2.10年の時間を経て


アイとジャスパーの目の前に降り立った少年は、地面に足を付けると、動かなくなった。


どうやら足がジーンッと痺れてしまったようだ。


「・・・・・・そりゃ痛いわよね、結構高い所から飛び降りたんだから」


そう言ったアイを、少年はフードを外して、


「2回目。聞き飽きた」


と、アイを見た。


緑色の無造作に揺れる髪と、明るく光る猫のような緑色の瞳。


身長はアイと同じぐらいか、少し小さめか。


元々の色なのだろうか、それとも薄汚れてその色なのだろうか、くすんだ白のマント。


そして、マントの中の服も、少し変わっている。


腕の袖が長く、それは伸びてしまってビローンとした袖なのか、それとも、そういう服なのだろうか、兎も角、袖が広く開いた服だ。


そして腰はベルトではなく、太めの帯で巻かれ、ズボンは少しダボついた感じだが、裾はブーツの中に入れられている。


背中には弓と矢が背負われている。


「なによ、2回もしくじって足を痺れさすからでしょ!」


ムッとして言うアイに、少年もムッとして、


「微妙な高さなんだよ、もっと高ければ、うまく着地できるんだ!」


と、言い返す。


「どうでもいいわよ」


アイはプイッと横を向くので、少年は更にムッとして、


「やめたやめた、オイラを買いたいって言うから、今度は優しい御主人様かなぁって期待して、ここを抜け出すのに調度いいしなんて思ったけど、こんな奴に買われたって、ろくでもねぇや。サーカスに戻ろっと」


と、帰ろうとする。


ジャスパーはそうした方がいいと頷くが、


「ちょっと、待ちなさいよ!」


と、アイが止める。


「なんだよ」


「どうしてアイがアナタを買いたいってわかったのよ?」


「・・・・・・そりゃ、オイラ、亜人だから」


と、ニヤッと笑いながら言う少年に、


「盗み聞きしてたんでしょ!」


と、アイは怒り出す。


「してねぇよ、つーか、亜人ってなんだよ、そんなのいねぇよ、バカじゃねぇの、お前!」


お腹を抱えて笑い出す少年。


「何言ってんのよ、サーカスにもいたじゃない、大きな水槽の中で泳いでたマーメイドや狼に変身したウルフマンとか!」


「バーカ! あれは人間が化けてるだけだっつーの! そんなんも知らないなんて、ホント、お子様だな、つーか、見た目そのまんまガキだけど」


と、アイを指差して大笑いする少年。


アイは、顔を真っ赤にして、


「ジャスパーさん、何か言ってやってよ!」


そう言うが、ジャスパーは、何かってなによ!?と、うろたえる。


「んもぅ! 役立たず!」


と、アイはジャスパーに、イーッと歯を見せた。


「そっちこそ、何も知らないのよ、亜人は本当にいるのよ! ママが妖精の声を聞いた事があるって言ってたもん、木に登ると聞こえるって言ってたもん!」


「・・・・・・ソレ、風の音だろ」


「え?」


「風だよ、風の声。お前、オイラを妖精だって思ったのか? お前の方が、雪の妖精みたいじゃん、真っ白で、銀色で・・・・・・」


どうせ綺麗だって言うんでしょ、わかってるわと、アイはフフフンッと鼻を高くあげると、


「不気味」


そう言われ、だが、綺麗だと言われるとばかり思っていたアイは、


「まぁね、いつも言われるわ」


と、得意げに返事した後で、


「ちょっとっ! 普通、そこ綺麗だって言うもんでしょ! 間違って返事しちゃったじゃないのよ!」


と、また顔を真っ赤にして、怒るが、少年は腹を抱えて笑いっぱなし。


「ジャスパーさん、アイツ、殴って!!!!」


怒りが爆発しそうな顔で言うアイ。


少年は腹を抱え笑い転げ、ジャスパーはオロオロ。


その時、ダイア王国の騎士が、


「いたぞ!」


と、声を上げ、数人でこちらへ向かって来る。


「やべ!」


と、少年はアイの手を持って走り出した。


ええええええ!?と、ジャスパーはアイを追いかける為、一緒に走る。


「ちょっと! アナタ、何かしたの!?」


「なんも」


「じゃあ、どうして逃げるのよ」


「追って来るから逃げるんだよ」


「どうしてアイまで逃げなきゃならないのよ」


「オイラを買うんだろ、で、オイラを幾らで買ってくれんの?」


「買わないわよ、アナタ、ムカツクから!」


「困るなぁ、お客さん、返品はきかないよ」


「ふざけないで!」


と、アイが少年の手を振り解いた瞬間、ダイア王国の騎士達に囲まれた。


「もう逃がさないぞ」


と、じりじりと迫ってくる騎士達に、アイはジャスパーに助けを求めようとするが、ジャスパーは、ゼイゼイと呼吸を乱し、どたばたとまだ遠くの方を走っている。


どうしようと、アイが焦っていると、少年は両手を袖の中に入れたかと思うと、そこから、短剣を引き抜いた!


