風の如く

ソメイヨシノ

1.空から落ちてきた風


「このアイの命令が聞けないって言うの!? この役立たずの無駄贅肉!」


エンジェライトの姫、アイ。


ポニーテイルをピンクの大きなリボンで結び、ふわふわのふりふりのドレスを身に纏い、エンジェライト王にソックリの銀色の髪と青い瞳と白い肌の容姿で、キッツイ台詞を吐く。


「だってコレはコーラル王子から誕生日にもらったものでしょう!? 売れませんよぅ」


エンジェライトの使用人、ジャスパー。


騎士ではないので、エンジェライトの紋章の入ったスーツに、キッチキチのベルトの横には、短剣だけを差している。


背は低めで、丸々と太った体をしているが、動きは鈍くはない。


アイが、ダイア王国に来ているサーカス団を見に行きたいと言い出して、止めたにも関わらず、城を飛び出して行くから、ジャスパーはアイを追いかけ、船にまで乗ってしまい、ダイア王国まで来てしまっていた。


サーカスを見るだけなら、アイが持って来た金で足りるし、帰る分の金も充分にあるし、食事だって出来る。


では、物を売ってまで、何故、そんなに金が必要かというと、時は数時間前に遡る——。




「アイ姫、帰りましょうよぉ」


「ここまで来ておいて、まだそんな事言ってるの?」


「だってぇ」


「アイだって、ピッピと離れて寂しいのよ!」


「だったら帰りましょうよぉ」


「嫌!」


「俺、クビになっちゃうよ」


「今迄、クビにならなかったのが不思議なくらいよ」


「何言ってるんですか、俺の働きぶりは王も褒めてんのに!」


「バカ言ってないで、早くチケット買って来てよ!」


「えぇ?」


「買って来ないの? 来るの? どっち!?」


「うーん・・・・・・」


「あっそ! コーラルさんとアスベストさんに、無理矢理ジャスパーさんに連れて行かれたって言っちゃおうかな」


「わかりました! わかりましたよ、アイ姫! でもサーカスを見終わったら、ちゃんと帰るんですよ!? エンジェライトを出て、もう半日以上経っているんです、きっと、今頃、みんな、心配してますし、帰ったら、丸一日以上、エンジェライトを出た事になって、家出騒ぎになりかねませんからね、ちゃんとアイ姫から説明して下さいよ?」


「ハイハイ」


「特にここ重要! 俺はアイ姫をめちゃくちゃお守りしたって、ちゃんと伝えて下さいよね! じゃないと・・・・・・」


「ハイハイ! わかったから、早くチケット買ってきてよ!」


アイに背中を押され、ジャスパーはしぶしぶサーカスのチケットを買いに行く。


人込みに消えて行くジャスパーを見送りながら、アイは背伸びして、歩道橋の下で空を見上げる。


空を駆ける鳥に、ピッピを思い出す。


——やっぱりピッピも空を自由に飛びたいのかしら。


——カゴの中って狭いもんね。


——帰ったら、また部屋の中で放してあげようっと。


「それにしてもダイア王国って大都会ね、エンジェライトとは大違い! 来て良かったぁ、最高の気分! ジャスパーさんが戻ったら買い物して、美味しい物食べて、サーカス見て、それから何しようかな、うーん、そうだ、ママにお土産買って帰らなきゃ!」


と、ワクワクしながら、一人で過ごしていると、


「待てぇ!!!!」


と、誰かの叫び声が、空から降ってきたように思え、空を見上げると、橋の上から、マントに身を包み、フードを被った者が飛び降りてきた!


スタッと、地面に足を付いたと思ったら、その者は動かなくなった。


どうやら足がジーンッと痺れてしまったようだ。


「・・・・・・そりゃ痛いわよね、結構高い所から飛び降りたんだから」


そう言ったアイに、その者は振り向き、瞬間、フードが外れた。


——うわ、何この人・・・・・・?


——亜人?


