッコリ微笑み、
「覚えてるかしら? アタシ、ダイア王国第一王女の娘、パールよ」
優しくそう言ったが、シンバは、この女から嫌な風を感じていた。
「覚えてるわ、パールちゃん」
と、ニッコリ笑い返すアイに、ピクッとパールは顔を引き攣らせ、
「パール姫と呼んでもらえるかしら、アイ姫」
そう言った。アイはきょとんとした顔で、首を傾げる。
「それより心配しました、アイ姫。アナタが悪い奴に連れて行かれた所を見た者がいて」
「悪い奴?」
「アナタの隣にいる、その者は我が国から盗みを働き、そして、アイ姫を騙そうとしている悪い悪魔——」
「アイを騙す?」
またきょとんとした顔で、アイは首を傾げる。
「ええ、悪い連中と手を組んで、エンジェライトの姫を誘拐し、エンジェライトから大金を奪い取る気です」
ええ!?っと大声を上げて驚くジャスパー。
アイはクスッと笑い、
「何かの勘違いじゃないの?」
と、言うが、そんなアイの背後に立った大きな男が、突然、ヒョイッとアイを抱き上げ、
「シシ、でかしたぞ!」
そう言って、シンバを見た。シンバはいつの間に背後に!?と、振り向いて、少し後退。
気がつけば、背後には数人の悪い顔をした男達が!
ジャスパーは何が何だかわからず、オロオロ。
「シシ、これでエンジェライトを脅して、金を手に入れようぜ」
などと言いながら、ニヤニヤとシンバを見る。
「ど、ど、ど、どういう事だよ!? おい! シシってなんだ!? お前、シンバって名前じゃないのか!? また嘘か!? 嘘なのか!?」
と、ジャスパーはシンバに吠えるが、シンバにもわからない。
——なんで、オイラをシシって呼ぶんだ、コイツら!?
——それは風のコトバだぞ!?
そう思った時、迷いの森にいる風の民達に何かあったのかと、パールを見ると、パールは、勝ち誇るようにシンバを見ていた。
そして、パールは勇ましく吠える。
「アイ姫、今、助けます! エンジェライトの姫は、ダイア王国がお守りします! さぁ、ダイアの騎士達よ、戦うのです、エンジェライトの為に!」
騎士達はオーッと声を上げると、剣を抜いた。
——ちょっと待て。
——どういう事だ!?
——狙いはオイラだろ?
——コイツ等、オイラを追って来たんだよな?
——で、アイを誰から守るって?
——・・・・・・オイラから?
強面の男達と騎士達が戦う中、シンバは只、呆然と立ち尽くし、アイは、押さえつけてくる男に大暴れし、ジャスパーはあっちへ行ったりこっちへ行ったり。
「・・・・・・バ!!! シンバ!!!! シンバァァァァッ!!!!!!」
誰かが呼んでいるとハッとして、見ると、アイが、大男の腕の中、暴れながら呼んでいる。
「何ボサッとしてんのよ!!!! アイが捕まってんのよ、助けなさいよ!!!!!」
——助ける?
——何から?
——オイラから?
「それとも本当にコイツ等の仲間なの、シンバ!!!!」
——仲間?
——誰と?
まるで壊れたコンピューター。
シンバの頭の中は、正しく機能が働いていない。
気がついたら、騎士達は男達を退かせ、今、アイ姫を救い出した。
そして、強面の男達は、
「おい、シシ、どうするよ?」
と、シンバの背後に立ち、焦った表情で、聞きに来る。
「パール様、アイ姫とエンジェライトの使用人を保護致しました!」
と、騎士がパールに報告。
アイの腕を強く握る騎士に、アイは振り解こうとするが、振り解けず、
「ジャスパーさん!」
と、ジャスパーを呼ぶが、ジャスパーは保護されて、ホッとしている。
「おい、罪人」
パールはシンバを見て、そう呼んだ。
——罪人?