——剣をあんな所に仕舞ってあったの!? 裾が広いから仕舞えるんだろうけど。


——普通は腰とか背中とかじゃないの?


——剣は、パパの剣に似てるけど、ちょっと違う。


——小さいし、鍔がないわ。


——鍔がないから、邪魔になるものがなくて、袖の中に入れておけるのね。


——柄の部分はグルグルに汚い布みたいなので巻かれてて、美しくない。


——それを見ると、大した剣じゃなさそうね。


——だけど二刀流って言うのは、凄いかも。


——だからって、この人数相手に無理あるでしょ! 逃げなきゃ!


ダイア王国の騎士の狙いは少年だけなのだろう、アイは少年の傍から引き離され、戦闘となるだろう円から外に放り出された。


今、ジャスパーが、


「ひぃ、はぁ、ふぅ、アイ姫ぇ、走るの早いっすねぇ」


と、汗だくで現れる。


「ジャスパーさん! あの人を助けてあげて!」


「え?」


「早く! あの人、殺されちゃう!」


「・・・・・・え、俺、騎士達の味方すればいいの?」


「違うっ! あの人よ、風の・・・・・・」


少年を指差して見ると、圧倒的に少年が勝っている戦いぶり。


ジャスパーは、


「えっと、誰が誰に殺されちゃうの? 俺は殺されちゃう方の味方だよね? つまり騎士達の味方すればいいんじゃないの? それともアイ姫、間違っちゃった?」


と、首を傾げるから、アイは、


「間違ってないわ! あの人数を相手に勝てる訳ないでしょ、今、ちょっと優勢なだけ!」


と、自分の考えの方が正しいと言い切る。


「要らない心配だと思うけどなぁ」


「いいから助けてあげなさい! そして恩を着せるのよ!」


「おっ!? 恩を着せるって、姫様ともあろう方がなんと言う——」


「黙って早く行きなさいよ、アイの命令なんだから!」


「ちょっ! 押さないで、アイ姫!」


だが、アイは思いっきりジャスパーを突き飛ばし、ジャスパーは戦闘の中へ転がり込む。


別に騎士達もジャスパーを狙っている訳ではないが、ジャスパーが邪魔で、この際、ジャスパーを斬ってもいいかの勢い。


ジャスパーは剣を避けながらも、大きな肉体をあっちへこっちへ。


「んもぅ! 逃げてばかりいないで腰のナイフを抜きなさいよ!」


アイがそう吠えるが、ジャスパーの横腹に小さくある剣は戦闘用ではない。


言うなれば、極普通の生活で必要な刃物と言う感じなので、抜けと言われて抜いた所で、何の意味もない。


アイは辺りをキョロキョロと見ると、近くの民家に立て掛けてあるホウキを持ち出し、


「やぁ!!!!」


と、掛け声と共に、今、少年の背後を狙う騎士の頭をどついた。


勿論、兜をかぶっているし、ホウキは竹の棒。


その竹がパキーンと折れてしまい、アイは、あら?と、動きを止める。


頭を殴られた騎士は怖い顔で振り向き、アイを見ると、そのまま白目を向いて倒れた。


「・・・・・・アイが倒したの? アイがやったの? ヤッタァ!! アイってば、結構強いじゃない! 頭も良くて強いなんてサイッコー!!!!」


と、ジャンプして大喜び。


気が付けば、騎士達は皆、倒れていて、少年は、


「単なる馬鹿力なだけだろ」


と、呟き、アイはムッとする。


「おい、こっちだ!」


そう叫びながら、また騎士が走って来る。


少年は背負っている3本の矢を抜き、弓を構え、ヒュンヒュンヒュンと矢を放つと、騎士達に刺さり、騎士は悲鳴をあげて、その場に跪く。


そして、アイの腕を引っ張り、少年は走り出すから、ヒィィィィッと悲鳴を上げ、ジャスパーは、どたばたと二人を追う。


「ねぇ、アナタ、いろんな武器が使えるのね、どっかの国の騎士なの?」


「んな訳ねぇだろ、オイラ、騎士になれる年齢か?」


「そうね、騎士は18歳から募集されるもんね、アイのおにいちゃんと同じ年には見えないしね」


そして、誰もいない路地裏に着き、やっと少年は足を止めた。


呼吸荒くして、どたばたと走って来たジャスパーが、


「アイ姫、俺達、ダイア王国の騎士を倒しちゃって、きっと指名手配される! そしてギロチンの刑、または釜茹で、いやいや、串刺しの刑・・・・・・」


言いながら、ヒィィィッと青冷めていくジャスパー。


「とりあえず、その目立つ格好どうにかしたら? なんでそんな動き難い格好してんの? だから逃げるのが遅くて捕まるんだよ」


と、少年はアイのふわふわのふりふりのドレスを指差す。


「・・・・・・アイの服はこういうものしかないもの」


「ダッサ」


そう呟く少年に、


「はぁ!? アンタこそ、何よ、その袖ビローンって変な格好!」


と、大声を出すから、ジャスパーは、シィーッと言いながら、アイの口を塞ぐ。


「わかってるんですか、アイ姫、俺達、ヤバイっすよ、ダイア王国の騎士に見つかる前に、早くエンジェライトに帰って、王様に助けてもらった方がいいですって!」