——だって見た事もない髪の色と瞳の色。


——グリーンなんて、まるでピッピみたい。


「いたぞぉ! 橋の下だぁ!」


その声に、緑の髪と瞳を持つ少年は、チッと舌打ちすると、フードを被って逃げて行った。


その少年を追っている者達は、ダイア王国の騎士だ。


アイは、あの少年が何をしたのか、知らないが、悪い人ではなさそうだと思った。


「アイ姫ぇ、買えましたよぉ、チケットぉ!」


チケットを持ち、戻って来たジャスパーに、


「ご苦労様」


そう一言。そして、


「疲れたから、一休みしたいわ、どこか休める場所、探して来て頂戴」


なんだか、買い物も食事も、興味なくなってしまい、少年が気になって仕方がなかった。


「俺も疲れてんのに! 人使い荒いにも程がある!」


と、ブツブツ文句を言いながらも、言いつけ通り、広場を発見し、空いたベンチにアイを案内し、飲み物を用意するジャスパー。


「うん? 何かあったのかな?」


「何かって?」


「ほら、あちこちに騎士がウロウロしてるでしょう?」


「只の見張りじゃないの? 人も多いんだから」


アイはそう言いながらも、あの少年を探しているのかなと、思っていた。


「ねぇ、ジャスパーさん、教えて?」


「ええ!? ムリムリムリ!」


「まだ何も質問してないでしょ!」


「だって、アイ姫の教えては、難しい事ばかりで。大体アイ姫にわからないもの、この世で答えられる者がいるとは思えませんよ」


「そりゃアイは、この世のありとあらゆる本を読破したし、パパなんかより、ずーっと物知りだもの!」


フフンと自慢げに言うアイに、そうですねと笑っておくかと言う笑顔のジャスパー。


「でもね、アイにもわからない事があるの」


「そうですか」


「緑の髪と瞳の人っているの?」


「はい?」


「風の色を持つ人っているのかって聞いてるの!」


「・・・・・・さぁ? うーん、でも、アイ姫の目はブルーで、髪は銀ですよね、俺は髪も目もブラウン、人それぞれだから、そういう人もいるんじゃないですかねぇ」


「いるわけないでしょ!!!!」


耳元で怒鳴られ、ジャスパーはヒィッと肩をすくめ、


「いないなら、聞かないで下さいよ!」


と、キーンと痛む耳を押さえた。


「でもね、学者のパミスさんが残したって言う論文にね」


「あー! 勝手にパミス爺さんの遺品を漁ったんですかー!?」


「いいのよ、アイはエンジェライトの姫なんだから!」


「・・・・・・良くはないでしょ」


「黙ってなさいよ!」


「そりゃ黙ってますよ、勝手に遺品を漁ってるなんて言ったら、何故、注意しないんだって俺が怒られますもん!」


「そうじゃなくて、今! 今、黙って! アイの話を聞きなさい!」


「あ、そういう意味ね」


「で、パミス爺さんの論文のひとつ、風の森の王国について書かれていたものがあったの」


「なんですか、その風の森の王国って。御伽噺ですか?」


「わかんない、でもね、風の民の事とか、想像とかじゃなくて、理論的にも筋道をたてられて説かれていたと思う。あの時は、パパの足音が聞こえて、急いで論文をしまっちゃって、ちゃんと読めなかったんだけど・・・・・・でね、風の民は緑の髪と瞳を持ってて、人には聞こえない音を聞き、動物達の声や死者の声を聞いて、風を操るんだって」