——さっきは悪魔って言っていたな。
——この人、オイラの事、いろんな呼び名で呼ぶなぁ。
「二度とエンジェライトの姫に手を出すな! 次、エンジェライトを手にかけようものなら、ダイアは全力で、お前のような化け物を潰してくれる!」
と、パールはシンバに叫んだ。
黙っているシンバに、アイは、騎士の手を振り解くのをやめた。
ジャスパーは激怒りしながら、
「やい! よくも俺達を騙しやがったな! 嘘吐きだとは思っていたが、アイ姫を騙すなんて許せない奴だ! 帰って王様に言いつけてやるからな!!!!」
と、吠える。
「さぁ、行きましょう」
と、パールはアイとジャスパーに優しい笑みを見せて、シンバに背を向ける。
そして、騎士達は、アイとジャスパーを引き連れ、パールの後を追う。
俯いて歩いているアイに、
「騙されて、何かされる前で、良かったんですよ、どうせエンドラフィも嘘ですよ」
と、ジャスパーが言うが、アイはポロポロと地に涙を落とし、ジャスパーはえぇ!?っと驚く。
「ちょっ! アイ姫!? なんで泣くの!? 俺のせいじゃないよね!? アイ姫!?」
「・・・・・・教えて、ジャスパーさん」
「へ?」
「人はどうしてこんなに無知なの」
「は?」
よくわからない質問をするアイに、ジャスパーは首を捻るが、アイが足を止め、ジャスパーも足を止めると、騎士達も動けなくなり、パールは振り向いてアイを見た。
アイも顔を上げ、パールを見て、
「悪魔でも罪人でも化け物でもない、もし人でもないのなら、天使かもしれない。わからない? もし彼が神だったら?」
そう問う。無表情で、黙るパールに、
「地に生きる人が、天界の者を貶して、許されると思うの?」
更に、そう問うが、ジャスパーは、
「アイ姫、やめて下さいよ、助けてもらったのに失礼ですよ」
と、小声で、アイに耳打ちする。そんなジャスパーをキッと睨み、
「ジャスパーさんなんて大嫌いよ! 何度も呼んだのに、アイの言葉を無視してばかり!」
ポロポロと大きな青い瞳から涙を落とし叫ぶ。
アイ姫が泣くなんてと、ジャスパーはどうしていいか、わからなくなる。
そんなジャスパーに、
「大丈夫ですよ、今は、まさか騙されていたなんてとショックが大きいだけです」
と、パールが言うので、そうかと、ジャスパーは頷くが、
「教えて! ジャスパーさん! どうしてシンバを捕まえないの、この人達!」
そう叫ばれ、ジャスパーはアワアワと言葉にならない言葉を吐く。
「それは先にアナタ達を安全な場所にお連れしてから」
と、パールが答え、ジャスパーはウンウンと頷く。
「私はジャスパーさんに聞いてるのよ! 答えて、ジャスパーさん!」
「こ、答えてと言われても、俺は何を答えればいいのよ・・・・・・」
「教えて! ジャスパーさん! どうして何も答えられないの?」
「・・・・・・それは——」
「教えて! ジャスパーさん! アイはシンバの国を何て言っていた?」
「・・・・・・ううっ、その、あの、えっとぉ」
必死で思い出そうとするが、焦って、ジャスパーは直ぐに答えられない。
「アイ言ったのに! 神が住むと言われる森の王国、エンドラフィって、言ったのに!」
と、アイが泣きながら叫ぶので、ジャスパーは困惑する。
「人間じゃないって決め付けるなら、神や天使かもしれないじゃない!」
「ア、アイ姫、落ち着いて下さいよぅ、だって神や天使なんて・・・・・・」
「ジャスパーさんなんて、神様に地獄行きって言われちゃうから!」
それはイヤイヤと首を振るジャスパー。
「気になさらないで。ダイア王国に戻り、温かいお茶でも飲めば、落ち着きます」
パールがそう言うが、ジャスパーは、困惑した表情のまま。
パールは溜息を吐き、
「アイ姫、使用人を困らせてはいけませんよ、アナタは一国の姫でしょう?」