「・・・・・・なぁ、さっきから姫とか王様とか、どういう事?」


少年が眉間に皺を寄せて尋ねるから、アイはえっへんと胸を張った。


「アイはね、エンジェライトの姫なのよ、あぁ、でも、アイ姫とか呼ばなくていいわ、友達とか、仲良しは、みんな、アイちゃんって呼ぶの、その呼び方、嫌いじゃないし、あぁ、でも呼び捨てはやめてね。呼び捨てられるとイラッと来るから。イラッと来るのはパパだけで充分! こっちはジャスパーさん、パパの下で食っちゃ寝生活してる人」


そう言った。


「いや、食っちゃ寝してませんて。王様が目に通す前の書類を片付けたり、民達の声を聞いたり、いろいろ仕事やってますから。その合間に食っちゃ寝してるだけ!」


ジャスパーがそう言うと、アイは、仕事してる所を見てないわと言い出し、ジャスパーはしてると言い張っている。


少年は、そんな二人を嘘くさいなぁと言う表情で見ながら、話を如何わしそうに聞いていたが、空を見上げ、ピピピピピッと鳴いている鳥達を見つめると、


「フゥーン、変なお姫様」


そう呟いた。


「変って何よ、失礼だわ! それに、こっちが自己紹介したのよ、アナタも名乗りなさいよ! どうせ驚きもない身分でしょうけど! 下の者が、このアイに向かって、偉そうな態度だった謝罪、聞いてあげてもいいわよ! とっととひれ伏しなさい!」


と、アイは意地悪な顔付きで、言い放つ。


「アイ姫、アナタ、本当に酷い人だ」


と、ジャスパーはアイの口の悪さに呟く。


少年は鳥をジィーッと見つめた後、その緑色のガラス玉みたいに光る瞳をアイに向け、


「シンバ。オイラの名前」


そう言った。シーンと静まるアイとジャスパー。


そして、ジャスパーは頭を抱え、しゃがみ込む。


——この人、シンバって名前なの?


——パパと同じ名前って事?


そう思ったアイは、声に出して笑わず、だが、笑いを堪えきれずに、ムフフフフと鼻を広げ、笑い出し、


「気持ち悪い奴だな」


と、シンバは呟く。


——アイは、コイツの事、呼び捨てにできるのよね!


——なんか、それってパパより優位に立てた感じで嬉しい!!!!


更にムフフフフと笑うアイに、


「また良からぬ事を考えてるんじゃないでしょうね、アイ姫」


と、頭を抱えたジャスパーが言う。


「ねぇ、シンバ」


早速、そう呼んだアイに、


「なんで呼び捨てにしてんだよ、シンバ様って呼べ」


と、シンバは怒り出す。


「はぁ!? アナタねぇ、誰に口聞いてんの? アイはエンジェライトの姫なのよ!」


「エンジェライト? 知らねぇ」


「はぁ!? 知らない訳ないでしょ! 有名国よ、小さいけど! アナタはサーカスで働いていたくらいなんだから、親なしの可哀想な子なんでしょ、どーせ!」


あぁ、アイ姫の口の悪さには付いていけない、寧ろ、付いて行きたくないと耳を塞ぐジャスパー。


「失礼な奴だな、オイラはエンドラフィの王子だ」


耳を塞いでいたジャスパーは耳の穴をかっぽじって、聞き返したくなり、


「今、どこぞの王子って言わなかった?」


そう尋ねると、


「オイラはエンドラフィの王子」


と、言い切った少年。


エンドラフィって、そんな国あったっけ?と、ジャスパーは首を傾げるが、アイは、驚愕の表情で、シンバを見ている。そして——、


「エンドラフィなんて、そんな国ないわよ、アイを馬鹿にしてるの?」


「・・・・・・」


「帰りましょ、ジャスパーさん」


と、アイはジャスパーの腕を引っ張り、シンバを置いて帰ろうとする。


「アイ姫? エンドラフィって国はないんすか?」


「ないわ」


「なら、どうしてそんな顔してるんすか?」


アイの難しい表情に、ジャスパーが尋ねると、アイは立ち止まり、


「風の森の王国の話をしたでしょう」


「え? あ、あぁ、パミス爺さんの論文がどうのこうのって奴っすか?」


「そう、それで思い出したの、風の森の王国の名を」


「はぁ」


「その名はエンドラフィ。パパの書斎で見つけた本にも書いてあったわ」


「えぇ!? 勝手に書斎に入ったの!?」


どこに驚いているのよと、アイはイラッとする。そして、


「神が住むと言われる森の王国、エンドラフィ!」


と、ちゃんと驚いて!と、言い直し、少し大きめの声で言う。


「えぇぇ!?」


よくわからず、とりあえず驚くジャスパーに、アイは足を止めて、振り向く。


「ある宗教の聖秘書に書かれた話に、地に降りた神は緑の髪と瞳だったと記されているの」


「ま、まるでアイツじゃないっすか」


「ええ、その神は1000年王国というエンドラフィと言う国を作ったの」


「1000年王国!? エンジェライトがやろうとしている事じゃないっすか」


「多分、それでパパの書斎に、エンドラフィについて書かれた本があったんだと思うわ。エンドラフィは知識向上を目指し、魔法のようなチカラを研究し、風を赴くままに操り、それは本当に神だったと言うわ」