ジャスパーは鼻糞をほじりながら、


「あぁ、御伽噺っすねぇ、ソレ」


と、鼻糞を飛ばした。


「でも実際に見たの、風の色を持った人を! 空から落ちてきたのよ、その人!」


「空から?」


「正確には橋から飛び降りて来たの」


「そりゃ、空からじゃないっすねぇ」


「でもピッピみたいに空から落ちてきたみたいだったわ」


「ピッピは空から落ちた訳じゃなくて、木から落ちて、怪我を治してあげたんでしょ?」


「そうだけど! もういい!」


プイッと横を向くアイに、やっとオシャベリが終わったとホッとするジャスパー。


そして、サーカスが開演される時間になり、アイとジャスパーはチケット持って、客として並ぶ。


「凄い大きな塀ね!」


高い塀にアイは空を見上げるように、見る。


「動物達が逃げないように、大きな塀で囲ってるんっすよ」


と、ジャスパーが言う。


「凄い大きなテントね!」


大きく膨らんだテントに、アイは感心する。


「これだけの人を入れる訳っすからねぇ」


と、ジャスパーが言う。


「凄い大きな音ね!」


大音量で流れる曲に、アイは興奮する。


「賑やかさと華やかさが必要っすからねぇ」


と、ジャスパーが言う。


この時には、アイは、もう風色の少年なんて、すっかり忘れていた。


なのに、テントに入り、サーカスを見ていると、あの少年が、綱渡りをしたり、空中ブランコをしたり、矢の的になったり、至る所で、ちょこちょこと出てくる。


「ジャスパーさん! あの子よ、あの子!」


「んあ!? ありゃぁ、亜人だなぁ」


「やっぱり!?」


亜人とは人間に似ていながら、人間ではなく、妖精や怪物なども、その類となる。


勿論、御伽噺の世界にしか存在しない者達だ。


「ジャスパーさん、アイ、あれが欲しい!」


「はい?」


「あれ、買って来て!」


「は?」


サーカスのテントを出た後も、塀の外に出た後も、アイのワガママは続く。


「帰りましょうって!」


「あれを買って来てくれなきゃ、アイは帰りません!」


「人なんて買って帰ったら、王様に怒られちゃうでしょー!」


「人じゃないもん、亜人よ!」


「でも人みたいなもんでしょ、お妃様がビックリしちゃうよ」


「ママは平気よ、妖精さんなのねって、喜ぶわ、きっと、おにいちゃんも!」


「確かにそうかもしれませんけど、無理です」


「どうして?」


「大体、亜人を買う金なんてありませんよ」


そうかと、アイは頷き、そして、


「コレ、売ってきて? コーラルおじさんがくれた奴」


と、金のブレスレットを差し出す。


唖然とするジャスパーに、


「足りない? えっと、じゃあ、このティアラも!」


と、頭の上に乗った小さなティアラも差し出す。


「あ、このペンダントは駄目だよね、コーラルおじさんの大事にしてたものだし。アイが無理言ってもらっちゃった訳だし。でも、ま、いいよね?」


それはハートのスノーフレークの紋章が入ったペンダント。


「全部駄目です!!!!!」


ジャスパーが怒鳴った。


「なんでよ!?」


「駄目ったら駄目!!!!」


そこからは平行線。


そして・・・・・・


「このアイの命令が聞けないって言うの!? この役立たずの無駄贅肉!」


「だってコレはコーラル王子から誕生日にもらったものでしょう!? 売れませんよぅ」


こういう会話になったと言う訳だ。


「もういいわ、アイが売ってくる!」


「ちょっ! 駄目ですって!」


アイの腕を引っ張るジャスパー。


力一杯引っ張るが、アイの力に負けてズルズル引き摺られていく。


「ううっ、物凄いパワーだ、俺の体重が足りないのか、まだ足りないのか!」


エンジェライト城で、アイ姫を止めれず、ここまで来てしまったのは、自分が軽すぎたからだと、これからもっと食って、もっと太って重くなるぞと、ジャスパーは心に誓う。


その時、


「オイラを買ってくれるってアンタ?」


と、空から声が聞こえ、アイもジャスパーも見上げると、マントで身を包み、フードを被った者が塀の上に座っている。


そして、今、アイとジャスパーの目の前に落ちてきた。


それは、アイの目の前でフワッと空気を舞い上がらせ、風を生んだ。



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