と、アイを諭そうと話す。アイはパールを見ると、パールはニッコリ笑い、
「神などいませんよ、アタシやアイ姫のような王族が世界を動かしていく。そうでしょう? 確かアイ姫のお母様は夢見がちな方だと聞いております、そんなお母様に育てられ、現実を見失うのは仕方ありませんね。もっと王族として相応しい立派なお母様だったら良かったですね、可哀想なアイ姫」
そう言った。
「・・・・・・ママは立派よ」
「え?」
「アイのママはパパより凄いのよ! ママの言う事が間違っていたら、パパは頷かないわ! 妖精だって本当にいなかったら、パパはいないって言うもの! でもパパは頷くの! そして、ママに言うのよ、一緒の世界が見てみたいって! アナタが見ている世界が全部正しいなんて思わないで!!!! ママは世界で一番、素敵な女性なのよ、アイはママみたいになるんだから! だから世界で一番カッコイイ人と結婚できたの! ダイア王国の姫との結婚話を蹴っても、パパはママを選んだのよ!!!!」
「・・・・・・それはアタシのお母様を侮辱しているの?」
と、パールの顔が一変する。だが、アイは引き下がらない。
「最初にアイのママを侮辱したのはパールちゃんよ!」
と——。
アイとパールの間に、見えない火花が散り、騎士達は冷や汗タラタラ。
だが、パールはフッと優しい笑みを浮かべ、
「ごめんなさいね、アイ姫。アタシが悪かったわ、さぁ、行きましょ」
と、背を向けて歩き出す。
だが、アイは泣きじゃくりながら、
「ジャスパーさん!」
と、ジャスパーの名を呼び続ける。ジャスパーは何故、自分の名が呼ばれているのか、わかっている。
だから、どうしていいのか、わからなくて、困っている。
パールは、歩き出さないアイとジャスパーに、溜息を吐き、
「とりあえず、ダイア王国へ帰りましょう」
と、言うが、ジャスパーは決意したように、
「いえ!」
そう言った。パールは眉間に皺を寄せ、ジャスパーを見ると、
「俺は間違ってた」
と、言うので、何が?と、パールは更に眉間に皺を寄せる。
「パール姫は我が姫ではない。我が姫はアイ姫。俺はアイ姫の言う事を聞かなければならなかった」
「なんですって? 主の言う事が間違っていたら、それを正しい方向へ持って行けなかった側近の責任になりますよ!?」
「だから、アイ姫をお願いします」
と、ジャスパーはパールに頭を下げる。
アイは、どういう事!?と、ジャスパーを見ている。
「俺、バカだから、よくわからなくて。でもアイ姫の言う事が正しいかどうか、今から戻って、アイツに会ってきます。もし、アイ姫の言う事が間違っていて、俺がアイツにやられちゃっても、アイ姫が無事なら、それでいいですから」
それでは計画が台無しだと、パールの顔が歪む。
「では、アイ姫をお願いします」
と、行こうとするジャスパーに、
「ジャスパーさん! アイはここで待ってるから」
アイがそう言ったので、ジャスパーはハイと頷いた。
そして、ジャスパーはシンバの元へ走る。
シンバは、悪役のような身形の男達に、捉えられる所、戦い、そして、ソイツ等がシンバ一人なら勝てると思っていた事が誤算だったと逃げ帰った所だった。
一人、佇むシンバの元へゼェゼェと息を切らせ、ジャスパーが現れ、
「あ、あれ? アイツ等は? 怖い顔の?」
と、シンバに聞く。
「・・・・・・なんで戻って来んだよ?」
「アイ姫が泣くんだもん」
「アイが泣く?」
「アイ姫はどうしても信じてるみたい」
「・・・・・・何を?」
そう聞いたシンバを指差すジャスパー。
「だから俺も信じるよ。な? 戻ろう、アイ姫の所へ」
——アイの所へ?
——なんで?
——金がいるから?
——エンドレイクまで行ってもらえるから?
——それ以外で、アイの所へ戻る理由は?