「じゃ、じゃあ、アイツは本当に神様の末裔って事っすか!?」


「そうかもね。でも神様って言っても、人の味方とは限らない」


「え? どういう事っすか?」


「エンドラフィについては、パミスさんの遺品からとパパの書斎にある古びた本で知っただけなんだけど、もし、本当にエンドラフィが存在したら、ダイア王国なんかより、数倍も大きな王国になるのよ。世界で尤も大きな最大国。でも——」


「でも?」


「神の国は滅びたのよ、人間達に負けてね」


「・・・・・・人間達に負けた? 神がっすか!?」


「神は素晴らしい1000年王国を神だけの国にした。そして、人を支配した。人は傲慢な神の手から離れる為、神と戦った、そして人は勝利した。だから神の国は人の世界から消えたの」


「違う」


その声に振り向くと、背後にシンバが立っていて、アイはいつの間にと驚く。


「それは、神の国がなくなった後、勝手に人間達がこじつけた話だ。人を神の国へ招き入れなかったのは、神の力を知った人間が、使い方を間違ってしまうかもしれないから。そして、神はその自分の大きな力に恐れて、神自身が、神の国を終わらせたんだ。1000年も国を続けると、もっと大きな力を得るかもしれない。そのチカラを人に利用される前に、そして、何より、人に恐れられる前に、神は1000年の時間を待たず、国を終わらせ、風の民達を——」


そう話したシンバの緑色の瞳は悲しげに揺れる。


シンバは俯き、そして、震える手を握り締め、拳を強く堅く閉じる。


「・・・・・・泣いてるの?」


と、アイはシンバに近付こうとしたら、シンバはくるりと背を向けた。


「神だって言ったって、人間と同じ。只、風の声を聞けるだけ。なのに、人間は力を恐れる。確かにオイラは緑色の髪で、人とは違うと思われるのは仕方ない。そんな中でも、お前は、オイラを亜人だと思ったのに、オイラと普通に喋ってるから、お前はそんな差別するような奴じゃないと思ったのに・・・・・・」


その台詞に、ズキッと胸に痛みを感じ、アイは苦笑いしながら、


「や、やだぁ、何言ってるの、別に差別とか、そんなんじゃなくて——」


そう言うが、シンバは振り向いてくれない。


「・・・・・・いや、あの、只、エンドラフィの王子なら、エンジェライトの姫より、ちょっとだけ、ちょっとだけよ、ちょっとばかり上かなぁって思ったからよ、それだけよ!」


それは嘘ではない。


「・・・・・・オイラを恐れたんじゃないの?」


振り向いてはくれないが、小さな声で、そう問うシンバに、アイはコクコク頷き、


「怖くなんかないわ! 神だろうが、亜人だろうが、心が通えば、皆友達!」


そう言って、笑顔を作る。


「・・・・・・オイラを友達だと?」


「勿論!」


「・・・・・・オイラと一緒にいてくれる?」


「勿論!」


「・・・・・・オイラをシンバ様って呼んでね」


「もちっ!? はぁ!?」


アイが、引っ掛からず、途中で頷くのを止めたので、シンバはチッと舌打ちし、振り向いて、あっかんべーっと舌を出した。


「なっ!? 泣いてないじゃない!」


「誰が泣くかよ」


「騙したの!?」


「こんな下手な演技に騙される方が悪いんだよ」


「ムカツク!」


「お互い様!」


キーッと、何故かジャスパーの大きなお腹をグーで殴るアイ。


だが、ボヨンっと跳ねっ返り、余計に苛立つ。


「兎に角、一緒にいるって言ったんだから、その目立つ衣装、買い取ってもらって、別の服を買おうぜ、そっちのデブオッサンも、国の紋章ついてる服はヤバくない? だって、オイラ達、ダイア王国の騎士に追われる身な訳だし!」


って、なんで俺達が追われる身になるんだと、泣きたくなるジャスパー。


「待ちなさいよ、まだ勝負は終わってないわ!」


「はぁ? 勝負?」


「アナタよりアイの方が上って事を思い知ってもらう為の勝負よ!」


「ははっ、馬鹿だろ、お前」


「なんですって!」


「何の勝負しても、オイラが勝つと思うけどな」


「言ったわね、負けたら、道中、荷物持ちよ! それに命令は必ず聞く事! 船のお金も出すのよ! わかった!?」


「いいねソレ、買われるより、買う側になれるって訳だ」


と、余裕綽々のシンバに、アイは、何かないかしらと、考える。


「アイ姫、ここはアイ姫の得意な学問で勝負したらどうですか?」


小声でアドバイスするジャスパーに、


「駄目。だって、そうしたらアイ、絶対に勝っちゃう。そういう反則みたいな勝負はしたくない! 正々堂々と勝ちたいの! だから力技も駄目よ、アイツが絶対に勝っちゃう勝負になるから! 二人共が得意か、不得意なものか、それとも別の何か——」


と、そういう所だけは真っ直ぐなんだからと、ジャスパーは苦笑い。


「早くしろよ」


そう言ったシンバに、ムッとして、


「じゃあ、簡単にジャンケン」


と、アイは、手を出し、シンバも手を出して、ジャンケンが始まった。


数分後、延々と負け続けたアイは、それでも次は勝つと、ジャンケンに挑む。


「もういい加減にしろよ、風向きはオイラにあるんだからさ」


と、勝ちっぱなしの余裕のシンバ。


「待ってなさい、今、絶対に勝ってやるから!」


と、諦めないアイ。


ジャスパーは、王にそっくりだなぁと、アイを見ている。


アイはくっそぉ!と、シンバを見ると、ニシシシシと笑うシンバに、このクソガキッ!と、イラッとする。


「ていうか、アナタ、何歳?」


「は?」


「聞いてなかったから」


「お前は?」


「アナタから先に言いなさいよ」


「・・・・・・13」


「え?」


「13」


「13!?」


「ああ、そうだよ」


「・・・・・・ねぇ、聞いた? ジャスパーさん」


突然、ジャスパーに話しかけるアイに、ジャスパーは慌てながら、頷く。


「この子、まだ13歳の子供なんですって! きゃー! アイの勝ちよー!」


と、突然、喜々として飛び跳ねて喜ぶアイに、


「はぁ!? なんでお前の勝ちなんだよ?」


と、シンバは眉間に皺を寄せる。


「アイはね、15歳の大人なの、子供は大人の言う事を聞くべきでしょ」


「たったの2歳の差だろうが!」


「大きな差よ! それに・・・・・・あらあら、よぉく見れば、アイの方が身長が高いわ」


「ちょっとだろ!」


「大きな差よ! ちゃんとアイの言う事を聞いて、付いて来るのよ、シ・ン・バ・ちゃん!」


と、ニシシシシと笑い返すアイ。


「年齢や身長が勝負なんて、ズルイだろ!」


「これは勝負じゃないわ、只、子供のアナタの相手をしてジャンケンしてあげてただけ! さぁ、お遊びは終わりよ、大人のアイの言う事をよぉく聞いて、付いて来なさい」


「だけどアイ姫ぇ、もう日も暮れましたよ、今夜の宿を探さないと、客船も夜の部はきっとチケット売り切れでしょうし・・・・・・」


ジャスパーがやれやれと溜息を吐きながら言う。


「なんだよ、お前、姫とか偉そうに言っときながら、船とかないのかよ」


「アナタはどうなのよ」


「オイラの国は、今は停止状態だから、しょうがねぇだろ!」


「そもそも、本当にエンドラフィの王子なの? 確かに髪も目も緑だけど」


「お前こそ、姫って面かよ」


「はぁ!? アイは美人で有名よ!」


「気を遣わせてんだよ、みんなに」


「はぁ!?」


「言い合いはそこまでにして、宿を探さないと、腹が減りました!」


と、ジャスパーが大声を上げ、シンバとアイはジロッとジャスパーを見る。


「な、なんすか、二人して、そんな目をしても駄目っすよ、腹は減りましたからね」


「とりあえず、このダイア王国では休めない。一刻も早く出て行かなければ。ここで少し待ってろ、服はオイラが何とかしてやるから!」


「へぇ、何とかって、買ってくれるの? 流石、王子様ね」


と、アイがそう言うと、シンバは、ベーッと舌を出し、走り去った。


「・・・・・・今の内に、逃げません?」


ジャスパーがそう言うが、アイは、


「逃げるってなんで?」


と、能天気。


「だって、実に厄介な事に巻き込まれてますよ、俺達! それにシンバって名の奴で王子なんて、絶対に恐ろしいですよ! シンバって名だけでも充分、重い運命が渦巻いてそうなのに、それに巻き込まれたら逃げれませんよ!」


「もう巻き込まれてんじゃないの?」


そう言ったアイに、ヒィッと頭を抱え、怖い事言わないでと、ジャスパーはしゃがみ込む。


「でもエンジェライトに帰らないと、もう本当にヤバイっすよ、家出所か、俺がアイ姫を誘拐したってなってるかも・・・・・・」


アイは楽しそうにケラケラ笑いながら、


「だったら、余計に帰ったらヤバイよ、ジャスパーさん、アイを誘拐したんだから」


なんて言い出すから、ジャスパーはやめてぇと泣き出して、蹲る。


「ねぇ、ジャスパーさん、どうしてアイツ、ダイア王国の騎士に追われてるんだと思う? それに本当にエンドラフィの王子なのかしら? 大体エンドラフィは聖書や神話や御伽噺に出てくる架空のもの。その王子が現れて、しかもサーカス団にいたなんて、どうして? わからない事だらけ。でも架空の話が現実だったなんて、物凄い事よね! 歴史が変わるのよ! アイ、その瞬間を立ち会いたいわ! ていうか、立ち会うわ!」


「やめてやめて、もうやめて。もう帰らせて、お願いぃ」


と、すがるようにアイに言うが、アイはジャスパーの言う事など聞いちゃいない。


暫く、アイとジャスパーは、そんな話をしながら、そこで待っていると、シンバが、服を持って現れた。


「ほら、これに着替えろ、そっちのオッサンも。オッサンのサイズ探すの苦労した」


と、持って来た服は、洗濯したばかりのような、古びた服。


「・・・・・・あの、もしかしてと思いますが、これ、干してあったのを盗んだとか?」


ジャスパーが尋ねると、シンバは頷き、


「大丈夫、バレてない、きっと風で飛ばされたって思うさ」


などと言うから、ジャスパーは頭を抱え、


「あぁ、王様、どうかこのジャスパーをクビにだけはしないで下さい、盗みをしたのは俺ではありません、もうつまみ食いはしません、トイレで長居もしません、昼寝も控えます」


と、ブツブツ口の中で、懺悔を唱え続ける。


「ていうか、アイにこんな服が着れると思うの!?」


「美人は何着ても似合う」


「当然よ!」


と、着る気満々になったアイに、シンバは舌を出し、単純と心の中で呟く。


そして、アイは長袖にベストと、足の裾に絞りの入ったカーゴパンツ姿になった。


足元も、少し高めのヒールから、歩きやすいサンダルに。


ジャスパーも、長袖に布のズボン、サンダルと、まるで普通の町の人。


エンジェライトの姫と使用人だなんて、誰もわからない。


「どう? 似合うでしょう」


くるっと回って見せるアイに、姫がそんな姿になり、絶対に王様に怒られると嘆くジャスパーと、ドレスを売りに行こうと、アイの姿を見ようともしないシンバ。


「ちょっと見なさいよ!」


「売ってくる、飯は、外に出てから」


と、走っていくシンバに、アイは、ムッとする。


「外に出てからって、どういう意味でしょうね?」


「さぁ? アイのドレスとジャスパーさんのスーツを売った金で、何か食べ物を買って来て、町の外で食べるって意味じゃないの」


アイはどうでもいいと、不貞腐れた顔と声で言う。


あぁ、エンジェライトのスーツがぁ・・・・・・と嘆くジャスパー。


そして、また暫くすると、シンバが戻って来たが、幾らで売れたとか、そういう話はせずに、ダイア王国を出る為に、人気の少ない場所を通るからという説明だけをして、歩き出した。


アイとジャスパーは、シンバに付いて行きながら、そして、ダイア王国の騎士達に隠れながら、なんとか町を抜け出し、ダイア王国から離れた林の手前にある少し小高い丘の上に立っていた。


ダイア王国はピカピカと人が生活している光を放ち、夜景としては最高だと、アイは思う。


だが、ぐぅっとお腹が鳴り、夜景より、ご飯が先だと、シンバを見る。


「あぁ、飯だな、とりあえず枝とか、燃えるものを集めよう」


「そうね、暗い中で食べても美味しくないし、火を囲んで食事なんて楽しそう」


と、シンバとアイは、動き出すが、ジャスパーはもう空腹過ぎて動けないと、その場でダウン。


「ねぇ、アナタ、これからどこへ行くの?」


枝を拾いながら、アイがシンバに話しかけると、シンバは黙っているので、


「行くところがないの?」


と、再び問いかける。


「ある」


「どこ?」


「・・・・・・」


「アイ達を連れて行く気なんでしょ? その理由は後で聞くけど、まず場所を教えてくれなきゃ、アイ達は只、連れまわされるだけになっちゃうじゃない?」


「エンドラフィへ」


「エンドラフィへ? 本当にあるの? エンドラフィ」


「ある」


「本当はないでしょ?」


「・・・・・・あるんだ、湖底に」


「湖底?」


「あぁ、その湖の水を抜けば、エンドラフィが姿を現す。今も湖の底で、王の帰りを待ってるんだ、神の国エンドラフィは!」


「・・・・・・湖の水を抜く? それってあの水門のある巨大湖エンドレイクの事?」


「知ってるのか?」


「アイに知らない事なんて——」


ないわと言おうとしたが、アイは、コホンと咳をした後で、


「知らない事の方が少ないわ」


そう言った。


「エンドレイクは世界の中心の大陸にある湖で、その所有者は、大国であるダイアのものとされているわよね?」


「あぁ」


「アナタがダイア王国の騎士達に追われていた理由と関連がありそうね」


「・・・・・・水門の鍵、盗んだんだ」


「えぇ!? どうして? そんな事しなくても、事情を話せば、鍵を譲ってくれたわよ!」


「・・・・・・事情は知ってるんだ、女王陛下は——」


「そうなの?」


「あぁ、でも譲ってなんてもらえない」


「どうして?」


「——お前、オイラの話、信じたのか?」


「え? 嘘なの?」


そう聞き返すアイに、シンバは暫く、黙り込んだ後、


「お前さ、オイラを買いたいって言ったよな、それって、オイラが珍しいからだろ?」


そう聞いた。


「うん、ママに見せてあげたかったの」


「・・・・・・どうせオイラは見世物だしな」


「綺麗だからね」


「・・・・・・綺麗?」


「悔しいけど、アナタは綺麗だわ。妖精だと思う程! どうせアイは不気味だけど」


不気味と言った事を根に持っているのだろう、口を尖らせ、アイはそう言うと、シンバにイーッと歯を見せた。


「・・・・・・変な奴」


そう呟くシンバに、どっちが!と、アイは言い返す。


その返しが、なんだか、人間らしくて思えて、シンバはフッと笑みを零すと、


「・・・・・・迷いの森って知ってるか?」


と、話し出した。


「迷いの森? 知ってるわ、入ると迷って絶対に出て来れなくなるから、立ち入り禁止になってる森でしょ? ダイアエリアの大陸でもないし、遠くにある森なのに、ダイアの騎士が、人が入らないよう、毎日、見張りをしてるって話だわ」


「あぁ、でも、迷って出て来れないって嘘なんだ。ダイア王国が昔からそうやって言い伝えて来てるだけで、本当はあそこで、風の民の生き残りを閉じ込めているんだ」


「え? どういう事?」


「・・・・・・昔、エンドラフィに攻め込んだ人間達がいて、王と数人の民達が生け捕られた。その人間達と言うのが、ダイアの歴代の王に当たる人物と騎士達で、その王は、エンドラフィを乗っ取ろうとしたらしい。でも、その前にエンドラフィを湖底に沈ませ、神の力を闇に葬った。ダイアの王は、エンドラフィの力を手に入れられなかったが、その代わり、ダイアは、エンドラフィの次に大きな国だったから、この世界で尤も大きな国となった。そして、捕らえられた風の民達は、迷いの森に閉じ込められたんだ。その時のまま、今も、風の民達は、その森の中で生活してる。民達以外の人と接する事なく、静かに」


シンバは言いながら、迷いの森での生活を思い出している。


「元々、オイラ達は一般の人間より寿命が短くて、それが閉鎖された場所にいるから、血が濃くなって、余計に寿命が短くなってしまってさ、父が死に、母が死に、その上、オイラまで死んだら、もう王族である血筋は誰もいなくなる。なのに、子を産める女はもういない。女は、今、ババ様だけなんだ。子供もいなくて、一番若いのはオイラだけ。次に若くても30代半ばで、ババ様は凄く長生きしてるけど、でも、このままでは風の民が絶えてしまい、王もいなくなり、やがて、この世界の風が止まるだろうって、ババ様が——」


「風が止まるの?」


「何の根拠もない只の言い伝えだよ、ババ様はそれを信じてるだけ。でも、オイラも信じてるんだ。だってさ、このまま風の民が全滅して、消えてなくなって、何も起きないなんて、そしたら、オイラ達の生きてる意味って何にもないじゃん、只、森の中にひっそりと静かに呼吸するだけの、悲しい生き物になってしまうだろ、そんなのオイラ、嫌だ」


「・・・・・・生まれたからには、生きている理由があるって?」


「あぁ!」


「そうね、誰でも、誰かの為に生きてる。風が止まっても止まらなくても、アナタは生き残ってる風の民達の為に生きてるのよ。だって、みんなの為に、どうにかしなきゃって、森から出て来たのよね?」


「・・・・・・あぁ」


「みんなも、アナタの帰りを待ってるんだわ、それって心強い事よね、帰りを待っていてくれる人がいるから、飛び出せるんだもの」


と、それは自分の事だと、アイは、クスクス笑い、


「アイもね、お出かけはダイスキだから」


ちょっと勘違い的な発言を言ってみるが、


「——でも」


シンバのその暗い声に、アイの笑い声が止まった。


「人の世は厳しい」


「・・・・・・」


「オイラの言う事なんて誰も聞いてくれない。みんな、オイラを変な目で見て、オイラを珍しがって、オイラを気に入らないと罵り、殴る」


アイは、シンバが、


『やめたやめた、オイラを買いたいって言うから、今度は優しい御主人様かなぁって期待して、ここを抜け出すのに調度いいしなんて思ったけど、こんな奴に買われたって、ろくでもねぇや。サーカスに戻ろっと』


そう言っていた事を思い出す。


「人と言う者を、何にも知らずに、迷いの森を抜け出して、この世界に飛び出したけど、その時は、きっと簡単に全てうまくいくなんて思ってたんだろうな。ここまで来るのに、まさかこんなに時間がかかるとは思ってなかった。ダイア王国との事も、昔の事だと思ってた。よく考えたら、今も続いているから、オイラ達は森の中に閉じ込められたままだったのにな。あの頃は、世界に光を見て飛び出したけど、今は、この世の闇しか知らない」


「ねぇ、森を出たのって、何歳の頃だったの?」


「10年前」


「3歳?」


「うん、確か、そう」


「そんな小さい時に!?」


「風の民は人間より知力が高いから、3歳でも問題はない。体は小さいけどさ」


「フゥン」


アイは、頷きながら、自分なら耐えられない思う。


もしエンジェライトを3歳で出なきゃいけなかったらと考えると、それが王族である務めだとしたら、王族である事を呪う程に、辛い運命だと、アイは俯く。


「金もないし、エンドラフィ復活の為にどうすればいいかも知らないし、3歳のオイラは人間に騙されて、殴られて、蹴られて、捨てられての繰り返し。4歳になっても5歳になっても、体が大きくなっても、何も変わらず、人の世を渡り歩き、それでも僅かな情報を得て、前へ進み、気付いたら、10年も経ってた。やっとだよ、ダイア王国に辿り着いて、鍵を手に入れて、後はエンドレイクへ向かうだけ。そして、そこに向かってくれる御主人様が、オイラには必要だった」


「・・・・・・」


「風の声で、オイラを買いたいって少女が塀の向こうにいるって聞いて、荷物まとめて、サーカスを出た。オイラを買いたいってくらいだ、金持ちだろうって、しかも少女だって言うから、殴られたりはないだろうって! そしたら、お前だろう・・・・・・」


最後、落胆したように言うシンバ。


「なっ! 何よ、アイは殴ったりしないわよ、それに、お金払ってないから、まだ買ってないし、只、アイの方が大人だから言う事聞きなさいって言っただけじゃない!」


「嘘だよ、お前で良かったなって、オイラの最後の旅のご主人様がさ」


「・・・・・・」


「オイラの態度に文句はつけても殴りはしないし、姫って言うだけあって、ドレスの金はかなりのものだったし、単純だから扱いやすいし!」


「ウルサイッ! アイは単純じゃないし!」


はははと笑うシンバに、アイは枝を投げつける。


「お前は? エンジェライトってどんな国? オイラ、行った事ないや」


「素敵な国よ、アイは大好き。だから離れたくないの」


「離れる? って、お前、好きでここにいるんじゃないのか?」


「そうじゃなくて、近い未来、アイはスノーフレークの王女になるの。アイにはおにいちゃんがいて、エンジェライトはおにいちゃんが継ぐんだけど、スノーフレークの王には、子供がいないから、アイがスノーフレークの王女になる予定なの。スノーフレークもいい所よ、エンジェライトに負けないくらい。エンジェライトは雪雲が多いから、月や星が見えないけど、スノーフレークは雪が降っても晴れる事が多くて、夜は満天の星空で、綺麗な月が見られるんだよ、アイは、月も星も、キラキラのピカピカで、見てて飽きないから、ダイスキ。でも、やっぱり月も星も見られなくても、エンジェライトが一番好きなの。温かい部屋でママと一緒に本を読んだり、パパにヴァイオリン聴いてもらったり、おにいちゃんの勉強を見てあげたり、使用人のみんなとオシャベリしたり、薔薇のお風呂でまったりしたり、アイのダイスキが一杯ある国だから」


「・・・・・・フゥン」


「それ考えると、夜、眠れなくなって、涙が出てくるんだよね」


「・・・・・・わかる」


「わかってくれるの!?」


「うん、オイラも、迷いの森での生活の頃を思い出すと、涙が出そうになる時がある」


「・・・・・・そっか」


「あそこはオイラのダイスキな風がよく流れる場所だったんだ。エンドラフィを復活させる迄、帰らないと決めたあの場所。だけどエンドラフィを復活させても、もうあの場所には帰らないから、二度とあの風には会えないだろうって、たまには泣きそうになる」


「・・・・・・そんな事ぐらいで、男が泣きそうになるんじゃないわよ!」


アイはキツい口調で、そう言い放った。


本当は、頷いて、ダイスキを失う悲しさに共感したかったが、素直に頷ける性格ではない為、ついつい意地悪な事を口走る。


だが、そんなアイの性格も理解したのか、


「だな!」


と、シンバは笑い飛ばした。


まさか、笑い飛ばすとは思わなくて、アイは少し焦って、何か言わなきゃと、


「でも、今度、泣きそうになったら、話ぐらい、また聞いてあげるわ」


背中を向けて、枝を捜しながら、そう言った。


シンバはアイの後姿を見ながら、嬉しさを噛み締めているのに、泣きそうになった。


やっと会えた。


人として扱ってくれる人に。


話を聞いてくれて、信じてくれて、そして、話を聞かせてくれる人に。


——今、思えば、10年は長いような、短いような。


——もし1000年、エンドラフィを続かせていたら、どうなっていただろう。


——オイラは、そんな疑問を、今日、初めて持ったんだ。


——悪い事ばかりじゃなく、いい事もあったんじゃないかって。


——例え、10年かかって、ひとつのいい事だったとしても。


——1000年よりは短い。


10年の時間を経て、シンバは、初めての風を感じていた。



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