わからないが、シンバはコクンと頷いていた。
ホッとするジャスパーだったが、ダイアの騎士が走って来て、
「大変です! この罪人の仲間が現れ、アイ姫を攫っていきました!」
と、叫んだ。ジャスパーはなにぃ!?と、急いでまた戻る。シンバもジャスパーの後を追うと、肩を負傷したパールが、
「ごめんなさい、アイ姫をお守りできずに・・・・・・」
と、苦痛で顔を歪め、シンバをキッと睨むと、
「アイ姫をどこにやったの!? 教えなさい!」
と、怒鳴った。
黙っているシンバに、ジャスパーは、
「頼む! 知ってるなら教えてくれ!」
と、土下座。
「オイラが知る訳ないだろ」
「頼むよ!」
「だから知らないって」
そう言っているのに、ジャスパーは土下座した頭を下げたまま。
「・・・・・・全然、オイラを信じてないじゃん」
そう呟くシンバ。ジャスパーは顔を上げ、シンバを見る。
シンバは悲しそうな笑みを零すと、空を見上げた。
ここでシンバが知っていたら、本当にアイを攫った奴等と仲間と言う事になる。
「・・・・・・港の離れにある小屋にいる」
そう呟くシンバに、パールはフーンと頷きながら、
「流石ね」
そう言った。
「何が?」
無表情で聞き返すシンバに、
「流石に、あの怖い顔した仲間達にも見放されたら、素直に吐くしかないのかなって」
そう言ったパールに、フンッとそっぽを向くシンバ。
「今はそんな事、どうでもいいから、早くアイ姫を!」
と、ジャスパーはパールに言うと、パールは頷き、騎士達に指示を出そうとして、
「オイラが一人で行く」
そう言ったシンバに、パールは指示をやめ、シンバを見た。
「今、何と?」
「オイラが一人で行って、アイを連れ戻す」
「そんな事を言って、アイ姫を別の場所に連れて、逃げる気でしょ!」
「・・・・・・なら、オイラを捕まえればいいだろ! なんでアイなんだよ!」
さっきまで大人しく小さな声で喋っていたシンバが、大声で叫び、怒鳴った。
「オイラを捕まえる気がないなら、アイを普通にエンジェライトに帰してくれよ!」
「何が言いたいのかしら? 罪人」
「・・・・・・確かにオイラの狙いはアイの金であって、金がないならアイと一緒にいる理由はない。それはアイを利用しているに過ぎない事だ。だから、アイをオイラから救うのは間違ってない。でも、お前等の狙いはアイのなんなんだ?」
「狙いですって?」
「だってそうだろう、オイラの仲間でもない奴等を、オイラの仲間だと言って、アイを連れ去って、何が狙いなんだよ」
「何を言い出すかと思えば、今更、そんな戯言が通用するとでも? アレはお前の仲間だ」
「違う」
「いいや、仲間だ」
「違う」
「嘘を吐くな、化け物め!」
「そうだよ、オイラは化け物だ、化け物に仲間なんている訳ないだろ! 誰が仲間になってくれるって言うんだよ、オイラなんかに! 誰もオイラの言う事なんて信じないのに、誰が仲間なんかに!」
そう叫んだシンバに、パールはチッと舌打ちをして黙り込む。
「だからオイラは人間を利用する。それは人間達に教えてもらった事。人間の真似をして、人間のふりをして、人間の世界で生きている。オイラを罪人とか化け物とか悪魔とか、そう言うなら、それは人間がそうなんだ」
まるで神が、人間を試していたかのような、そんな風に言うシンバに、騎士達も、パールも、ジャスパーさえも、今迄、生きてきた自分の罪の重さを考えてしまう。
「アイを助けに行く」
そう言うと、背を向けるシンバに、ジャスパーは、
「ま、待って、俺も行くから」
と、追いかける。
「エンジェライトの使用人! 待ちなさい! 行くなら、ダイア王国を敵に回すと思いなさい! その者は盗みを働いた罪人なんですよ、そんな者と一緒に行動すると言う事がどういう事かわかっているでしょう!?」
パールがそう言うと、シンバは振り向いて、水門の鍵を投げた。
パールの足元で、古く錆付いた鍵が転り落ちる。
「返す。だからもうオイラに構うな。アイに手を出すな。今度、アイを狙ったら、ダイア王国を潰す」
子供とは思えない表情と、ゾッとするような目を向けられ、パールも騎士達も動けなくなり、ジャスパーはどうしようと思いながら、パールに一礼してから、シンバを追いかける。
シンバとジャスパーが見えなくなってから、金縛りが解けたパールは、
「ダイア王国を潰すですって!? フン! どうせ錆びた鍵で水門が開かないと思い、こちらに渡しただけの事! そんな事で盗みの罪を逃れようなんて甘いわ。こうなったら、アイ姫も使用人も、罪人の逃亡を手伝った罪で処刑する方向へ持って行くしかないわね。土下座させ、謝罪させ、エンジェライトを跪かせてやるわ」
物凄く怖い顔で、小刻みに震えながら、囁くように、そう言って、傍にいる騎士達を震え上がらせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます